戦闘技巧《ウィークポイント》
「好きに来なさい」
土曜の朝、リングの上でアユムは目の前の巨漢を見上げた。
児童養護施設は多々あれど、その中でも光輪会はタケオ園長の独自方針により武闘派として知られている。
建物自体が元々は園長が所属していたインディーズ団体の寮兼トレーニング施設であり、団体の解散に伴い園長が格安で譲って貰う事で現在の光輪会が始まった。
方針は3つ。
自分の身は自分で守れ。
家族を守れ。
そして生き延びろ。
園長自身も並の魔法使い程度ならその身一つで制圧する戦闘技巧者であり、向いていると思われた子供達にはその技術とノウハウを日々教育している。
その完成形こそがアユムの恐れるリュウコであり、その為の教育の一環がこのようなスパーリングだった。
「勝利条件は?」
アユムは園長に問いかける。
「好きに決めなさい、あーたの相手はどうやったら負けを認めるか教えてくれるの?」
「わかった」
アユムは軽くステップを踏む、右足、左足――狩りの為の義足ではなく軽量な動きやすいものだ――体はまだ痛いが問題はない。
当然【魔法】は無し、それならミツキ特製の重量級義足は逆に足手まといだ。
合図もなくアユムは動き出す。
ステップ、ステップ、徐々に距離を詰める。
それに反応するように園長が緩やかに手を前に伸ばす。
少し減速、止まらないように、筋力量と射程の差は小柄なアユムと超大柄な園長では雲泥の差だ、無策でそこに飛び込めば一瞬で終わる。
(距離だ、距離で防御する事を意識する)
園長によく言われている事だ、何と向き合うにしろ攻撃は届く事で意味を成す。
格闘戦ならば、腕の長さ、脚の長さ、跳躍距離、意識するのはこの3つ。
距離は無敵の防御壁だ。
園長が少し手を引いたのが見えた。
露骨な誘い、だがアユムはそれに乗る事にした。
誘われるなら入る間が産まれる。
真っ当にやれば勝てないのは明白、リスクがあろうが必要が体を動かす。
跳ぶ、園長の斜め前方至近距離、姿勢は低く、脚の可動域、肩からの腕の長さを意識し距離を稼ぐ。
園長が旋回し脚を振るう、右足を踏み込みその旋回に対し逆らわず園長の背後のロープを目指す。
掴まり腕の力と脚の力をその反動にのせ、アユムは跳んだ。
「オラアアアアアアアア!!」
気合の咆哮と供に硬質な左足をその延髄に叩き込む、手加減は不要、殺す気でやっても殺せないのはよく知っている。
あまりにも太い首、ギチギチに詰まった肉がアユムの脚を押し返す。
園長が背を反らせる、首の力だけでアユムを地面に叩きつけるつもりだ。
たまらず蹴りの反動を用いて自ら地上へ帰還する。
わかっていたが効いている気はしない。
「ま、狙いは悪くないわね」
園長が呟く
(その余裕、崩してやる)
園長がこちらに向き直ろうとする、まだこちらは見えていない筈だ。
着地に際し少し距離を取っていたアユムは一気に加速し前傾、両腕を地に付きハンドスプリングの要領で足を高く早く上方へ旋回させる。
選んだ武装は踵の槌、威力は全身を用いた旋回速度と体重を重力に任せる事で担保、狙いは振り返りの顔面。
体が宙に浮く、狙いすました必殺技が確かに顔面に叩き込まれる感触。
だが
「でもそれはあーたの悪い癖ね」
確かに決まった筈の一撃、園長はそれを決まった後に掴んでいた。
「まず一回目、死んだわね」
受け身を取りなさいと園長が付け加える、アユムは自分の意志に反して動き出した視界に慌てながらも来るべき結末に備えた。
アユムの体が宙を舞う。
衝撃、息が詰まる、地べたに転がる。
死んだ。
大の字になって動きを止めたアユムを見下ろしながら、園長が息一つ乱していない姿で総評を口にする。
「相手の視界と射程を意識して、急所を狙って一発で潰しに来るのは良かったわね」
「威力も前より段違いだし誘いと判って利を取る度胸もあって受けられてからの対処勘も良かった」
これがコソコソやってた夜歩きの成果なのかしらね、と首をかしげ続ける。
「でも、二発目はダメね、最悪」
園長は首を横に振った。
「一発目の奇襲が効かなかったのに、もっと強い一撃でなんとかしようって発想は頂けないわ。」
「それにあーた、あの時自分の狙いと攻撃に夢中であーしが見えてなかったでしょ、後先考えずに跳んで掴まれてから慌てたのが見て取れたわ」
園長はリングの側にあったスポーツドリンクをアユムに投げ渡した。
「体格差があるんだから打撃が明らかに効いてなかったら別の手を考えなさい、絞め技とか関節とか、なんでもあるでしょ」
「うっす…」
アユムはスポーツドリンクを口に含む、経験を積み少しだけ調子に乗っていたのは否めない。
「そもそもあーしを打撃で沈めようなんて、百万年早いわよ、あーた舐めんじゃないわよ」
「うっす…」
アユムは更にうなだれる、わかってはいた。
事実として、普段使いの鉄パイプや重量級の義足でも有効打になったかは疑わしい。
【魔法】での加速を用いたとしても先日の天使の嘆き服用者も一撃とは言えなかったのだ。
そもそもこの園長は現役選手であるリュウコの攻撃でも平気で受け止めるのだから。
「んじゃ、午後はあーた予定あるんだからさっさと次に行くわよ、痛くないでしょ」
「うっす!」
アユムは勢いよく立ち上がる。
園長はその攻撃の派手さに比べ魔法のように手加減が上手い。
今回もアユムが受け身を取れるように綺麗に投げてたし、実際元々の傷以外に痛みはないのだ。
再びステップを踏む、火力不足、経験を積もうとまだ中学生であり小兵のアユムにとって覆し難い課題だった。
スパーリングが終わり、シャワーを浴びる。
全敗、わかっていたとはいえ少し堪える。
元選手用の古びたシャワーがキュッと音を立てて止まる。
「アユム」
ミツキの声がする。
「なんだよミツキ、凹んでるんだけど」
そう言って振り返る、そこに居たミツキの手には狩りの為の義足が握られていた。
「これ当分使用禁止、ヤバいよ。」
「そんなにか」
「そんなにだよ。パーツも発注しなきゃダメだし、仕掛けも誤作動起こしそうだし、暫く僕で預かっておくよ。」
アユムは更に気持ちが沈んでいく。
「仕掛けの方はもう要らねえんじゃねえか?普段使う機会があんまねえし」
「ダメだよ、これでもアユムの事を考えて付けてるんだからさ、前から言ってるけどゴーグルも邪魔だとか言って付けないし死にたいの?」
「そっか、悪い」
素直に謝った。プランニングと戦術の考案はミツキの役割だ、従わなかった自分が悪い。
同時に閃くものがあった。
「―――なぁ、直すついでで悪いんだけどよ。」
「なに?」
アユムは自分の思いつきをミツキに語り始めた。




