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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
4章 奪還編
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4-1 見えない観測者

窓から差し込む朝の光が、小屋の床を斜めに照らしている。


床には、俺が外から持ち帰った砂や土がまだ残っていて、光を受けて細かく瞬いていた。

まるで、この数日の平和を祝福するみたいに。


「……やるか」


椅子から立ち上がり、ホウキを手に取る。

床を掃くたびに、土埃がふわりと舞い、鼻の奥をくすぐった。


ゴミをまとめて扉の外に捨てる。


その時、ふと気づく。


こんな面倒なことを、今まで全部ノアに任せていたんだな、と。


胸の奥が、少しだけ痛んだ。


今度から、ノアが掃除してくれている時はちゃんと礼を言おう。

そんな当たり前のことを、今さら心に決める。


再び椅子に腰を下ろす。


サラが帰ってきてから、もう数日が経った。

エルド村はいつも通り平和だ。


アスヘルも戻り、サラが村に住むことを認めた。


――


「帰ってきてすぐに言うのもおかしいけどさ」


俺はアスヘルの顔を見て口を開く。


「魔族のサラってやつが、エルド村に住むことになった」


アスヘルはノアが作ったスープを飲みながら、何も言わずに聞いている。


その無言が、妙に長く感じた。


胸の奥が、じわりとざわつく。


「……なあ、アスヘル。問題ないよな?」


俺が問いかけて、ようやくアスヘルは口を開いた。


「何も問題はない」


それだけ。


アスヘルは立ち上がり、食器をキッチンへ運ぶ。


「アスヘルさん、置いててくれてもいいのに……」


ノアの声が聞こえた直後、アスヘルはそのまま扉へ向かった。


「俺は疲れた。寝に行く。何かあったら呼べ」


そう言い残して、小屋を出ていく。


扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


ていうか、あいつどこで暮らしてるんだよ。

 …………


 アスヘルとの会話を思い返していると、勢いよく扉が開いた。


「やっほー、帰ってきたよ」

「ただいま」


ノアとサラが、アスカたちの墓参りから戻ってきた。


小屋の中に、少しだけ外の冷たい空気が流れ込む。


「レイルー。本当に行かなくてよかったの?大切な友達だったんでしょ」


サラが、俺の顔を覗き込む。


「約束をちゃんと守れるまでは行かない」


俺は視線を逸らしながら答えた。


「今の状態で行っても、また何を言えばいいかわからなくなりそうだからな」


その言葉に、サラは一瞬だけ黙り込む。

視線が、床に落ちた。


「サラ、レイルの分まで私がみんなに報告してるから大丈夫だよ」


ノアがそう言って、優しく微笑む。


サラはその顔を見て、ようやく小さく頷いた。


「じゃあ私、今日はロロのお母さんと料理の勉強会してくるね」


ノアはそう言い残し、小屋を出ていった。


扉が閉まると、空気がすっと静まる。


二人きりの小屋。


「ねえレイル。ちょっと真面目な話があるんだけど」


サラは俺の隣の椅子に腰を下ろした。


いつもより、少しだけ声が低い。


「最近ね、お墓の近くの木の影に、変な脈気を感じるんだよ」


サラは天井を見上げながら続ける。


「近づくと、すっと消えるの。でも離れると、また薄く感じる」


尻尾が、ゆっくりと左右に揺れている。


「……それ、怪しくない?」


「確かに怪しいけど、サラの勘違いって可能性は?」


俺がそう言うと、サラは腕を組んで少し考え込む。


「うーん。ゼロじゃない」


「昔、木に脈気でマーキングされてた場合、遠くからは感じるけど、近づくと薄れることもあるしね」


それでも、すぐに顔を上げる。


「でもさ。私の感知、そんなに外れないと思うんだよ」


そう言って、にやっと笑った。


「だからさ、レイル。一緒にその木、見に行こ」


サラの尻尾が、俺の手首にくるりと巻き付く。


「……サラ。せめて掴むなら手でやってくれないか」


「最近尻尾使ってなかったから、たまにはいいでしょ」


サラはそう言って立ち上がり、小屋の外へ出ていく。


「レイルー、早く行くよー」


開いた扉の向こうで、太陽が真上からサラを照らしていた。


 森の中を二人で歩いていく。


サラは腕を大きく振りながら、楽しそうに俺の少し前を歩いている。

数日前まで「村には帰れない」だの言っていた奴と同一人物とは、とても思えない。


「あっ」


サラが突然、声を上げて足を止めた。

その瞬間、俺も反射的に足を止める。


「どうしたんだよ」


サラは、ゆっくりと視線を横に動かした。

木々の影を睨みつけるように。


「……レイルより、強い人が本当にいるんだ……」


震えた声で、そう呟いた。


次の瞬間。


木の影から、アスヘルが静かに姿を現した。

まるで、最初からそこに立っていたかのように。


「レイル。こいつが例の魔族か」


アスヘルは淡々とした声でそう言いながら、こちらへ歩いてくる。


俺は考えるより先に、サラの前へ一歩踏み出していた。


「何してるんだ」


「サラを守るために立ってるだけだ」


俺の言葉に、アスヘルはじっと目を細める。

数秒。

森の音だけが響く。


そして――


フッ、と鼻で笑った。


アスヘルは俺の横をすり抜け、そのままサラの前を通り過ぎていく。


「サラと言ったか」


背中越しに、低い声が飛んでくる。


「きちんと、俺の弟子に守ってもらえよ」


そう言い残し、アスヘルは振り返ることもなく村の方へ歩いていった。


……弟子って。


俺は背中を見つめる。

あいつ、ろくに何も教えてくれなかったくせに。


「ねぇレイル。あの人がアスヘル?」


後ろからサラの声。


「ちょーやばい雰囲気なんだけど……空気が重いっていうか、刺さるっていうか……」


俺は苦笑しながら、視線を森に戻した。


「木の陰の脈気って、アスヘルだったんだな」


「そうなのかな……」


サラは少し首を傾げて、視線を落とす。

尻尾の動きも、いつもより小さい。


「あれくらい強い感覚だったら……はっきり覚えてると思うんだけど……」


少しだけ声を落として、俺を見る。


「……念の為、行ってみてもいい?」


俺は言葉を返さず、コクリと頷いた。


二人で並んで歩き出す。

足音と、風で揺れる草の音だけが続く。

会話はなかった。


しばらくして、アスカたちの墓が見えてきた。


俺は自然と足を止め、墓を見つめる。

サラは、そんな俺の横顔を静かに見ている。


……ここに来ると、いつもだ。

何を思えばいいのか。

どんな顔をすればいいのか。

分からなくなる。


俺はゆっくり目を閉じた。


――ノアも、サラも、村のみんなも。これからも守るから。見ててくれ。


心の中でそう告げてから、目を開く。

そのまま墓の横に腰を下ろした。


「レイル……気分、悪い?」


サラが少し心配そうに声をかけてくる。


俺はそれをごまかすように、わざと大げさに倒れた。


パタン、と草の上に背中を落とす。


「レイル!? ちょっと待ってて、みんな呼んでくるから!」


慌てた声に、俺はすぐ口を開く。


「違う違う。寝転んでるだけだ」


空を見上げる。

心地いい風が前髪を揺らした。


「……今、自分が何をすべきか考えてるだけ」


「何やるって、私の感じた脈気の調査でしょ!」


サラは呆れたように言いながら、俺を見下ろす。


「仲間のお墓見て落ち込むのは仕方ないけどさ、目的は忘れないでよ」


そう言って、踵を返す。


サラは、違和感を感じた木の方へ向かって歩き出した。


俺は草の上から、その背中を見てから――

ゆっくり立ち上がり、後を追った。


「……なに、これ……」


サラが、木の前で小さく呟いた。


俺は一歩後ろから、サラの視線の先を見る。


そこには――木の幹の中央に、不自然な“穴”が開いていた。

人が一人、無理なく立って入れる大きさ。


だが、ただの洞ではない。


穴の内側には、薄く揺れる布のようなものが張られていた。

外からは中が見えないのに、角度を変えると――中から外だけが見える。

まるで、一方通行の“覗き窓”。


そして俺は、さらに違和感に気づく。


この木は――途中から、真っ二つに切断されている。

自然に折れた形じゃない。

刃物で、スパッと切り裂かれたような断面。


その切断面の対となるものが地面に転がっている。


サラが、息を呑む。


「……誰か、ここにいた」


俺たちは、同時に理解する。


ノア。

サラ。

そして――俺たちの生活。


この場所から、ずっと“見られていた”可能性があるということを。

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