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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
4章 奪還編
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4-2 屑拾いの残響

「ただいま。これ、二人にお土産」


ノアが小屋に入ってくるなり、椅子に座っている俺とサラに温かい箱を差し出してきた。


「これなにー?」


サラがやけに明るい声を出す。


「開けてみてよ」


促されて蓋を開けると、

中には焼きたてのクッキーがぎっしり詰まっていた。


甘い香りがふわりと広がる。


「今日はね、クッキーを作ったの。疲れに効くように甘めにしてみたよ」


ノアは少しだけ緊張した顔で、俺たちを見ている。


……なんだ?

いつもより、距離が近い気がする。


ふと視線を横にやると、サラがじっと俺を見ていた。


……ああ。

先に食べろってことか。


「いただきます」


俺は丸いクッキーを一つ手に取り、口に入れた。


甘い。


普段はスープとパンばかりだから、余計に染みる。


「……うまい」


そう言うと、ノアの肩がほんの少しだけ下がった。


安堵したように。


「うわー、やっぱりノアのクッキーはおいしいね」


サラはニコニコしながら、次々に口へ運んでいる。


「ノア、クッキーありがとう」

「じゃあ修行行ってくるよ」


ノアが何か言いかけた気がしたが、俺はそのままドアを開けた。


外に出ると、太陽が真上から降り注いでいる。

じり、と頭が熱を持つ。


ほんの一瞬だけ、小屋の中を振り返りそうになる。


俺は森の方へ歩き出す。


その時だった。


小屋の前の木の影から、人影が滑り出る。


「……アスヘル」


いつの間にそこにいたのか分からない。いつもコイツはいつの間にか現れる。


「なんだよ」


「話がある」


それだけ言って、アスヘルは俺の前を通り過ぎる。


森の奥へ向かって、まっすぐに。


「話があるならここでいいだろ」


返事はない。


ただ、一定の歩幅で進み続ける背中。


……いい話ではないんだろうな。


俺は黙ってアスヘルの後を追う。


 森の奥深く。


太陽の光すら届かないほど、木々が空を覆っている。


その闇の中で、アスヘルは足を止めた。


「あの木を見たか」


あの木。


それだけで分かる。


墓前にあった、あの覗き木のことだ。


「ああ」


「そうか。それなら話は早い」


アスヘルがゆっくり振り返る。


真っ直ぐ、俺を見る。


……こんなふうに目を合わせるのは初めてかもしれない。


背筋がわずかに強張る。


「あの覗き木には、ある犯罪組織が絡んでいる」


――は?


一瞬、意味が繋がらなかった。


だがアスヘルは淡々としている。


ひらり、と何かが投げられた。


反射的に受け止める。


手帳だった。


表紙には荒い筆跡でこう書かれている。


『屑拾いの残響』


「屑拾いの……残響?」


「ああ」


アスヘルは腕を組み、背後の木に体を預ける。


「そう書いて――スクラップ・エコーと読む」


森の空気が、さらに重くなった気がした。


「お前も気づいているはずだ。この村には、王国にはないものが多くある」


王国にはないもの。


花、脈気、カエルの丸焼き。

それに……少し変わった住人たち。


だが、それがどうした。


「王国が、ここにある“何か”に賞金をかけた。そう考えるのが自然だ」


賞金。


その言葉だけで、胸の奥がざわつく。


「狙ってるものって何なんだよ。早く守らないと――」


俺の言葉を遮るように、アスヘルは小さく息を吐いた。


「それが分かれば苦労せん」


一拍。


「だから――全てを守る」


低く、揺らがない声。


森の奥の闇よりも重かった。


「ああ……それは、そうだな……」


自分の声がやけに頼りない。


全てを守る。

そんなの、無理だ。

現実的じゃない。


それに――なぜ俺だけに言う?


皆に伝えればいい。

皆で警戒すればいい。


「話は終わりだ。警戒を怠るな」


アスヘルが背を向ける。


俺は拳を握りしめた。


「なんで俺だけに話すんだ。みんなに言って、みんなで守ればいいだろ」


足が止まる。


ゆっくりと振り返るアスヘル。


その目は、試すようでもあり――覚悟を確かめるようでもあった。


「それはな」


わずかな間。


「俺とお前だけが、何が現れても“守れる”だからだ」


言い切った。


そして今度こそ、振り返らず森の奥へ消えていった。


俺だけが、その場に残された。


俺はアスヘルの言葉を頭の中で何度も反芻しながら、エルド村への道を歩いていた。


――全てを守る。


分からないことだらけだ。

なぜ俺だけに話したのかも、何が狙われているのかも。


だが一つだけは分かる。


守らなければならない。


修行は減らすか。

見回りを増やす。

夜も回るか――


気づけば、村の入り口が見えていた。


ノアの待つ小屋へ向かう途中、前方からサラが歩いてくる。


俺を見るなり、小走りで駆け寄ってきた。


「いたいた。ちょっと私と、すこーしだけお話ししてくれないかな」


いつもの軽い調子。


だが、どこか急いでいるようにも見える。


「悪い、今日はちょっと予定が――」


俺が横を抜けようとした瞬間、足が止まった。


視線を落とすと、サラの尻尾が俺の足首に絡みついている。


「脈気使えるのがレイルだけだと思わないでよね」


引き剥がそうとするが、動かない。


……脈気を流さずに力比べすると、こんなに差が出るのか。


俺は小さく息を吐いた。


「少しだけだからな」


「あんがと」


サラは満足げに笑い、今しがた俺が帰ってきた森の方へと手を引いていく。


村が木々の間からぎりぎり見える距離で、サラは立ち止まった。


「ねぇ、レイル。私に言うことあるよね」


「言うこと?」


サラに話さないといけないこと。

頭の隅まで探してみても、思い当たるものは出てこない。


俺の顔を見て、サラは深くため息をつき、小さく首を振った。


「ああー、もう! アスヘルと何か話してたでしょ。それってさっき見たあの木のことなんじゃないの」


俺はアスヘルに言われた言葉を思い出す。


――俺とお前だけが、何が現れても守れる存在。


意味は分からない。

けれど、何か意図があってのことだとは思う。

アスヘルは、俺が村に来てからずっと、そういう奴だった気がする。


「なんで黙ってんのよ。図星ってことでしょ」


「いや、アスヘルとは会ってないけど」


そう言いながら、俺はサラから目を逸らす。

視線を合わせていると、余計なことまで顔に出そうだった。


サラはじっと俺を見つめ、さらに一歩詰め寄ってくる。


「レイルは覚えてないかもだけど、私って他人の脈気を見ることも感知することもできるんだよ。アスヘルと一緒にいたのはバレてるから、私にも教えて」


そこで一拍置く。


そして、まっすぐ俺を見る。


「アスヘルに何を教えてもらったの」


俺は、答えていいのか分からなかった。


サラにも、アスヘルから聞いた屑拾いの残響スクラップ・エコーのことは話しておいた方がいい気がする。


けれど――自分の判断に自信が持てない。


ここで俺がサラにアスヘルとの会話を伝えることで、逆にサラを危険に晒すことになるんじゃないか。


そんな考えが、頭の中を巡る。


「はぁー……ノアも物好きだねぇ」


不意に、サラがそう呟いた。


そのまま俺の横をすり抜け、村の方へ歩き始める。


「聞かないのか」


自分でも驚くほど素直な声が出た。


サラは立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り向く。


口角が、わずかに上がっていた。


「いい? 人生の先輩として教えてあげるけど、みんな何かしら大切なものを背負って生きてるんだよ」


まっすぐな視線。


「私はレイルのさっきの顔を見て、何か背負ってるって感じた。私に言えない理由があるんでしょ。じゃあもう聞かない。信じてみることにする」


そう言うと、サラは再び歩き出した。


村へ向かって、一歩、また一歩。


「サラ」


無意識だった。


なぜ呼び止めたのか、自分でも分からない。


「なんですかー」


気怠そうな返事が返ってくる。


俺は駆け出し、サラの隣まで追いついた。


そして、口を開く。


「村が誰かに狙われてるんだ」


少しの間が開く。


「やっぱり」


サラはそう言って、背中に生えている小さな羽をぴくりと動かした。

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