4-5 脈気の流れ
クロールは俺に向かって、決めろと言う。
俺には、その意味が分からない。
「俺が何を決めるんだよ。ノアは助けに行く」
「ああ。どうやって」
クロールは静かに問い返す。
俺はその問いに答えることができない。
ギュッと拳を握りしめる。
そんな俺を見ながら、クロールは煙を吸っては吐いている。
「その様子じゃ、またどっかで野垂れて倒れるな」
俺は声を荒げてクロールに叫ぶ。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!
俺にはもうこうするしかないんだ。ノアとの約束を守るために……!」
「簡単なことだろ。ノアの居場所を知ればいい」
クロールはあっさりと言うと、葉巻を胸ポケットにしまった。
「もったいねぇーけど、ここにしまうか」
独り言のように呟きながら、クロールは俺の手を取る。
そして強引に、壁にもたれかかるように座らせた。
「おう、サラも座れ」
クロールは軽く顎で示す。
「作戦会議すんぞ」
サラはクロールにそう言われると、ゆっくりとドアを閉めた。
部屋の中には、ドアがパタンと閉まる虚しい音だけが残る。
「作戦会議ってなんだよ……。ここでノアの居場所が分かる訳ない!」
俺がクロールにそう言うと、クロールは向かいの窓の前にもたれかかり、頭を掻きながら面倒くさそうな顔をした。
「じゃあレイル。お前は誰が、どんなふうにノアを攫ったのか知ってるのか」
俺は黙る。
俺は、ノアが攫われたこと以外何も知らない。
頭では分かっているのに、どうしても感情が先に動いてしまう。
「知らないけど……動かないと」
「サラ、教えてやってくれ。俺は疲れたから少し外でも見とくわ」
クロールはそう言うと、窓の外へ視線を向けた。
その横で、サラの震えている身体をなんとなく感じる。
「レイル、これはモノに聞いたんだけどね」
モノ。
そういえば、モノはどうなったんだ。
きちんと生きているのか。無事なのか。
頭の中に浮かぶのは、あの時――血を流して倒れていたモノの姿だった。
「モノは生きてるのか」
俺は必死な声でサラに聞いた。
「生きてるよ。レイルが飛び出した後、私とアスヘルで治療したから」
サラはそう言って、少し間を置く。
「その後で、モノに聞いたんだ。ノアが連れていかれた時のことを」
俺は安心すると同時に、息を呑んだ。
足が少し震えているのが分かる。
怒りなのか、緊張なのか――この震えが何なのか、自分でも分からなかった。
「やっぱりね。ノアを連れて行った奴は“屑拾いの残響”の人物だったの。名前はケビン。ノアがそう呼んでたらしい」
――ケビン。
聞き覚えのある名前だった。
その名前を聞いた瞬間、俺の記憶がフラッシュバックする。
「俺の名前はケビン。まぁそうだな……旅人ってとこだ」
「頼む。金を貸してくれ」
「あんたたちとは、また会えるか」
会った途端、金をくれと泣きながら頼んできた男。
どこか怪しかったが、悪い奴には見えなかった。
「俺、知ってるよ。そいつ……」
「やっぱりな……」
クロールは窓の外を見たまま、俺に聞こえるくらいの声で呟く。
「知ってるの……?」
サラは驚いた表情で俺を見る。
「ああ。昔、あの墓の前でノアと一緒にいる時に現れた自称旅人だ。会った時、ノアが“悪い人じゃない”って言って助けた奴だ」
サラは横で黙り込む。
きっとサラも、何かを無理しているんだろう。
ふと、そう思った。
「中々できるやつだな。ケビンという男は」
窓の外を見ていたはずのクロールが、いつのまにか俺の隣に座っていた。
「相手を油断させるため、あえてレイルとノアの前で無害なことをアピールした。完全にやられたな」
クロールは淡々と続ける。
「ノアはケビンという男を見て警戒したモノに、“警戒を解け”って言ったらしい。モノみたいな優しい奴は、ノアが大丈夫だと言えば本当に警戒を解いちまう」
クロールは俺の足に、指で銃の形を作って押し付けた。
「油断したところを――バンッ」
小さく言う。
「こんな感じで撃ち抜いて、モノを無力化したらしい」
俺は理解できなかった。
あの泣き顔が、すべて演技だったなんて。
そんなことが人間に可能なんだろうか。
「なぁ、クロール。演技で人は泣けるのか」
クロールは俺の顔を見て、少し困ったような表情を浮かべた。
それから視線を天井に向ける。
「そうだな。俺は泣いたことないから分かんねぇーけど……」
少し考えるように間を置く。
「誰かを騙してでもやり遂げたいことがあれば、できるかもな」
クロールはそう言うと、俺の肩にそっと手を置いた。
「レイル。ノアを助けたいなら、ケビンという男に変な情は抱くなよ」
そう言い残して、クロールは立ち上がり、ドアの方へ向かう。
俺は思わずクロールを呼び止めた。
「おい! ノアを助けるための作戦会議がまだ……」
「作戦会議もひと段落しただろ。少し休憩させてくれ」
クロールは振り返りもせずに言う。
「ちゃんとお前が落ち着いて、人の話を聞けるようになっただろ」
そう言ってドアを開き、外へ出ていった。
部屋には、俺とサラだけが残される。
パタン、とドアが閉まる。
ふと横を見ると、サラが倒れていた。
気が張り詰めていたのだろう。
俺はサラに、尻に敷いていたマントをかける。
それから、窓の外を見た。
外にはレンガでできた住居が広がっている。
だが、そのレンガのあちこちにはヒビが入っていて、何か大きな衝撃が加われば崩れてしまいそうだった。
俺がいる建物の前では、アスヘルとクロールが話をしている。
何か、俺に聞かれたくないことでもあるのだろうか。
勝手に拳に力が入る。
情けない自分に、腹が立った。
しばらく外を眺めていると、アスヘルとクロールが俺のいる建物の中へ入ってきた。
俺は、なんとなく見ていたことがバレるのが恥ずかしくて、サラの横に座り、目を閉じたまま二人が戻ってくるのを待つ。
隣からは、サラの小さな寝息が聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……」
だが、寝息にしては少しテンポが速い。
そう疑問に思い、俺は目を開けてサラの額に手を当てた。
――熱い。
サラの額どころか、魔族の額に触れるのも初めてだが、こんなに熱いわけがない。
手を離して自分の手を見ると、ほんのり赤くなっていた。
その時、ガチャリと音がして部屋の扉が開く。
「作戦会議の前に、話さないといけないことがある」
クロールがそう言いながら部屋に入ってきた。
少し遅れてアスヘルも部屋に入ると、サラの方をじっと見る。
そして、そのままサラに近づき、額に手を当てた。
「レイル、クロール。いつからサラはこの状態なんだ」
クロールは、アスヘルに言われて初めて気づいたような顔をする。
「わかんねぇな」
「クロールが部屋から出て行ってすぐだ」
俺がそう答えると、アスヘルはサラの額に手を当てたまま動きを止めた。
「いい機会だ。レイル。脈気について少し話そう」
アスヘルはそう言うと、急に語り始めた。
「昔、脈気を教えた時に“これは自然の力だ”と言っただろう。だが、脈気は世界のどこにでもあるわけではない」
アスヘルはそう話しながら、サラへ脈気を流している。
「大地が豊かな場所でのみ、俺たちは体内に脈気を吸収することができる」
「なんでサラに脈気を流してるんだ」
俺の言葉に、アスヘルは少し驚いたようにこちらを見た。
「お前は脈気の流れが分かるのか……」
自分で意識したことはなかった。
だが確かに、エヴィとかいう魔族と戦った時も、今も、脈気が体のどこに集まっていくのか、誰かに流れていくのかが見えている。
まるで、白い線のようなものが流れているみたいに。
それを、俺はなんとなく“脈気”だと理解していた。
どうして分かるのかは、自分でも分からない。
俺が考えていると、アスヘルは再び話し始めた。
「そうだ。俺は今、サラに脈気を与えている」
「それは、サラたち魔族が、生きているだけで脈気を消費する生き物だからだ」
「体内の脈気が完全になくなれば――こいつらは死ぬ」
そう言うと、アスヘルはサラの額から手を離した。
「お前も練習してみろ。今後、誰かに脈気を分け与える必要が出てくるはずだ」
俺はアスヘルに言われ、サラの額に手を置く。
さっきとは明らかに温度が違う。
もう、熱くはなかった。
「脈気を流すのは、纏う時の感覚と同じだ」
アスヘルに言われ、俺は試してみる。
すると、アスヘルの時よりも明らかに太く白い線が、サラの体へ流れ込んでいくのが見えた。
流し始めてすぐ、アスヘルが俺の手をサラの額から離した。
「何するんだ。まだ流し始めたばかりだぞ」
「もうサラの保有できる脈気量は、遥かに超えているはずだ」
「これ以上流せば、お前の使う分の脈気がなくなる」
理論整然としたアスヘルの言葉に、俺は何も言い返せなかった。
理解できないわけではない。
だが――なんとなく。
サラが目を覚ますまでは、流し続けたほうがいい気がした。




