言葉《ブリング・オン・ワンセルフ》
「芋虫みたいだね」
少年が、男の頭を踏みつけながらそう吐き捨てる。
「少しだけ警戒したけど、軽度の天使の嘆きで意識を保ちながら【魔法】を使うだけか」
「素人が良く考えることだよ、ドラッグキメてんだから冷静なワケないじゃん、おしゃべりな馬鹿が出来上がるだけさ」
少年は男を嘲笑する。
「テメ…ッ!」
男は頭を強く踏みつけられ地面に叩きつけられる。
「悪いけど【魔法】を使おうとしても分かるんだ、させないよ」
「結局壁も砕けない程度のお粗末な出力でさ、誤魔化す為に釘なんてものに頼って」
「あんなの念力の面攻撃の下位互換だよ、僕にすれば点と変わらない」
そう言って少年はため息をつく。
「テメー!俺の仲間が黙ってねえぞ!」
男はそれでも喚く、少年はそれに肩をすくめて答えた。
「ああ、そっちは君たちで言うレッドキャップが片付けてる、悪いけど彼は開けた場所なら無敵だよ」
希望は持たない方がいいんじゃないかな?と少年は付け足した。
少年はさて、と前置きして、言葉を続ける。
「こんな不愉快な場所で不愉快な事をされて、僕は本当に君達にムカついてんだよ」
「何を、言ってやがる…」
「わざわざナイフで、天使の嘆きを使った君を相手取って叩き潰してやったんだ」
「分かるだろ?僕はいつでも君を殺せる、君がどこに居ようが、何をしてようが」
ぞっとするような声で少年は囁いた。
「僕は忍び込むのが得意なんだ、このあと警察が来るけど…知ってること全部話さないと僕の手間が増える事になる」
男が息を呑む音が聞こえるようだった。
「いや、もしかしたらもう要らないか、だって表にも友達が一杯いるもんね」
いつの間にか少年の手に握られていた鉄塊が男の後頭部に押し付けられる。
拳銃
後頭部に押し当てられたものに気づき男の顔が白い程に青ざめる。
「やめ、やめろ、殺すな、わかった!何でも話す!殺さないでくれ!」
「はは、うるさいなぁ、知ってる?人間頭を撃たれても5%くらいは生き残るらしいよ」
嗜虐的な子供の声が波の音と共に倉庫に響く。
「じゃあ、やってみようか、運試しをさ」
少年の手の内からパンと乾いた破裂音がした。
ミナは咄嗟に閉じた目を恐る恐る開く。
倒れ伏す男とその上から離れる少年の姿。
ミナの鼻にアンモニア臭が届く、男の下腹部から液体が広がっている。
頭部から赤い色は見えない。
「うわ、気絶して失禁してら…ばっちいなぁ…」
少年がそんな事を呟いている。
「ごめん、放っておきっぱなしだった。大丈夫?」
「あ、あのさっきの…」
「ああ、あれ?空砲だよ、いや一人くらい脅しておこうと思って」
少年は疲れたなぁとため息をつく、先程身に纏っていた恐ろしさは微塵も感じさせない。
覆面を無視すればただの少年のようだった。
目を白黒させているミナを見て、少年は真面目な声でミナに語りかける。
「まず、ありがとう、君のお陰でなんとか間に合った」
「えっ、あの…そんな」
ミナには本当に心当たりがない。
「いや、僕の知り合いが君と一緒に捕まってたみたいでさ」
知り合いという単語にミナは首を傾げる。
「ふらふらしてるから迷子用のGPS持たせてたんだけど、見失ってて、彼女を外に出してくれなかったら見つけるのが遅くなってた」
「彼女から君が逃してくれたって聞いて、あんなに話してるの始めて見たよ…だからありがとう」
ミナは彼女に思い至る、少年はリーベの知り合いなのだ――それもGPSを持たせる位の。
「えっ、いやそんな…で、あの、リーベちゃんは…」
「あー、一応安全な場所で待ってるように伝えて……いたんだけど…」
なんでかなぁ…と呟きながら少年は顔を手で抑える。
ミナは背後からペタペタと足音がして、振り返る。
紫のメッシュ混じりの白い髪。
身体は華奢で簡単に折れてしまいそうだ。
服装は白を基調とした可愛らしいもの。
顔立ちは無表情だけど信じられない程可愛い。
その目はミナをじっと見つめている。
そして何より目を引くミナを勇気づけたその喪われた右腕。
「ミナ」
シャボン玉が割れるような声がした。
「リーベちゃん!」
全身の痛みも忘れ、ミナは飛び上がりリーベを抱きしめた。
リーベも、きょとんとしていたが左手をミナの背に回していた。
泣いていた、何度も何度も今まで泣いてきたが、多分一番泣いていた。
「よかった…よかった…」
嬉しかった、ミナのしたことは、間違っていなかった。
あんなに頑張って、考えて、それで酷い目に遭っても。
目の前にこの夜を共に乗り越えた友達が無事で居る、それはミナにとって奇跡に等しい光景だった。
「あー…君、ミナさん、ちょっと…」
泣きながら抱きしめ合うミナの背後から少年がミナを呼ぶ声がする。
「えっ、あっ、はいっ…な、なんでしょう!」
ミナはその光景を見られていた事に今さら気づきパッと離れた、恥ずかしいやらなんやらで顔が真っ赤になっている。
「腕、怪我してるから、一応消毒とか止血とかするよ腕だしてくれる?」
「は、はい、え、っと、はい…」
ミナはおずおずと腕を差し出す。
(こんなに薄暗いのに良く見てるなあ、あの釘も見て避けてたみたいだし)
少年は腰のポーチから道具を取り出すと薄暗い中でテキパキと消毒や包帯でミナの腕を治療していく。
うつむいた少年の顔は見えない、冷静になったミナはふと男の子に触られている事実に羞恥を覚え始めてきた。
沈黙に耐えきれず、ミナは声が出てしまった。
「あのー…」
「なに?」
少年はミナの方も見ずにそっけなく答える。
「こういうの準備してるんですね、手慣れてるし…」
「相棒が無茶ばっかするからね、ああ、噂をすれば」
少年の背の方にある入り口から一つの影が歩いてくる。
黒い服、ボロボロのカーゴパンツ、鉄パイプ、そして赤い覆面。
レッドキャップと呼ばれる少年だった。
「うーっす、表は全部片付けたぜ」
「船は?」
「あん?岸にぶっけてぶっ壊してやったぜ、後は全員足へし折って転がしといたわ、ってかおい!」
レッドキャップはスプライトとの会話もそこそこにミナの後ろに居たリーベに詰め寄る。
「リーベ!テメー何一人で出かけてんだ!危ねえって言っただろ!理由があるってなら言ってみろよ!」
乱暴で怒りに任せたような叱りつけるもの言いにミナはムッとして二人の間に入ろうと動いたが、その動きをスプライトが止めた。
「いつもの事だからさ」
「でも…」
ミナの言葉が言い終わる前に、リーベがシャボン玉が割れるような声で呟いた。
「プリン」
(プリン?)
ミナは首を傾げた。
「プリンだぁ…?テメーそりゃ…」
レッドキャップは声から疑問をにじませ、そしてその後「あー…」と声を上げ萎れるように肩を落とした。
「もしかしてよ、俺が今日最後のプリン食ってよ、お前ずっと冷蔵庫の前でぼーっとしてたよな…」
リーベはレッドキャップをじっと見つめたまま動かない。
「あの時食いたきゃコンビニでも行って自分で買ってこいよ、とか言ったからか?」
リーベは答えなかった、だがわずかに身じろぎし、レッドキャップという少年は両手で顔を覆った。
「…俺が全面的に悪かった」
リーベは首をかしげ、それに子供を諭すようにレッドキャップは言葉を続ける。
「リーベ、そういう時は怒っていいんだ、俺が悪いんだから…いやというかこの後買ってくるからもうしないでくれ…」
リーベは更に首をかしげ、レッドキャップは更に萎れていく。
(なんか兄妹みたいだなぁ)
ミナはぼんやりとそんな風に感じていた。
実際スプライトという少年がGPSを持たせていたし、きっと家族のような関係なのだろう――どうもチグハグな感じが否めないが。
そう思っているとミナに声が掛かる。
「はい、終わり、一応ちゃんとした病院には行ってね」
いつの間にか治療は終わっていた、慣れているという通り包帯は綺麗に巻かれきっちり止血もされていた。
「ど、どうも…」
ミナのどもるような言葉を遮るようにスプライトはレッドキャップに声をかけた
「あー、あと、スプライトからレッドキャップへ、緊急連絡、ちょっとこの子見てくれ、特に顔」
スプライトがミナを指差す、レッドキャップが怪訝な顔でミナの顔をまじまじと見る。
「あん?顔…?ん、あ、あー、ああ…」
スプライトは肩をすくめ、レッドキャップは更に肩を落としている。
「えっ、えっ」
ミナは困惑した、自分の平凡な顔に何かあるのだろうか、どういう事なのかさっぱりわからない。
ミナを置き去りにしてレッドキャップが切り出す。
「どうすんだよ」
「こうなったら、なるようにしかならないでしょ」
少年達は二人で仲良くため息をついた。
リーベはそんな二人を無表情な瞳でじっと見ていた。
沈黙を裂くように遠くからサイレンの音が響いてきた。
「来たみてえだな、仕事が早えぜ」
「うん、じゃあもう撤収だね」
二人はその音に、頷き合いレッドキャップがリーベの手を取る。
「あ、あの…」
ミナは二人に声をかけた。
スプライトがそれに苦笑いのような雰囲気で、答える。
「ごめんね、僕等はここに居ちゃいけない人間だから行かなきゃ、君は残していくけどすぐ警察が来るから…」
「ち、違くて…」
「あー、僕等の事…?悪いけど詮索は無しで、あと秘密にして貰えると助かるかな、ほら、これ完全に違法行為だし…」
「違うんです!」
ミナは大声を出した、包帯の巻かれた腕と殴打を受けた腹がズキリと傷んだが構わない。
二人の少年は、吃驚した顔をしてミナを見ている、リーベの目が無表情ながら励ますような色をしてミナを見ている。
「私!この前も助けてもらってて!」
ミナは後悔しない為に努力を重ねた、それは終わりへの後悔をしない為であったが始まりの感情はそうではなかった。
「だから、だからずっと言いたくて!」
もし再び会えたら言いたい言葉を言えるように努力を始めた。
「ありがとうございました!」
ミナは自分があの夜からずっとずっと溜め込んでいた言葉を放ち頭を下げた。
沈黙が場を支配する、波音と段々大きくなるサイレンの音だけが響く。
「は、ははははは」
笑い声だ、ぶっきらぼうで乱雑な少年の声。
「態々感謝されるなんて初めてじゃねーか?」
「いやそれでも笑うのは酷いだろ、面食らったのは僕もだけどさ」
それもそーだな、と乱雑な声が返す。
ミナは頭を上げられない、顔が真っ赤になっている、茹で上がりそうな頭を上げたらそのまま飛び上がってしまいそうだ。
「ま、気にすんな、俺達がやりたいことやっただけだ」
「そういう事、でも、ありがとう、嬉しかったよ」
二人の声が響くと同時に、遠くでカンッと音がした。
ミナは頭を上げる。
そこに居た少年達は姿を消していた。
リーベもまた同様に、最初からどこにも居なかったかのように忽然と。
サイレンがすぐ近くに聞こえる。
ミナは呟く、ありがとう、ありがとう、それを言えた事実を噛みしめるように。
ミナが求めていたのは奇跡なんかじゃなかった。
ただ、その一言だけが、その一言を言う事だけがミナの心を救う魔法だった。
倉庫の入り口から見える遠くの空が白んできている。
もう夜は明けるだろう。




