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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
3章 修行編
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3-モノローグ-2

腕が痺れた感覚で、私は目を覚ました。


窓から差し込む朝日が、ベッドを容赦なく照らしている。

床には転がった枕。


どうやら私は、腕を枕代わりにして寝ていたらしい。


「ん〜……腕の感覚ないんだけど!」


叩く。引っ張る。振る。


……戻らない。


「ああーもう、ムカつくなぁ……」


その時、外の階段からコン、コン、と足音が聞こえた。


――やば。


私は反射的に窓を開け、そのまま地面へ飛び降りる。


スタン。


着地と同時に、部屋の中から低い声が響いた。


「サラ。泊めてやると言ったのは俺だが、朝から騒ぐな」


……絶対、私に向けて言ってる。


でも聞こえないフリ。


ひんやりした地面にしゃがみ込み、指で文字を書く。


――ごめん。


書き終えて、なぜか満足する私。


朝の冷たい空気を切るように歩き出す。

目指すのは、ノアの小屋。


小屋の前に着くと、ちょうど扉が開いた。


「あっ」


「え、朝早くからどうしたんだよ、サラ」


レイルが不思議そうな顔で私を見る。


……って、あ。


彼の手には木刀。


なるほど。

また修行だ。


「レイルさぁ」


私は腕を組む。


「修行ばっかしてないで、たまにはノアと一緒に過ごしたら? この間も“修行ばっか”って愚痴ってたよ」


レイルは一瞬だけ困った顔をした。

けど、すぐに視線を逸らす。


私の横を通り過ぎながら、ぽつりと呟いた。


「俺がもっと強くなれたら……」


足が止まる。


「アスヘルくらい強くなれたら、一緒にいるよって言っといて」


そう言って、森の方へ歩いていく。


背中は、まっすぐだった。


……守るために強くなる。


言葉にするのは簡単だけど。


どれだけの想いがあれば、

あんなふうに“今”を置き去りにできるんだろう。


「本当にもう、知らないからね」


私は森の方へ向かって小さく吐き捨てる。

どうせ届かないのに。


それから小屋のドアノブに手をかけた。


……あったかい。


さっきまでレイルが触っていた温もりが、まだ残っている気がした。


ガタガタ、と嫌な音を立てて扉が開く。


この前カマイが直してたのに……。

どれだけ強く閉めれば、こんなにすぐ壊れるのよ。


そんなことを思っていると、キッチンの方からノアが出てきた。


「サラ。来るなら連絡してくれれば、何かお菓子でも用意してたのに」


にこっと、いつもの柔らかい笑顔。


「悪いね、ノア。今日は逃げる感じでここまで来たからさ」


ノアが近づくと、甘い香りが鼻をくすぐる。


……ノアの匂い?


いや、違う。

キッチンの方からだ。


「ごめん、ちょっと入らせてもらうねー」


私はノアをそっと押しのけて、キッチンへ向かう。


そこに並んでいたのは――


整然と並べられたクッキー。


果物の形。

動物の形。

手足の多い謎の生き物。


そして――


短い髪の女性。

その女性の隣に置かれている髪の短い男性。


……ああ。


これ、村のみんなだ。


「ノア、これって……モノ?」


私は大きなクッキーを指差す。


ノアは少しだけ顔を赤くして、視線を逸らした。


「バレちゃった……?」


小さく笑う。


「みんなの形、作ってたの。喜んでくれるかなって思って」


そう言って、翼と尻尾のついたクッキーを私に差し出す。

 

「はい! これはサラの分ね」


「ありがとう……」


受け取ったクッキーは、まだほんのり温かい。


けれど私は、すぐには口に運ばなかった。


ノアが不思議そうに首を傾げる。

その時、外から強い風が吹き、小屋の扉がギシギシと鳴った。


「なんで食べないの?」


少しだけ、寂しそうな声。


「こんな立派なの、食べたらもったいないじゃん」


ノアは一瞬ぽかんとして、それからふっと笑う。


「サラの形くらいなら、毎日でも焼くよ。それでサラが喜んでくれるなら」


真っ直ぐだった。


その視線には、打算も、疑いもない。


人間なのに。


魔族の私に、こんな目を向けられるなんて。


……それに比べて、私は?


エルド村も好き。

ノアも好き。


でも――


私は本当に、心を開けているのだろうか。


分からない。


分からないけど。


もっと知りたいと思った。

ノアのことを。


「私のためにクッキー焼いてくれるなんて嬉しいよー」


わざと軽い声を出す。


「でもさ、ノアには私より食べてほしい人いるんじゃないの?」


「急に何言い出すの」


ノアが目を見開く。


私自身、なぜこんなことを聞いたのか分からない。


ただ――


好きという感情を抱えた人の“本音”を知りたくなった。

魔族とか人間とか、関係なく。


「ノアってさ、レイルのこと好きでしょ」

「仲間として、じゃなくて。」

「村の一員として、じゃなくて。」


もっと、個人的に。


私はクッキーを一口でかじる。


甘い。


なのに、胸の奥が少し痛い。


ノアは下を向いたまま、固まっている。


……言い過ぎたかな。


話題を変えようとした、その瞬間。


ノアの口が、ゆっくりと開いた。


「やっぱり、分かっちゃうの……」


その声は、思っていたよりも重かった。


からかうつもりだった私の言葉は、どこかへ消えてしまう。


「うん。きっと……」


ノアは言いかけて、ぶんっと首を横に振った。


そして突然、私の手を握る。


その手は、少し冷たかった。


「椅子に座ってもいい? 立ってると倒れちゃいそうで」


私は静かに頷く。


先に私が座り、遅れてノアが隣に腰を下ろす。


肩が触れそうな距離。


ノアはどこか遠くを見るように、ぽつりと話し始めた。


「私ね。感情があまり分からないの」


――え。


「悲しいとか、寂しいとか。そういう負の感情は分かるんだけどね」


「嬉しいとか、楽しいとか。そういう言葉は、自分の心がどうなってる時に使っていいのか分からない」


声は落ち着いているのに、どこか震えている。


「だから、“好き”って言葉も……サラが思ってる好きと、私の好きはズレてるかもしれない」


それでも、と続ける。


「でもね。私にとってレイルは、他のみんなより特別なの」


ゆっくり、私の方を向く。


まっすぐな瞳。


「これが……サラの言ってる“好き”ってことなの?」


私は言葉に詰まる。


いつも優しくて、誰よりも感情豊かに見えるノアが。


自分の感情を知らないなんて。


でも――


分かることが、一つだけある。


「それが好きってことだよ、ノア」


私は少しだけ胸を張る。


「大人だからね、私。色々教えてあげる」


強がり半分。


でも本心でもあった。


「まずはこのクッキーをレイルに食べさせるところからだね」


私は立ち上がり、キッチンに並んだクッキーの中から

短い髪の女性の隣に置かれたクッキーを手に取る。


そして、それをノアに差し出した。


「なにするの?」


ノアが不思議そうに首を傾げる。


「私のことをレイルだと思って渡してみてよ」


にやっと笑う。


「“あなたのために焼きましたわ”って言ってさ」


ノアは姿勢を正して、私の方に向き直る。


……が、固まる。


ぴくりとも動かない。


え、私変なこと言った?


そう思って、尻尾でノアの足をちょんと突いてみる。


「わっ!」


ノアが飛び上がる。


……よかった。

私が特殊能力に目覚めたわけじゃない。


「どうしたの? 練習しないと上手くならないよ」


ノアはクッキーを握りしめたまま、俯く。


「言いたいの。言いたいんだけど……」


声が小さくなる。


「どうしても言葉にならないの。レイルの邪魔になっちゃうんじゃないかって思っちゃって」


……ああ。


私は頭をくしゃっと掻く。


「もう、なんだかなぁ」


ノアの方を見て、少しだけ真面目な声を出す。


「いい? それが恋って感情なの」


ノアが顔を上げる。


「言葉にしたいのに、言葉にできない。

迷惑かもしれないって怖くなる。

それでも想ってしまう」


「それが恋だよ」


私、自分でも何言ってるか分からない。


恋なんてしたことないのに。


でも――


なぜか確信だけはあった。


ノアは、ゆっくり微笑む。


「ありがとう、サラ。少しだけ……分かった気がする」


その笑顔は、さっきより柔らかかった。


……レイルは、いいな。


こんなにまっすぐな子に想われて。


どうして放っておくの。


気づいてあげてよ。


ノアが悲しむの、私は見たくないよ。

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