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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
3章 修行編
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3-モノローグ

仲間を背負いながら、ゆらり、ゆらりと木々を掻き分けて進む。

血と土と脈気が混ざった匂いが、森の中に漂っていた。


「……アロ」


背中から弱々しい声が聞こえる。


「重症だ。喋るな。寝ていろ」


その直後、背中からニュルリと嫌な感触が滑り落ちた。


振り返ると、地面に崩れるように倒れたタムの姿。


「……アロ、脈気が乱れている。無理をするな」


「大通りに置いてきた連中の安否を確認する」


それだけ言って、再び歩き出す。

タムはふらつきながらも、俺の横に並んだ。


「ところで……アスタロト家の娘はどうなったのですか」


一瞬、足が止まりかけた。


「……エヴィに殺された」


タムの顔色が一気に失われる。


「そんな……あの娘は、魔王と交渉するための“切り札”だった……」


「一番弱く、警戒も薄い。だからこそ捕まえやすかったのに……」


俺は黙って聞いていた。


「では……あの人間も?」


「あの人間だけは、俺が殺した」


口から出た言葉は、真実ではない。

だが、そう言うしかなかった。


あの人間は、エヴィを殺した。

そして、娘を守った。


なぜ、あいつを庇ったのか。


あいつはアスタロト家の価値も、魔族の事情も知らずに、俺たちに刃を向けた。


それでも、迷いがなかった。


“守る”と決めたもののためなら、種族も、立場も、世界の理屈も、踏み越える目をしていた。


もし俺が、人間の貴族に助けを求められたとしても――迷わず殺すだろう。


だが、あいつは違った。


娘一人のために、世界そのものを敵に回す覚悟。


その異常なほど真っ直ぐな意志に。


俺は、生まれて初めて――


“人間”という存在に、恐怖を覚えた。


「これから安否を確認しに行く連中は……恐らくエヴィにやられている」


「やはり……あいつは信用できない魔族でした。なぜリーダーは、あんな男を組織に……」


「組織の詮索はやめておけ」


それ以上の言葉は不要だった。


俺たちは、ゆらり、ゆらりと大通りへ向かう。

足元の土は、先ほどよりも湿っている。

いや――血の匂いが、風に混じっている。


大通りに辿り着いた瞬間、視界が歪んだ。


折れた角。

引き裂かれた羽。

砕かれ、刻まれ、もはや誰の身体かも分からない肉塊。


生きている者は、ひとりもいなかった。


「……おのれ、人間……!」


タムの声は震えていた。

目の奥に、はっきりとした憎しみが灯る。


エヴィがやったとタムに告げるか迷う。

俺はここで口を開くことができなかった。ゆっくりと死体の間を歩き、立ち止まる。


「仇は討った」


地面に転がる血の染みを見下ろしながら、淡々と告げる。


「亡き同胞よ……安らかに眠れ」


それは祈りではない。

ただの“区切り”だった。


背後で、タムが小さく息を吸う音がした。


その胸に、何が生まれたのか。

俺には、分かっていた。


「ここ一帯には、まだエヴィが彷徨いているかもしれん」


俺は踵を返す。


「帰るぞ、タム」


「……はい」


タムの返事は、さっきよりも低かった。


そして俺は思う。


あの人間が守った“娘”の選択は、

こうして――確実に、別の憎しみを生み始めている、と。


 

――

荒廃した、とある街。


――ヒヒーン


俺は馬から降り、街の門をくぐる。

門と呼ぶにはあまりにも頼りない。丸太を三本、紐で縛っただけの“形だけの境界”。

周囲には歪んだ木柵と、錆びついた王国製の兵器が一基。

だが、それがこの街のすべてだった。


「ケビンさんが帰ってきた!」


子供の声が響く。

その瞬間、ボロボロの集合住宅の影から、次々と人影が現れる。

痩せ細った大人、顔色の悪い母親、裸足の子供。

生きているだけで精一杯の連中だ。


「おう、ちょっと待ちな」


俺は腰の袋から金貨を取り出し、一人ずつ手渡していく。


「いつも悪いねぇ、ケビンさん」

「これで赤ん坊に薬が買えます……」

「俺もいつか、“屑拾いの残響スクラップ・エコー”に入れるかな!」


感謝の声が重なる。

だが俺は、笑いながらも胸の奥が少しだけ重くなるのを感じていた。


全員に配り終えた、その時。


――ドン


背後から、硬い手が肩に乗る。


「今回は帰りが早いな」


振り返ると、黒いマント。

右目に走る一本の傷。

街の埃とは別種の“血の匂い”を纏った男――俺の上司だ。


「あー、ボス。久しぶりっす」


「お前には、ずいぶん苦労をかけているな」


ボスは俺の袋に視線を落とす。

金貨の重さを、正確に測るような目だった。


「ケビン。アジトに来い」


「え、今からもう一稼ぎ――」


言い終わる前に、襟首を掴まれる。


「痛っ、痛いって!」


ずるずると引きずられ、酒場の方へ。


「分かりましたから、離してくださいよ!」


「……ああ、そうか」


次の瞬間、力が抜ける。


俺は地面に放り出され、埃を吸い込んだ。


ボスは振り返りもせず歩き出す。


やれやれ、と俺は立ち上がる。


 ボスと共にアジトへ入る。

酒場の奥では、数名の組織メンバーが地図を広げ、次の襲撃地点や物資ルートを議論していた。


俺は軽く頭を下げ、会議を抜けて奥の部屋へ向かう。


扉の向こうには、木箱に収められた複数のジオガン。

そして――

見たことのない、異様に重厚な砲身を持つ兵器が一本、布に包まれていた。


「ボス……これは」


「裏ルートだ」


ボスは短く答え、布を剥がす。

鈍い金属光沢。龍脈導管が露出した、明らかに“殺すための構造”。


ジオガンと並べられると、その存在感は異常だった。


「ケビンのおかげで、組織は持ちこたえている。街の連中も、今日を生き延びている」


そこで一度、ボスは言葉を切った。


「だが――限界だ」


深く息を吸う。


「魔族は俺たちと比べて強すぎる。今の装備じゃ死人が増えるだけだ」


俺は喉を鳴らす。


「それで……これを?」


ボスは重そうにその武器を持ち上げた。


「ジオキャノンだ。ジオガンの上位兵器。ジオガンが効かない硬い魔族にも通る」


「……本物か」


今まで、ジオガンが効かない敵が出た時は“囮役”を出して時間を稼ぐしかなかった。

帰ってこない仲間も多かった。


「だがな」


ボスの声が低くなる。


「兵器は龍脈を食う。龍脈を補充するためのキットは高くて買えん。今の稼ぎじゃ回らない」


俺を見る。


「俺の蓄えも、あと数ヶ月だ」


その目は、命令じゃなかった。

“頼み”だった。


「ケビン……もう少し稼げないか」


空気が重く沈む。


これ以上の金額。

それは、まともな仕事では不可能な額だ。


だが――

俺には、一枚の札があった。


「……ボス」


ポケットから、折り畳んだ紙を取り出す。


広げると、そこには大きく刻まれた文字。


<懸賞金1000万レガルド>


そして、青髪の女の肖像。


ボスの目が、わずかに見開かれる。


「……見つけたのか」


「ええ」


俺はポスターを畳み、胸ポケットに戻す。


「こいつを王国に売れば――二年は、この街が生き延びます」


ボスの呼吸が荒くなる。


「ありがとう」


俺は扉に手をかける。


「街を守るためなら、なんでもやります」


きれいごとじゃない。

正義でもない。


それでも――俺は今までそうしてきた。


扉を押し開ける。


表の部屋では、まだ仲間たちが“次に死ぬかもしれない戦略”を話し合っていた。


俺は一歩踏み出す。


 ――


「今日はお墓参りに行かなくていいのか」


扉の前に立ったレイルが、振り返って私を見る。


「うん。大丈夫だよ。サラに脈気で周囲を見てもらってるから」


「そっか。気をつけてな」


それだけ言って、彼は外へ出ていった。


扉が閉まる音。


小屋の中に、音のない静けさが落ちる。


……サラの力は、本当にすごい。

位置も、数も、敵意の有無まで分かる。


それに比べて、私の力は――


人間か魔族かも正確に見分けられない。

広範囲も探知できない。


できることは、相手の内面を感じ取ることと、

“命の終わり”を知ることだけ。


……それって、役に立っているのかな。


村のみんなの。

レイルの。


私は、ちゃんと必要とされているのかな。


レイルは変わった。

アスカやリックさんを失ってから、

痛みごと飲み込むみたいに、強くなっていった。


同じ場所から歩き出したはずなのに、

気づけば、私だけ取り残されている気がする。


……弱いな、私。


そう思った瞬間、視界が滲んだ。

涙が、勝手に頬を伝う。


ねえ、レイル。


あなたが選ぶ道に、

私も一緒に立っていていいの?


守られてばかりの私に、

隣を歩く資格はあるの?


そう考えながら、私はレイルのベッドに倒れ込んだ。


彼の体温がまだ残っている。


それが、

なぜかひどく怖かった。


“この温度を、いつか失う気がして”

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