妖精《アーバンレジェンド》
男は歩み寄る少年を見ながら後ずさり、ミナの首に足を乗せる。
「テメエ、それ以上近づくんじゃ…」
咄嗟に男は横に飛び退いた。
ミナを人質にしての威圧、だがそれは投擲された鈍い輝きに遮られた。
「やってみなよ、そうしたらその後に君が死ぬだけだ」
少年が左手を男に向けていた、恐ろしく早いナイフの投擲、コースは男の胸に向かっていた。
(殺す気だった)
ミナは震えた。
レッドキャップと名乗る少年の苛烈なまでの攻撃性とは違う、スプライトと呼ばれる少年の静かで確かな殺意。
おそらくミナが人質に取られたままならば男はそのまま死んでいた。
少なくともこの少年は殺しても良いと考えている。
少年は再び左手でナイフを抜き、だらりとその手を下ろしている。
近寄る度にカチカチと杖の先が地を鳴らす、ミナにはそれが死神の足音のように聞こえていた。
男が激昂し叫ぶ。
「舐めてんじゃねえぞガキが!」
その手には一枚の紙片が摘まれている――薬物の注意喚起の授業でみたことがある。
「天使の嘆き?いいよ使ってみなよ」
少年は男を嘲笑う。
「素人の魔法使い如きが僕に勝てると思ってるならだけど」
「ざけんなボケ!」
売り言葉に買い言葉で男が紙片を口に含む、ミナの背筋にぞわりとした感覚が過る。
(あの人から何か、出てる)
ミナには男の身体に何が起こったかはわからない、だが、男の身体から風のようなものが吹き出しているように感じた。
「俺は、素人じゃねえ、イカれた悪魔崇拝者とは違え」
「へぇ…」
少年が少しだけ感心したような声を出す。
「死ねや!」
男が気合と共に右手を突き出し、少年が軽く横にステップを踏む。
先程まで少年が居た場所の背後の壁がミシリと音を立てる。
戦いが始まった。
ミナの前に異様な光景が繰り広げられる。
男が腕を振るうとその延長線上に不可視の衝撃波のようなものが放たれ、壁やコンテナが軋みを上げ、荷物が巻き散らかされる。
だが、少年はだらりとナイフを下げながら、その攻撃を最小限の動きで避けながら徐々に距離を詰めてくる。
道場で繰り返していた組み手とは全く違うまるで映画や漫画の世界の戦い。
男が喚く。
「口ほどにもねえ!逃げ回ってるだけじゃねえか!」
少年がそれに淡々と返す。
「よく喋るね」
男がその声に返答するようにポケットの中を床にばら撒く。
細かい釘―――ミナの腕に突き立てられたもの。
「逃げるならネズミ取りだ」
男が下投げのように腕を振るうと地面に散らばった釘が散弾のように少年に飛翔する。
そして少年はその攻撃に対し、一直線に突っ込む。
無謀とすら言える特攻、ハリネズミになる未来が見え、ミナは悲鳴を上げそうになった、だが。
「えっ…」
目の前の光景はその予想を覆す。
少年は走りながら僅かに身を捻ると、無傷でその釘の壁をくぐり抜けた。
「んな…!」
男は予想もしていなかったのか、左手を横に広げる何度も見た薙ぎ払う動作。
それに答えるように声が響く。
「悪手だね」
鈍い輝きがその左手から放たれる―――ナイフの投擲。
それは広げられた男の左肩に吸い込まれるように命中し、男が悲鳴を上げる。
(大振り、そっか)
ミナは見えずとも理解していた。
男が使うあの衝撃波のような攻撃は狭い範囲なら直ぐ撃てても、大きな攻撃には時間がかかっていた。
天使の嘆きの使用なのだから、おそらくあれは【魔法】なのだろう。
空想も大きなものであればあるほど思い描くのに苦労する、その隙を少年は見逃さなかった。
「障壁も使わないのか、ほら、壁をイメージするんだよ」
少年は左肩を抑え呻く男をおちょくるように近づき、右の杖を男の頭に向かって振るう。
「舐めんなァ!」
男は叫びながらその杖に向かって視線をやると、次の瞬間杖が砕け散る。
「言われて本当にやる馬鹿が居るかよ」
男が再び悲鳴を上げ、だらりと右腕を下げる。
いつの間にか左手のナイフが男の右肩に突き刺さっている。
少年はナイフを引き抜くと、スライディングで男の真横をすり抜け逆手に持ったナイフそ男の左の膝裏に叩き込んだ。
男が左膝から崩れ落ちた。
両肩も上がらず、まるで丘に上げられたタコの様にうつ伏せに倒れている。
「これで終わり、っと」
少年は立ち上がり、伏せる男の右膝に止めのナイフを叩き込んだ。




