始動《レディ》
警官隊は市民の避難を優先させた。
悪魔崇拝者達は自らの祝宴を優先させた。
他者と自己、その優先順位の差は、目的の合致による奇妙な静寂の結果として、悪魔崇拝者達に僅かな優位を齎した。
ノーザンライツタワー玄関ホールのエレベーターが一斉に動き出した事にケンゴは気付き、舌打ちをする。
(先に動かれた)
部下に配置に付く事を素早く指示する。
「できればこっちから仕掛けたかったんだがなあ、嫌あな感じだ」
一般的に魔法使いの念力は閉所で扱われれば回避困難の必殺となると考えられている。
だが、それをシマハラが選ばなかった事実は、シマハラが【魔法】に対する深い理解を持つ事をケンゴに知らせていた。
念力に限って言えば確かに閉所の方が優位だ、だが魔法使いという括りで言えばその限りではない。
シマハラは、集団による警官隊との正面対決で魔法使いに自信を付けさせる気だ。
悪魔崇拝者達にとっての天敵たる警察と仮に互角に戦えれば魔法使いにとってそれは一つの成功体験となる――現状であればそれは可能だろう。
成功体験は慢心と増長を呼ぶ。
そして広い空間はより大人数の集団を成し、集団意識もまた増長を加速させていく要因の一つだ。
増長は誇大妄想を肥大化させる、それは魔法使いにとって大きな力となる。
シマハラは戦術的優位より【魔法】の優位を取った。
(先を見据えている、この戦いで集団幻覚の【魔法】を強化するつもりだ)
ケンゴは背中に冷たい汗が流れている事に気づき、それを誤魔化すようにニタリと笑った。
エレベーターが1階に到着する。
「ぶっ放せ」
咥えた煙草の灰が地面に落ちると同時に警官隊の一斉砲火が始まる。
轟音、地響きを上げ火薬が連鎖的に爆裂し、鋼の弾頭の雨が玄関のガラスを打ち砕き、内壁の化粧板を炸裂させ、並ぶエレベーターの扉達を前衛芸術のように捻じ曲げる。
「やったぜ!」
部下が叫ぶ――こういう時に態々フラグを立てるのが趣味の男だ
「君ね、割りと今回は笑えないとおもうんだよね」
残されたのは蜂の巣となり歪みきったエレベーターの扉。
内部に人が乗っていればまんべんなく挽肉になっているであろう――本来であれば。
全てのエレベーターが同時に内側から轟音を上げ膨らんでいく。
「あー、やっぱりね、よし継続、弾幕張って、リロードは予定通りの順番で、止めたら全員死ぬよ」
連鎖するように銃声が響く、だがそれに回答するかのように一斉に扉が弾け飛んだ。
声が轟音の合間から響く。
「神よ」「神の愛よ」「愛を我が身に」「愛を授け給え」
「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」「愛」
愛、狂ったようにそれを語る無数の声。
信者達がエレベーターから文字通り流れ出し、隊列を組みだす。
ケンゴは天使の嘆き服用者達がこれほど見事な連携を取る姿を見たことがなかった。
先制攻撃による悪魔崇拝者達の死者はゼロではない、だが想定より遥かに少ない。
統率が取れた密度の高い念力による防御。
「最悪だな」
ケンゴは歪んだ笑みを浮かべ、軽機関銃を持ち上げた。
あまりにも硬すぎる防御陣形だが、僅かに抜ける可能性はある、今はただ弾幕でその隙間を抜く事を考えるしか無い。
長い夜になることをケンゴは覚悟した。
「おい、しっかりしろ!おい!」
ミツキはそんな声でぼんやりした意識を今に取り戻した。
今は両手の爪は赤く染まり、全身にまだらのように火傷を負い、左手の小指があらぬ方を向いている。
ミツキは拷問を受けながら作戦開始のギリギリまで情報をケンゴに送り続けていた。
暗い牢獄に居る完全武装の警官、牢の扉も開け放たれている――ケンゴの寄越してくれた警官隊だろう。
【魔法】は周囲の子供達も同様に助けられている事を示している。
(よかった)
そして安堵と共にミツキの渇ききった喉から声が出る。
「今、何時…ですか…?」
目の前の警官は、その言葉に何故という顔をしながら腕時計を確認した。
「今は…十一時、だが」
十一時、作戦開始から30分が経過している。
「ありがとう…ございます…ッ」
ミツキは立ち上がり、警官の横をすり抜け駆け出した。
「君…!」
背後からミツキを呼び止める声がするが、ミツキには止まるつもりは無かった。
血液不足でふらつく意識を全身の痛みが繋ぎ止める。
ミツキは走りながら【魔法】を使い周囲を確認し、戦闘の結果か地面に落ちていた軽機関銃を拾い上げ、外へと急ぐ。
「アユム…!」
戦力比はイーブンに近い、ミツキとケンゴの読みが正しければ趨勢を決するのはアユムだ。
『僕にも戦わせろ!』
そう叫んだ日が昨日のように蘇る。
戦うと決めた、自分がどのような状況であってもそれは変わらない。
間に合うか間に合わないかではない、決定的な瞬間に間に合わせる。
今度はアユム一人に戦わせはしない。
向かう先はノーザンライツタワー最上階。
死線を越え必ず辿り着く、ミツキは既に覚悟を決めていた。




