5-5 マイカの標的
――コンガの街の外周
大きな熊の姿をした魔物がこちらに向かって来る。
茶色の毛並みが光に反射してやけに綺麗に見える。
「喰らいな!」
マイカは真っ白な髪を靡かせながら熊の魔物に飛びつく。
魔物と掴み合いの態勢になって止まる。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ」
熊の魔物の悲鳴が聞こえて来る。
マイカに掴まれていた魔物の手が見たことのないような形に変形している。
「じゃあね!」
マイカの体が素早く回転し、蹴る。
――バシン
熊の魔物の体に当たる。
蹴られた部分の毛が薄くなっているのがわかる。
「グガァァァァァァ」
熊の魔物の手から爪が伸びて来る。
今までこんなのは見たことがない。
魔物は腕を大きく振り上げる。
そして風を切り裂きながらマイカに振り下ろす。
これはまずい。
俺は足に力を入れる。
マイカはスッと後ろに躱す。
魔物の腕がマイカのいたところへ振り下ろされた。
しかし、不気味なほどにあたりは静かだった。
「じゃあねって言ったでしょ。ほんと弱いね」
――ドス
熊の魔物の首が地面に落ちる。
しばらくしてから、魔物の身体全体がバラバラに崩れ落ちた。
何かで切り裂かれたような断面。
見ていて気分のいいものではなかった。
「これで全部かな」
マイカは細い腕を目一杯空に突き上げ、背伸びをする。
「大丈夫か?」
俺はゆっくりとマイカの元へ近づいていく。
マイカは俺の声を聞いてもこちらを振り返らずに屈伸をしている。
マイカの元へ行き、彼女の身体を目視で確認する。
パッと見た限りは怪我はなさそうだ。
「なにジロジロ見てるの。私の戦い方も観察してるしさ、辞めてくれない?」
マイカはぶっきらぼうに言い放つ。
「観察って…二人で街に来る魔物を倒すのが俺らの任務だろ」
俺だってできればマイカと一緒に行動はしたくない。
何度か戦っていて感じたがこいつはガブやケビンとは違う。
何かは分からないけど、何かが違うんだ。
「こんなの私一人でできるのに、ボスがどうしてもあんたも同行させろって言うからさせてるの。やめてね、私の獲物を奪うの」
マイカはそう言うと鼻歌を歌いながら街を取り囲む柵に沿って歩き始める。
俺もその後ろを歩いていく。
「なぁ、なんで俺がいたらダメなんだ?」
「嫌いだから」
マイカは俺の質問に即答する。
言葉はぶっきらぼうで感情は篭ってないが肩を揺らしながら歩いている。
この魔物と戦える環境が好きなのか、俺に文句を言えて嬉しいのか、どちらかは分からないがきっとご機嫌なんだろう。
結局その日はそれ以降、魔物が街を襲って来ることはなかった。
俺とマイカは二人で本部へと戻る。
一緒に戻ったと言っても、俺がマイカの後ろを歩いていただけだ。
「ボス!異常なかったです!」
マイカは手を体に密着させ、姿勢良く報告する。
「ああ、流石だマイカ」
ガブはマイカの白い髪に手を伸ばして撫でる。
「えへへ……」
マイカは珍しく照れ笑いをする。
いつも俺を睨んでくる青い目が柔らかいような気がする。
マイカもこんな顔できるんだ。
「レイルも毎日ありがとな」
ガブはマイカを撫でながら俺の方を見る。
「ボス!こいつはなにもやってないの!今日のは全部倒したのは私!」
さっきまでとは違い、いつものようなトゲのある言い方だ。
「そうか、じゃあレイルは頑張ってないな」
「やっぱりボスは分かってくれるよねー」
ガブはいまだにマイカの頭を撫でている。
一体俺は何を見せられてるんだ。
「今日はもういいや!ボス!また明日も頑張るね」
マイカはそう言うと白い髪をふわりと浮かせ街の地下へと続く階段を勢いよく駆け降りていく。
俺とガブが二人だけになる。
本部には虫の鳴き声すら聞こえない沈黙がしばらく訪れた。
「レイル、すまないな」
急にガブが謝ってくる。
俺の知っているガブはこんなこと言わないんだけど。
「すまないってそんなこと言うなって。この街の手助けは俺がしたくてしてるんだ」
ガブは少し俯く。
大きな身体の男が俯くその姿からは悲壮感が漂っている。
「マイカの面倒を見てもらってすまないな」
「マイカの面倒って、俺に突っかかってくることか?」
ガブはコクリと静かに頷く。
「そんなの気にするなって。前みたいに命を狙われてる感じはしないから」
「そうか、それならよかった」
ガブは本部の扉の方へ向かっていく。
俺は無意識に目でガブを追っていた。
ガブは扉を開けて俺の方を見る。
「少し話をしないか?」
ガブの表情は言葉では表せないくらい、色んな感情が乗っていた。
新芽が咲いている街の外れまで黙って二人で歩く。
所々で、フードの人物達が夜の街の見張りをしていた。
しばらくして、新芽の咲いている場所へたどり着く。
しかし、そこには月の光に当たった青髪が花のようにして揺れていた。
新芽を見て座ったまま、青髪の人物は動かない。
「おいノア!何やってんだ、そこは立ち入り禁止だ」
ガブがノアに声をかける。
ノアはガブの姿を見てゆっくりとその場から立ち上がる。
真っ直ぐな瞳が夜の薄い闇の中輝いて見える。
「ごめんなさい!新芽が咲いたのが嬉しくて……」
ノアがきれいなお辞儀をするとガブの表情が少し明るくなる。
「ま、嬉しいのは分かるが。ルールはルールだ。しっかり守れ」
「はい!」
ノアが勢いよく返事をする。
その返事を聞いてガブは黙って頷いた。
「んじゃ、レイル。ここら辺でやるか」
ガブは俺の方を向き、その場に座り込む。
ガブが座り込んだことでノアは俺を見つけたのか目を見開いてこちらを見ている。
「俺も地面に座らないといけないのか」
「ああ、男同士の話し合いって言うのは昔から地面で男らしくするもんだ」
ガブのよく分からない自論に負け、渋々地面に座る。
コンガの街の地面にはかなり大きめの鋭利な石が転がっており、座ると痛い。
「ガブさんごめんなさい。その話、私も入っていいですか?」
ノアはそう言うとガブの横まで走って移動して、そのまま地面に座り込む。
「ああ、ノアも聞いておいた方がいい」
「はい!ありがとうございます」
ノアが短く返事をする。
それを聞いたガブがゆっくりと話し始める。
「まず、お前らには感謝を伝えたい。コンガのために残ってくれてありがとう」
ガブの厳つい頭が地面につく。
意外とガブの身体は柔らかいんだな。
「それはもういいよ、さっきも言っただろ。やりたいから残ってるだけだって」
「本当にありがとうな。コンガの街を思ってくれて……」
ガブの言葉の一つ一つが胸に響く。
ガブはゆっくりと身体を起こす。
「ここに呼んでまで話をしたかったことは、レイルは分かってると思うがマイカのことだ」
「マイカさんがどうかしたんですか?」
ノアが首を傾け不思議そうに聞く。
「ノアはマイカの標的になってないのか……」
「標的……?」
「分からないならいいんだ。気にするな」
標的……か。
たしかに、なんでかは分からないが俺はマイカに狙われているような気がする。
「お前達二人は王国出身だろう。俺たちも隠しておけばよかったが、ノアは売るつもりでいたしレイルはここに呼び寄せるつもりもなかった。それが失敗だった……」
「王国出身なのがバレてなんか問題あるのか?」
疑問に思ったので聞いてみる。
コンガの街の人々は王国のことを嫌っているのは今までの会話からなんとなく分かった。
けど、それの何が問題なのかは分からない。
「お前、本気で言ってるのか?」
ガブは俺に驚く。
ガブの目が一瞬だけパッと開いた。
「王国は俺たちを王国の中に入れない。それが何故か分かるか?」
「王国の中の人達が豊かに暮らすため…だよね」
ノアが低い声で答えた。




