彼らは夜、狩りをする《デイリー・ライフ》
その後、ミナの元には彼らの言った通りにすぐに警察が駆けつけた。
その中に、一人だけスーツ姿の七三分けの警官が居て、慇懃にミナに事情を聞き、男達を現行犯で逮捕し手早く子供達を救い出した。
ミナがパトカーで保護される時に見た男達は全員身動きが取れないほど滅多打ちにされており、その中には外部の悪魔崇拝者達も居たらしい。
彼らに捕まっていた子供達は何日も捉えられ衰弱している子も居たが、それ程酷い状態の子は居なかったようだ。
むしろ一番酷い状況だったのは最後まで抵抗したミナであり、直ぐに病院に連れて行かれる事となった。
病院では両親が待っており、随分と心配されたが、えへへと笑ってしまったので変な子を見る目で見られてしまった。
何にせよ、これで街の影に蠢いていた子供攫いの夜は終わった。
散々な目に遭ってしまった夏休みだが、それでもミナは空手道場に通い続けた。
少なくとも、ミナは学び続け練習を続けることの大切さをこの一ヶ月で学んでいたし、リーベと二人で生き延びた夜を越え、恐怖への強迫観念としてではなく、ミナ自身が空手が好きになっていると自覚できたからだ。
考えて、その通りに身体が動く。
体を思った通り動かす為に、考える。
それを接続し、滑らかにする。
自分の気持や身体の事を自分でもよく知らないと、その繰り返しで理解ってくる。
だからミナは繰り返す。「私の本当ってなんだろう」と体を動かして考える。
いつあの夜が来るかという恐怖の為ではなく、あの夜に居た少女が気づかせてくれた自分の中の熱い気持ちを忘れない為に。
漠然とした日常の中のそんな時間が、ミナにとっていつの間にか大切なものになっていた。
夏休みが開けた教室はまだ、夏の暑さを残していた。
こんがり焼けた肌の同級生たち、ひと夏の思い出を語り合い、ざわざわと騒がしい。
女子は夏服の白いセーラー服、男子はワイシャツと黒いスラックス姿。
夏休み前と変わらない、でもちょっと背の伸びたような平和な光景。
それをミナは窓際の一番うしろの席からニコニコと眺めていた。
「ミナ、彼氏でもできた?」
「へっ?」
長い黒髪に、おでこを出すヘアバンド、額にじっとりと汗をにじませ、不機嫌そうに吊り上がった目―――別に普段どおりの顔だとミナは良く知っていた。
いつの間にか前の席からフミがこちらを見ていた。
「い、いや全然そんな事ない、ですけど、どったんフミさんさんさん」
ミナはキョドって変な敬語が出てしまい、フミはジト目でそれを見ている。
「いや、妙に余裕そうだったから、でもこう話すとそうでもないし…でも、何かあった?」
ミナは答えに窮した。
「うーん、いや、あったといえばあったけど、ないといえば無いし…あっ空手!空手が順調!」
何かはあったのだ、なにせ超弩級のトラブルに遭遇しくぐり抜けた、まるで映画やコミックのような――それ程かっこよくはないが――出来事が。
しかし、それを言う事は流石にミナにはできない、自分だけの話では無くなるし、それに。
(フミちゃん相手とはいえ、これは私だけの秘密にしたいから)
フミはふぅんと言って、追求をすることはなかった。
「そういや、2学期からこのクラスに転校生が来るんだってさ、チラっと見た子が言うには凄い美人らしいよ」
「へー、そうなんだ、ふーん」
美人と聞いてミナは夏の夜に出会った少女の事を真っ先に思い出した。
(失礼だけど流石にあの子くらいの美人じゃ無いだろうなぁ)
リーベ、神秘的とも言えた美少女、そしてミナにとってたった一夜の親友。
(もう一度会いたいなぁ…)
ぐだーっとミナは机に突っ伏す。
「ミナ、やっぱ変だよ、普段ならこんな話し聞いたら騒ぎ出す方じゃん」
「うーん、夏休みボケかなぁ…」
始業のチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「始めるわよー」
前に立っているのは、ビシッとスーツを決めた真面目そうな女教師、に見せたい感じのふわふわ系小動物といった感じの新任の先生で担任。
頑張ってるけど抜けている所に愛嬌があり、生徒に人気だった。
「じゃあ、もう噂になってるみたいだけど、転校生がこのクラスに来ます」
男子たちが、女の子ですかー?などと囃し立てる。
こんな事で騒げるなんてとミナはちょっと男子が羨ましくなり教室を見渡す。
ふと、その中で一人だけ頭をかかえ凹んでいる少年――アユム――が目についた。
「はーい、静かにー、そうですね、女の子ですね、彼女はあんまり話すのは得じゃないので質問攻めとかはやめてあげてね―、じゃあ入って」
ドアがガラリと開く、その瞬間、教室の空気が静止した。
紫のメッシュ混じりの白い髪。
身体は華奢で簡単に折れてしまいそうだ。
服装は白を基調としたミナと同じセーラー服、それなのにまるでアイドルの衣装のようだ。
顔立ちは無表情だけど神秘的で、ミナが生きて来て一番の美少女。
空の青を閉じ込めた瞳は輝き、計算されたカットを施された宝石が両目にあるかのようだ。
そして何より目を引くその喪われた右腕、ころりと先が丸くそれそら可愛らしさを感じてしまう。
あまりに美しいものを見ると人の思考は止まるのだ。
そしてガタリと、ミナは立ち上がっていた。
「り、リーベちゃん!?」
突然のミナの奇行に教室の視線はミナに集まり、先生が小動物みたいにおろおろしている。
そして2つの青い瞳がミナを見ている。
「ミナ」
静かな教室にシャボン玉の割れるような声が響く。
ミナは飛び上がりそうになった、それを100年も待ち続けていたかのような感情。
歓喜だ。
ミナは何か言おうとしたが、リーベはすっと目線を外し、パタパタと机と机の間を歩いていく。
まだ紹介もしていないのに、淀みのないその歩みを誰も止めることができない。
リーベはその足を一人の突っ伏す少年の前で止めた。
「アユム」
左手でゆさゆさとその少年を揺する。
アユムと呼ばれた少年は、顔を上げ――心底嫌な予感が当たったかのような顔で――答える。
「リーベ頼む…今は先生に従ってくれ、今は俺の近くにいなくていいから…」
絞り出すかのような声に、周囲の男子が口をパクパクしている。
女性免疫ゼロ、赤面症、恋愛クソザコマスコットの異名を持つアユムが信じられない美少女に慣れた口を聞いて、あまつさえ近くにだのどうこう言い始めたからだ。
そのパクパクした口は全て同じ様な事を言おうとしてただろう。
「――お前、その美少女とどういう関係なんだ?」
リーベは身じろぎをすると、パタパタと狼狽えている先生の方まで向かっていった。
ごほんと、先生が咳払いをし仕切り直す。
「は、はい、今日からこのクラスに編入となったリーベちゃんです。皆さん仲良く――」
ミナは、どさりと席に座り、おかしくなってクスクスと笑ってしまった。
『リーベ』
あの会話、あの呼び方、もうミナとしては笑うしか無い。
始まりの夜の強烈な興奮、好奇心、そして最後まで残った謎、その全てがこんな形でオチがつくなんて。
ミナを見たあの夜の少年達の反応の全てがこの光景に詰まっていた。
「ミナ…何笑ってんの…先生見てるよ…」
前の席からフミが声をかけてくるが、ミナには抑えようがなかった。
(本当に、馬鹿みたい。でも、そっか、それなら―――)
あの特別な夜の出会いや非日常はこうもあっさりミナの日常に舞い降りてきた。
当然だろう、彼らもミナの空想とは違い、日常があるのだから。
ミナは考える、他愛もないクラスメイトの少年と少女の事を。
ミナの知る普通の生活の中の、普通の少年達。
きっと彼らはあの夜以外にもずっとあんな事を繰り返しているのだろう。
それはきっとミナが知る前からであって、今もまだ続いている。
誰かを助け、悪を倒すヒーローみたいな活動を。
それは多分このクラスでミナだけが知っている秘密だ。
『スクリーミングベイビィ 彼らは夜、狩りをする』 (了)
こちらで短編は一先ず完結となります。
ご愛読ありがとうございました。




