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さて、高台に登ったルッカは、周囲から熱烈な歓迎を受けていた。それもそうだ。仲間の為に腕を一本犠牲にし、それでもなお騎士として――今は魔法師団預かりになっているが――活動しているのだ。仲間としてこれほど頼もしい人間はいない。
それに、彼女の研究が完成すれば、過去に四肢を欠損した仲間にも希望が生まれるし、自分の身に何かが起きたとしても大丈夫だという精神的なお守りにもなるだろう。
今のルッカは、ある種、身体を欠損する可能性のある人間たちの期待を背負っているとも言えた。
「ルッカもチャレンジしてくれるの!?」
「ええ。そのつもりで来ました。良いですよね?」
「もちろん。大歓迎だよ!」
エルフリートがきゃいきゃいとルッカの周りを飛んで喜んでいる。ルッカはそんな己の上司に小さく笑みを送り、壁の前に立った。
「私は魔法を魔法具に仕込んできたので、解説しながらチャレンジします」
これは実質チャレンジの成功宣言である。騎士にどよめきが広がった。
「まず、壁を魔法で傷つけるポイントですが、つむじ風は使いません。理由は、渦を巻いた状態で壁に衝突する事で、壁に小さなひびが入ってしまうからです」
なるほど。確かに劇場へ使われているこの壁は、防音を意識した作りになっており、表面はきめが細かく堅い素材でできているが、その内側は音をよく吸収できるようにと多孔質の素材でできていた。
「カルケレニクス領へ至る途中に、断崖絶壁の道があるのをご存じですよね。あの道を作ったのと同じ方法をとります」
「魔力そのものをぶつけるって事?」
エルフリートの問いにルッカが頷いた。
「鋭く尖った魔力の針に壁を貫通させます。すると、外側に力が分散する事なく、穴が開くわけです」
「もう、最初からアプローチが違うのね」
エルフリートの言葉もそこそこに、ルッカが指にはまっている魔法具を使った。魔法具はいくつもの細い針のような魔力の塊を生み出し、彼女の指示通りに壁を貫通していった。
「これで魔法による壁穴の作成は終了です。次は蹴りを入れる行為ですが――壁に強化魔法を使います」
「えっ」
「正確には、壁の外側の素材だけを強化します。衝撃を分散させるタイプの強化ですね」
ルッカは右手首の魔法具に口づけ作動させる。
「壁自体が点の力で破壊されやすいので、蹴りの衝撃を面で受け止められるようにする必要があるからです――このように」
説明を終えるなり、彼女はエルフリートと同じように回し蹴りをした。勢いよく、強く蹴られたはずだが、エルフリートが蹴った時とは異なり、壁は砕けなかった。
くり抜かれた壁が向こう側に倒れ、その衝撃で割れる。重たい音が訓練場に響く。成功だ。ロスヴィータは小さく口を開けたまま声が出なかった。
「すげぇな、あんたんとこの女史は」
ブライスの感心する声と、周囲から歓声が上がるのはほぼ同時だった。
「私の自慢の部下で、仲間だ」
「だろうよ」
力押しではどうにもならなかったそれを、彼女は細かく分析する事で方法を編み出した。これはすばらしい事である。
だが、もし、ジェレマイアが同じ方法でこの壁に大穴を開けたとしたら。壁の情報を細かく知っている何者かの入れ知恵があったか、ジェレマイアがルッカと同等かそれ以上の頭脳を持っているという事になる。
さすがにたまたまうまくいった、というのではないだろう。ルッカがエルフリートに抱きつかれ、ジュードがよろけるのをさりげなく阻止する姿を見ながら、ロスヴィータは薄ら寒いものを感じていた。
「私たちのルッカが、すごい頭脳プレイをしてくれましたぁー! さあ、チャレンジしていないみんなはどんな風に攻略しますか!?」
エルフリートがこの炎をさらに燃やすようにアナウンスする。最初から全部付与して試してみたい、と手を挙げながら飛び込んできた騎士が次の挑戦者のようだ。彼らの熱気と、己が感じた薄ら寒さとの温度差で風邪をひいてしまいそうだった。
「結局、ルッカの方法が一番綺麗だったねぇ」
「全部乗せは、残った壁に亀裂が入ったしな」
「貫通させようとする魔法まで、力が分散されてはそうなるだろう……あれは、当然の結果だ」
「壁の事をよく知っていなければ、非常に困難だという事だけよく分かった」
口々に今日の感想を言い合う中、ルッカが手を挙げた。
「私、ジェレマイアに会ってみたいのですが、これは越権でしょうか?」
現在魔法師団預かりになっているルッカは、女性騎士団員ではあるものの、所属は魔法師団となっている。研究職でもある魔法師団には捜査権限がないため、尋問への立ち会いや尋問の実行は要請がない限り、極力しない事になっていた。
「私からの要請という事にして、上に掛け合おう」
ロスヴィータがそう言って頷くと、ルッカはほっとしたように表情をゆるませた。昔よりも表情豊かになった彼女は、腕を失う事によって一皮むけたかのようだ。
彼女の身に起きた出来事は悲しい事だが、前向きに、精力的に生き生きとしているルッカを見て、ロスヴィータはほっとするのだった。
2025.1.5 一部加筆修正




