5-4 牙を向ける理由
「新芽についての説明なんてできない」
俺はケビンに告げる。
実際、なんであそこに咲いてるのか聞きたいのは俺の方だ。
「もういいんじゃないか。隠し事はやめてくれ」
ケビンは椅子にもたれる。
「お前達がノアを助けにきてからおかしなことだらけだ。魔族の襲撃は減り新芽は咲いて、おまけにお前達の住んでいた村には魔法のような種があるんだろ」
ケビンは一拍おいて続ける。
「出来過ぎじゃないか?」
「本当に何も知らないんだよ」
俺の必死の言葉をケビンは冷たい視線で聞く。
「お前達が善意で動いてくれてるのは分かる。だからあまり強くは言わないがなぜこうなったか教えて欲しいんだ。それが分かれば…この街が本当に再生できるかもしれない」
ケビンは俺の肩を掴み真っ直ぐな目で俺のことを見つめる。
分かるなら言いたかった。
「ごめん…本当に分からないんだ…」
ケビンの手が肩から離れる。
「そっか…悪いな」
ケビンはそう言うと椅子に深く腰を掛け目を瞑った。
「ケビン……」
「ちょっとゆっくりする。なんでも簡単には行かないようにできてるもんなんだな」
ケビンはため息を吐く。
俺は一緒にいるのが苦しくて、逃げるようにこの場から離れる。
「じゃあ、街の見回りしてくるから」
「お、頼んだ」
ケビンの作ったような明るい声が耳に入るとトゲのように痛かった。
――あれから一週間が経った。
相変わらず街には、たまに鳴る魔族の襲撃を知らせる音が響くだけで何も起きない。
ただ変化したこともあった。
「レイル!ここ見て」
ノアが壊れかけの建物の前に俺を呼ぶ。
「ここまた新芽が出てるよ!」
あれから毎日のように新芽が出ている。
新芽が出ている場所は街の外れか本部の周囲だけ。
「なんでこの新芽が咲くんだろうな」
「それは分からないけど……とにかくさ、咲いたことを喜ぼうよ」
ノアは明るい声で話す。
その声を聞いて俺も少し嬉しくなる。
「じゃあ俺はカクにここのこと知らせに行くから、ノアは待っててくれ」
「わかったよ!」
ノアの大きな返事が聞こえた。
俺は安心して本部まで戻る。
本部まで歩いている途中、誰かの視線を感じる。
振り返っても、人影はない。
俺は特に気にすることもなく、本部の扉を開く。
「カク、また新芽があったぞ」
カクは机に積み上げられた資料の合間からひょっこり顔を出す。
「本当か!どこだ!」
「この先の道を真っ直ぐ行ったところ。ノアがいるからすぐ分かると思う」
「オーケー!」
カクは勢いよく机から立ち上がり、俺の横を駆け抜けていった。
机の上に置いてあった資料がヒラヒラと宙を舞い、床に落ちていく。
俺は床の資料を拾い、雑に机に置き直す。
資料にはどこでどの程度の新芽が咲いたかが丁寧に記録されている。その横には理解に苦しむ数字が羅列されていた。
資料を拾い終わり、俺はノアを迎えに行く。
本部のドアを開くと目の前にはマイカが立っていた。
白い髪を風で靡かせ、青い目で俺を見つめる。
「やっと暇になった?」
「なんで急にそんなこと聞くんだ」
マイカは俺の顔を覗き込む。
「ねぇ、勝負してよ」
マイカは手を後ろで組みながら俺の周りをクルクルと回る。
「なんで勝負しないといけないんだ、忙しいからできない」
俺がマイカを無視して通り過ぎようとすると彼女は俺の前に笑顔で現れる。
「ねえ、逃げないでよ」
「逃げてないって……やる意味がわからないんだ」
「そっかー」
マイカは俺の言葉を軽く受け流す。
俺は再び彼女を避け歩く。
「じゃあさ、今ここで勝負してくれないなら新芽を刈る」
「は?」
驚いた。
こいつは何を言っているんだ。
「新芽を刈るって……新芽はコンガにとって大事なものなんだろ
、なんでそんなことするんだ」
「なんでか、うーん。あんたと勝負する方が私にとっては大事だからかな」
マイカは俺の腕を掴む。
顔を見ると怖いくらいの笑顔を浮かべていた。
「それで、私と勝負すんの?」
こんなの選択肢になってないじゃないか……。
――コンガの街の外れ
「ここも街の一部なんだな」
「まぁ、誰も来ない何もないただの荒野だけどね」
マイカは振り向き俺の顔をジッと見つめる。
「ほら、やろうよ。勝負」
「勝負ってなんの勝負なんだよ」
マイカの足に脈気が集まるのが見えた。
俺は咄嗟に足に力を入れる。
「これよ!」
マイカの爪が俺の方まで勢いよく迫ってくる。
後ろに飛び跳ね攻撃をかわす。
「なんのつもりだよ」
「なんのつもりだと思う?」
マイカの態度に俺は困惑した。
一体こいつは何がしたいんだ。
ガブやケビンとは違う。
「そんなの分かるわけないだろ」
「そう。残念」
マイカは足に溜めていた脈気を使い素早く俺の胸元までくる。
――速い
そう思った時にはマイカの爪が俺の首元まで伸びていた。
「あんたは私に自分のために生きろって言った。私はもう既に自分のために生きてるんだ」
マイカはそう言って俺から離れる。
そして俺の腰に挿している木刀を指差す。
「それで戦ってよ。全力のあんたを倒さないと満足できない」
「なんでそうなるんだよ」
「私がそうしたいから。それ以上の理由がいるの?」
俺は冷静になるために一度深く息を吐く。
腰に挿してある木刀を抜き、握る。
「やる気になってくれた?」
「なんでこんなことしないといけないかは分かんないけど、こうしないと満足してくれないんだろ?」
「物分かりいいね!」
マイカは勢いよくこちらに突っ込んでくる。
マイカの爪が伸びてくる。
俺は木刀でマイカの爪を受け止める。
「へぇ、そんな細かい技術もあるんだ」
爪が急に短くなる。
木刀がフワッと浮いた感覚。
マイカの蹴りが視界に映る。
咄嗟に地面を蹴り飛び上がり、地面に着地する。
マイカは間髪入れず、攻撃を仕掛けてくる。
爪、蹴り、殴り。色々なものを組み合わせて休む間もなく攻撃を浴びせてくる。
俺はそれをなんとか防御する。
「守ってるだけじゃ勝てないよ!」
マイカはそう叫び、手の爪を伸ばしてくる。
伸びる速度が遅い。
俺はマイカを押さえつけるために急接近する。
――スッ
何かが足に当たる。
下を見るとマイカの足の爪が俺の足元まで伸びてきている。
爪が意思を持っているかのように足を切りに来る。
木刀を地面に突き刺す。
マイカの足の爪をなんとか止める。
「そんな型破りなこともするんだ」
「なぁ、やめないか。これじゃ本当に怪我してしまう」
マイカは俺の目を見て笑う。
青い目は俺の姿をずっと飢えた目つきで見ている。
「怪我で済むならいいじゃない。私は殺すつもりでいるよ。それとも、私の攻撃なんかじゃ死なないってこと?」
「そういうわけじゃなくて……」
マイカは俺に向かって突っ込んでくる。
右腕を引き、殴りかかる体制だ。
俺も覚悟を決めて木刀を手から離す。
――コロン
木刀が地面に落ちたと同時に拳を握る。
このままじゃ誰に牙を向けるか分からない。
俺も右腕を引く。
「何やってんだ!」
低い男の声が響く。
マイカはその声を聞くと、急ブレーキをかけて止まる。
俺もマイカが止まったのを見て拳の力を緩める。
「ボス!今いいとこだったのに」
マイカの言葉にガブは叫ぶ。
「馬鹿か!お前には街の見張りを頼んだろ!どうしてレイルと戦ってんだ!」
「それは……その……」
マイカは指先をリズム良く叩く。
「レイルに挑むのはいいが、今は任務中だ!さっさと戻れ!」
「分かったよ、ボス!任務中じゃなかったらいいんだな!」
マイカはガブにそう言い残して走り去っていった。
その後ろ姿は無邪気な少女のようだった。
「助かったよガブ」
俺がそう言うとガブは怒鳴る。
「お前もお前だ!うちの人間に何やってくれてんだ!」
なんで俺が怒られるんだよ。
当時はそう思ったけど、これもガブの組織への……仲間への愛だったんだと今は思う。




