4-12 コンガ
太陽の光が、俺たち三人を容赦なく照らしていた。
「もうだめだ……水がないなら動けねぇ」
クロールがふらつきながら歩く。
今にも倒れそうだった。
「ねぇ、クロール」
サラが苛立った声を出す。
「あんたが“コンガはランドルフの近くだから水はいらない”って言ったんでしょ。わがまま言わないでよ」
俺は何も言わず、二人の背中を押しながら前へ進む。
足取りは重い。
それでも止まるわけにはいかなかった。
「おい、レイル」
クロールがかすれた声で言う。
「俺ら……どれくらい歩いてるんだ」
「一日とちょっとだ」
俺は答える。
「今日と明日までしかタイムリミットがないんだ。だから、早く元気になってくれ」
そう言いながら、俺は下を向いたまま歩き続ける。
ノアの救出まで時間がない。
早くコンガへ行かないと。
その思いだけで、足を動かしていた。
だが――
丸一日、何も飲まず食わずだ。
体はとっくに悲鳴を上げていた。
俺はふと顔を上げる。
少しだけ体力が戻った気がした。
「なぁ、クロール」
俺は前を向いたまま聞く。
「あとコンガまでどのくらいなんだ」
クロールはぼんやりと空を見ながら答える。
「昔はランドルフから一時間もあれば行けたんだけどな」
少し間を置く。
「なんか……遠くなってんな」
その言葉に、サラがすぐ反応した。
「街の場所が変わるわけないでしょ!」
サラが怒鳴る。
「道間違えてるんじゃないの?」
「そんなことは……」
クロールは自信なさげに言う。
そして――
その場で、ぴたりと立ち止まった。
「おい、早く歩いてくれよ」
俺がクロールの背中を押す。
その瞬間。
クロールの体が、力なく崩れ落ちた。
パタン、と音を立てて倒れる。
「クロール!」
俺が振り向く。
サラの方を見ると、サラが突然目を見開いた。
「ねぇ、レイル……やばいよ」
サラの声が震えている。
「クロールの脈気が……弱い」
弱い?
どういう意味だ。
そう思った。
けれど、サラの声を聞けば分かる。
これは――
ただ事じゃない。
「サラ、クロールを背負え」
サラは一瞬、驚いたように固まる。
俺はすぐにサラを背中に乗せ、その上にクロールの体を持ち上げて乗せた。
「うわぁ」
サラが軽く声を上げ、クロールを受け止める。
「ちょっと、いきなり何?」
焦った声でサラが聞いてくる。
「悪いけど、脈気温存はできない」
俺は言った。
「クロールを助けないといけないから」
そう言って、足に脈気を集める。
次の瞬間――
俺は地面を蹴り、走り出した。
さっきまでの重い足取りが嘘みたいだった。
体が軽い。
風を切りながら、荒野を駆け抜ける。
大きな岩が視界の端を流れていく。
赤い目の魔物たちが遠くに見える。
現れては消え、現れては消えていく。
「レイル!」
背中からサラの声が飛ぶ。
「そんなに脈気使ったら、すぐなくなるから!」
けれど俺は止めない。
脈気を足に流し続ける。
クロールを助ける。
そのことしか考えていなかった。
数分ほど走った頃――
遠くに、石でできた建物が見えてきた。
街だ。
あれが――コンガ。
そう思った瞬間。
体が急に重くなる。
スピードが、少しずつ落ちていった。
「レイル! 止まって、止まって!」
サラが耳元で叫ぶ。
俺も違和感を感じていた。
その場で立ち止まり、歩きに切り替える。
サラは俺の背中から降りると、クロールを俺に背負わせた。
そして、俺の顔をじっと見つめてくる。
「レイル」
サラが静かに言う。
「ここからは、脈気禁止ね」
それだけ言うと、サラは腰に巻いていたマントを羽織った。
そしてコンガの方へ歩き出す。
「行くよ」
振り返らずに言う。
「クロールのために、一刻も早くコンガの街へ行かないと」
俺はクロールを背負い直す。
そしてサラの後を追った。
コンガへ向かって。
しばらく歩くと、石の建物がどんどん大きく見えてきた。
それと同時に――
その建物に走る亀裂も、はっきりと目に入るようになる。
今にも崩れそうなほど、石の壁には深い亀裂が刻まれていた。
しかも一箇所だけじゃない。
隣の建物も。
そのまた隣も。
レンガでできた家も、木で組まれた小屋も。
すべてがボロボロだった。
街を囲んでいるはずの防壁も、まともなものじゃない。
大きなレンガの壁でも、白銀の防壁でもない。
ただ――
触れれば折れてしまいそうな、細い木の柵だけだった。
「レイル!ここ、入り口っぽいのある!」
サラが声を上げる。
柵の一部が折れていた。
サラはそこを跨いで、街の中へ入っていく。
俺もクロールを背負ったまま、その後を追った。
そして――
街に入った瞬間、違和感に気づく。
……静かすぎる。
人の気配が、まったくない。
通りには誰一人いない。
ただ、荒れ果てた建物だけが、視界いっぱいに広がっていた。
「すいませーん!」
サラが大声を上げる。
「誰か助けてください!人が死にそうなんです!」
声が街に響く。
しかし、返事はない。
サラは脈気の感知が使えるはずだ。
それで人の位置なんてすぐに分かる。
それなのに――使わない。
その意味に気づけないほど、俺も馬鹿じゃない。
「サラ」
俺は声をかける。
「とにかく水と食料を探そう」
俺は街の奥を指さす。
「サラは向こう。俺はあっちを探す」
クロールを背負い直し、指で自分の進む方向を示す。
サラは何も言わなかった。
俺たちはそのまま、別れて動き出した。
街の中を駆け抜ける。
少しでもまともな場所。
綺麗で、食料がありそうな場所。
商店でもいい。
酒場でもいい。
どこでもいい。
だが、どこまで行っても目に入るのは――
崩れかけた建物ばかりだった。
俺はさらに街の中心へと進む。
クロールが倒れてから、もう三十分は経っている。
命が、本当に危ない。
「誰かいないのか!」
叫ぶ。
だが、返ってくるのは沈黙だけだった。
「くそッ!」
自分を奮い立たせるため、わざと大きく声を出す。
そしてまた歩く。
探す。
だが、酒場も商店も見つからない。
どれだけ歩いても、あるのは崩れかけた建物や小屋だけだった。
「なんで何もないんだよ……」
俺は地面を強く蹴った。
乾いた地面が砕け、砂埃が舞い上がる。
それでも――
また一歩、歩き出す。
その時だった。
背後から声が聞こえた。
低く、重い声。
「ここで何してるんだ!」
俺は振り返る。
そこには、一人の男が立っていた。
俺よりも背が高い。
鍛えられた兵士よりも、さらに筋肉質な体。
スキンヘッドの男だった。
右目には一本の傷がついている。
「部外者が何の用だ」
男は睨んでいる。
明らかに怒っていた。
だが俺は迷わなかった。
すぐに頭を下げる。
「頼む」
声を絞り出す。
「水を分けてくれ。この男が死にそうなんだ」
男の視線を感じる。
だが――
見ているのは俺じゃない。
クロールだ。
男はしばらく黙っていた。
そして口を開く。
「何が目的だ」
俺は顔を上げる。
男の目をまっすぐ見た。
そして、はっきりと言う。
「まずは――」
クロールを背負い直す。
「こいつを救いたい」
俺の目をじっと見つめたあと、スキンヘッドの男は背中を向けた。
「いいか、覚えておけ」
低い声で言う。
「これは貸しだ。この貸しは、しっかり返してもらう」
そう言って男は静かに歩き出す。
俺はクロールを背負ったまま、その後をついていくしかなかった。
しばらく歩くと、一軒のボロボロの建物の前で男は立ち止まる。
レンガでできた建物だった。
だが、壁には無数の亀裂が入り、建物自体が斜めに傾いている。
今にも崩れ落ちそうだった。
「こい」
男が言う。
「建物を壊すなよ」
そう言って、男は中へ入っていく。
俺も後を追う。
建物の中は暗く、埃が舞っていた。
とても人が住んでいる場所とは思えない。
男は床に雑に置かれていた金属の容器を拾うと、こちらへ投げてよこした。
「そいつの中に水が入ってる」
短く言う。
「早く飲ませな」
「ありがとう」
俺は手短に礼を言うと、クロールを床に降ろした。
そして無理やり口を開け、水を流し込む。
クロールの口から水が溢れる。
それでも構わず、喉へ押し込んだ。
「男が男を助けるのか」
後ろから男の声がする。
だが、俺は振り向かない。
言い返さない。
ここで反論すれば、何の情報も得られなくなる。
だから耐えろ。
何を言われても。
そう自分に言い聞かせた。
しばらくして――
クロールの呼吸が少しだけ落ち着く。
「ありがとう」
俺は振り向き、男に言った。
「おかげで助かったよ」
男はそれを聞くと――
「ハハハ!」
高らかに笑った。
「だから言っただろ。これは貸しだ」
男はゆっくり歩いてきて、俺の目の前に立つ。
大きな体が影を落とす。
「お前には俺の下で働いてもらう」
男は俺を見下ろす。
「見たところ、かなりの力自慢だろ」
そう言って男は胸を張った。
「俺の名前はガブ」
少し間を置く。
「お前は?」
「俺はレイル」
そして続けた。
「だけど――」
ガブの目を見て言う。
「今は、まだあんたの下では働けない」




