4-3 違和感の答え
カマイの店に俺たちは入った。
外はまだ赤く染まっていて、夜は訪れていない。
店の中はいつもと同じ匂いと熱気に満ちていた。
「レイルとサラが二人で来るなんて珍しいな」
カウンターに座り、一人で酒を飲んでいるカマイがこちらを見る。
琥珀色の液体をゆっくり揺らしながら。
そんなに酒は美味いのか。
俺には分からない。
「カマイ、今日も晩御飯よろしく」
サラがいつもの調子で注文する。
カマイは渋い顔をして、じっと俺を見つめてきた。
「じゃあ俺も晩飯もらってもいいか」
そう言うと、カマイは深くため息をつく。
「たく、お前は俺の気持ちをサッパリ理解できないんだな。とてつもない鬼畜なのか、ただ鈍臭いだけなのか分からないな」
そう言い残して、ゆっくり立ち上がり厨房へ消えていった。
サラはすでにカウンターに座っている。
「レイル、ものすっごい悪口言われてるじゃん」
キャハキャハと笑う。
確かに、何かを訴えていそうな目ではあった。
だが、あれが悪口だったのかは分からない。
「それでさ、レイル。どうする予定なの」
急に声の調子が変わる。
ここへ来るまでの間に、アスヘルから聞いた話はすべてサラに伝えた。
そして、この店で作戦会議をすることになった。
「俺が昼と夜に村を見回りしようと……」
言い終わる前に、サラがかぶせる。
「全然ダメね。そんなんじゃ多勢に無勢よ」
「じゃあどうすればいいんだよ」
俺がそう言うと、サラは腕を組み、少し視線を落とした。
「正直言って、目的が分からない集団から全てを守ることは不可能よ」
淡々とした声。
だが、その言葉は重い。
「もしアスヘルの言ってることが正しいのなら、その……なんだっけ」
「屑拾いの残響」
「そう、それ。屑拾いの残響は賞金目当てってことでしょ」
サラはカウンターを指先で軽く叩きながら続ける。
「もしレガルド王国が賭けた賞金目当てで狙われるとしたら……」
そこまで聞いて、俺は頭の中で整理する。
レガルド王国。
魔族と争いをしている国。
そんな王国が懸賞金をかけるとしたら――
何に?
誰に?
答えは、すぐに出た。
「サラが一番狙われてる可能性が高い……」
言葉にした瞬間、胸の奥がざわつく。
「そう! 当たり」
サラはいつもの明るい声でそう答えた。
「どうしてそんな明るい声で話せるんだよ。狙われてるんだぞ」
俺がそう言うと、サラは鼻で小さく笑い、カウンターに肘をついた。
「そりゃ、私が囮になってそいつらをおびき寄せるだけで、この問題が解決するからよ」
サラはそう言って、小さく微笑む。
「そんなことしたらサラが危ないだろ。もっと他の方法を探そう」
俺が言うと、サラは不思議そうな顔でこちらを見る。そして、少しだけ首を傾げて口を開いた。
「私は危なくないよ」
あっさりとした声だった。
「だってレイルが、私を狙ってる人全員倒せばいいだけだし」
「俺が勝てない相手かもしれないだろ」
思わず言葉が強くなる。
俺はアスヘルみたいに強くない。
もし万が一、サラを囮にして守りきれなかったら――
俺はきっと、二度と立ち直れない。
「レイルは勝てなくても“勝つ”って言って挑むタイプでしょ」
サラは、俺の葛藤など知らないような顔で続ける。
「無理矢理連れて帰られた私のお願い」
サラはカウンターから身体を起こし、俺の方をまっすぐ見る。
「責任とって聞いてくれるよね」
俺は固まって、何も言えなかった。
正直、こんな作戦はやりたくない。
けれど――サラの作戦を断る勇気が、俺にはなかった。
「黙ってるってことは、やるってことで決定ね。そんじゃご飯食べて、早速いくよ」
サラはそう言うと、椅子から立ち上がり、そのまま厨房の方へ入っていった。
中ではカマイと何か話しているらしく、かすかに声が聞こえてくる。
俺はカウンターから動けず、ずっと椅子に座ったままだった。
しばらくして、サラとカマイが二人で戻ってくる。
サラは両手で大きな鍋を抱えていた。
カマイはジョッキの酒を片手に持ち、サラの様子を眺めている。
「これ本当に重いんだけど……」
サラは文句を言いながら、俺の前に鍋をドスンと置いた。
「それが晩飯だ。仲良く二人で食ったら帰れよ」
カマイはそう言いながら、肩をすくめる。
「今日は珍しくモノが来ない日だからな。ゆっくりしたいんだ」
そう言うとカマイは、俺たちから少し離れた席に腰を下ろし、ジョッキを口に運んだ。
「ほらレイル、食べないのー」
サラは、俺が少しカマイの方を向いていた間に、カウンターに置いてあったボウルを手に取り、鍋の中身をよそってくれていた。
鍋の中には、村で採れた色とりどりの野菜がたくさん入ったシチューが入っている。
サラは俺の目の前にシチューの入ったボウルを置くと、空のボウルを手に取り、もう一杯よそった。そして少し離れたカマイのところへ持っていく。
「カマイも食べてよ。みんなで食べるのが一番いいんだから」
「ありがとよ」
サラはカマイにシチューを渡すと、俺の隣に戻ってくる。そして、自分の分のシチューを少し雑によそった。
「それじゃレイル。最後の晩餐を楽しもうか」
「縁起でもないこと言うなよ」
俺はそう言葉では返しつつも、少しだけ笑みがこぼれた。
サラのこのいつもの調子が、これから始まる重い作戦を、ほんの少しだけ軽くしてくれているような気がした。
俺たちは一口一口味わうようにシチューを食べた。
食べ終わり、鍋を片付けようと立ち上がった――その瞬間、店のドアが開いた。
「おい、モノ。ここにいんのかー」
店の中に一人の男が入ってくる。
顎髭を生やし、目つきだけは妙にはっきりしている顔。そしてこの話し方。
俺は瞬時に、こいつがクロールだと分かった。
「クロールじゃん。いえーい」
サラはクロールを見るなり駆け寄り、軽く拳を合わせる。
サラの交友関係には、本当に驚かされる。
「モノなら今日は来ないぞ。ノアの墓参りについていく日だからな」
アスカ達の墓参り。
こんな遅い時間に、ノアは行っていたのか。
……待てよ。
墓参りの場所には、あの木がある。
「サラ、悪いけど来てくれ」
嫌な予感がした。
俺はサラの手を引き、強引に店の外へ出る。
クロールが不思議そうに俺のことを見て、カマイが俺を心配そうに見ているのが分かった。
だが俺は何も言わず、そのまま店を出た。
「ちょっと、急にどうしたの」
俺はサラの手を引いたまま、早足で歩く。
「なあ、サラ。覗き窓のあった木のことなんだけど」
俺は頭の中を整理する。
なぜ“屑拾いの残響”は、あそこに覗き窓を設置していたのか。
もしアスヘルとサラの意見が正しくて、サラを狙うのだとしたら――
あんな場所に、覗き窓を作るだろうか。
もし俺が屑拾いの残響なら、もっとサラが来そうな場所に作る。
あんな高度な技術があるのに、村から離れた場所に設置するなんて不自然だ。
もし、あのアスカ達の墓が狙いなのだとしたら――
屑拾いの残響の狙いは……
ノアだ。
俺はサラを背中に背負うと、脈気を纏い、思いきり走り出した。
「ねぇ、なんでそんなに飛ばすの。まだ、私がみんなにお別れの挨拶できてないから、もう少し……」
サラはそう言いながらも、大人しく俺の背中に乗っている。
しばらく沈黙が続いた。
そして突然、サラの声のトーンが変わった。
「ねぇ、レイル! もっと飛ばして。脈気が二つ、草原の方に行ってる」
俺は言われるまま、墓の近くの森から草原へ飛び出した。
その瞬間、視界の端で墓の方を捉える。
夜の闇の中。
白い何かが倒れていた。
見覚えのある姿に、俺は思わず足を止めてしまう。
「ねぇレイル。あれってさ――」
「何も言わないでくれ」
俺は白い物体へと近づいていく。
近づくにつれて、その下半身が赤く染まっているのが分かった。
そして、白い物体が何なのかも。
「…………」
「嘘でしょ……」
そこには、全身に汗を浮かべたモノが、足から血を流して倒れていた。
モノはゆっくりと目を開き、震えた声で言う。
「……すまねぇ……」
モノの目から、透明な血が流れていた。
俺はまた――
大事なものを失ってしまった。




