信仰《エゴイズム》
「ああ」
足元に広がる地獄にシマハラが恍惚の声を上げた。
傍らに少女を立たせ、彼を守るように――狙撃対策だ――3人の魔法使いを置いている。
警官隊は信者達に優れた連携で迎撃を繰り返している。
指揮が良いのだろう、継続性を優先した理想的かつ効果的な銃撃を用いた面制圧。
【魔法】は魔法使いの精神に左右され、長期戦には向かない。
絶え間ない銃撃の音と破壊力は相対する魔法使いの精神を【魔法】以上に苛む。
故に対魔法使い戦においてオーソドックスながら絶対的な優位を作り出す。
本来であれば。
大抵の場合、この手の集団戦ではその不安に飲み込まれた魔法使いが突出し、死に、恐怖が伝播する。
だが、シマハラの【魔法】によって支配された魔法使いは統率され、群れとしてその歩みを進めていく。
シマハラは信者に十分に目的を刷り込んでいる。
進む間に他の信者達が倒れるのは神の愛であり、誉れ高く尊い犠牲であると。
そしてその受難の果てに、汝が敵を討ち果たした時、真なる愛が授けられると。
受難からの誉れ
それこそが誇大妄想をより強くする。
頑張ったのだから、報われるべきである、シンプルな人間の精神構造だ。
相手の指揮者はそれを理解しているのか、防御的な動きを繰り返し崩しではなく削りに徹している。
だが、その強固な防御に手が届いた時、カタルシスによる集団幻覚が完成するだろう。
状況は牛歩のような速度だが、確実にそのように進んでいる。
どれ程この時を待ち望んでいたか。
どれ程この時の為に積み上げてきたのか。
そしてそれはあと少しで手が掛かる所に近づいてきている。
シマハラはこの国に産まれた。
血縁者に外国の血は無い筈であったが先天性の病により瞳は青く、両親は彼を捨てこそしなかったが本当に自らの子であるのか猜疑心を常に持っていた。
シマハラは、その少年期を殆ど祖父に面倒を見られていた。
祖父は、ある宗教の熱心な信仰者でありシマハラの瞳を見てよくこう言っていた。
『神に愛された、特別な子供』
祖父が父――シマハラから見れば曽祖父――の形見として持っていた懐中時計を譲った。
曽祖父はかつてこの国であった戦争の経験者であり、その懐中時計のお陰で無傷で終戦を迎えられたと祖父によく語っていたらしい。
幼き日のシマハラは祖父の家で、その懐中時計の針が進むのを一人でよく眺めていた。
両親の仲は冷めきっていたが、シマハラの養育に特に問題はなかった。
シマハラは何か特別な出来事も無く、高校へ進み、大学を卒業した。
学校という社会の中でシマハラの青い瞳を見た者は必ず疑問を持った。
不遇だったわけではない、ただ皆、シマハラが特別な存在だと奇妙な期待を持っていた。
大学の卒業をした頃、祖父が鬼籍に入った。
シマハラはそれを期に産まれた国を離れる事を決意する。
自らと同じ青い瞳を持つ国へと渡り、特別ではない仲間を探そうと。
だが、そうはならなかった。
シマハラは訪れたどの国であっても、青い瞳の異邦人でしかなかった。
様々な人と出会い、その過程でシマハラはファンドを立ち上げた。
シマハラには才能があり、それに目をつけた人物が居た。
独特な抑揚と、身振り手振り、人を安堵させ人を高揚させる交渉と煽動の才能。
シマハラはそれにより、多くの支持者と資金を得て、一気にその地位を作り上げる。
だが、シマハラの才能は交渉と煽動だけであり、投資に関してはその限りではなかった。
詐欺を行っていたつもりはなかった、だが、結果的に彼の計画の多くは失敗した。
訴訟を受け、逆恨みの暴行を受け、命を狙われた。
護身のためにボクシングを習い、懐に拳銃を忍ばせるようになった。
ある日、彼の自宅に一人の男が現れた。
彼の計画により破産し、家族と離れることになった男だったとシマハラは記憶している。
男は罵詈雑言をシマハラに浴びせかけ、隠し持っていた拳銃をシマハラに向けた。
シマハラはそれに対し咄嗟に拳銃で応戦した。
確かに男の銃弾が自分の胸を撃つ衝撃を受けた後、シマハラの銃弾は男の胸を撃ち抜いた。
しかし、シマハラは無傷だった。
銃弾は懐中時計が受け止めていた。
その殺人に関して、シマハラは正当防衛として無罪となり、シマハラは起こった事について考えていた。
手元には銃弾を止め、壊れた懐中時計。
奇跡が起こったとシマハラは思った。
しかし、果たしてそれは偶然だろうか、そう考えた時幼い日のある言葉が蘇った。
『神に愛された、特別な子供』
それはシマハラにとって求められ続けた特別の答えであり、必然的な天啓だった。
自信を深めたシマハラは行動を起こした。
神に愛されたシマハラは、彼の敵に愛を持って手を差し伸べ、彼の仲間になることを求めた。
無意識の内に行使された【魔法】がその行いを尽く肯定していく。
そして導いたからには彼らを救わねばならない、シマハラは本業のファンドにも力を入れた。
だが、その才能は【魔法】とは関係がない、あいも変わらず成功と失敗を繰り返す。
シマハラは考えた。
何故神に愛された自分が失敗するのだろうか、と。
【魔法】について詳しく知り、自らが世間一般では、真性の誇大妄想狂と知ったのもこの頃だ。
シマハラはそれを知ってなお、考えた。
神に愛された自分が正しく、思うままにならぬ世界こそ神の愛を知らぬ異端であると。
シマハラは、その信念を満たす為に、団体を作り出す。
既存の宗教の体裁を原型にし、その実体はシマハラの誇大妄想を耳障りの良い言葉で飾った新興宗教。
世間一般に世界を破壊する信仰と呼ばれるものだ。
彼は資産運用の才能こそ無かったが、交渉と煽動においては天賦の才能があった。
多くの信者を獲得し、シマハラは故郷へ帰還した。
救うべきは、自らに天啓を与えてくれた祖父の居た国にするべきだと思ったからだ。
シマハラは【魔法】に注目していた。
天使の嘆きを用いたサバトによる恒常的な物理法則の崩壊すら起こり得る大規模【魔法】
自らの【魔法】ならば、それをコントロールし思った通りの事象を起こせるのではないのかと。
シマハラは目指した。
多くの信者を獲得するための布教を。
拷問を繰り返し効率的な天使の嘆きの製造を。
より大人数へ統一された思想を刷り込む為に自らの【魔法】の拡張を。
その過程でシマハラはある存在に着目した。
抗う赤子達と呼ばれる魔法使いだ。
天使の嘆きの服用者は大抵念力しか扱えない程度の存在ばかりだ。
仮に特殊な【魔法】を身に着けたとしても、その手の魔法使いは精神的に不安定でシマハラの【魔法】を持ってしても日常的に問題を起こし、維持が困難であった。
シマハラは、特別な手駒を欲していた。
そして、それが我が子であればその特別は格別なものになるだろうと考えた。
シマハラは多くの信者――青い瞳の者を好んだ――に神の意志と称し手を出し、自らの子を産ませた。
そしてその子達を、牧場にて秘密裏に育て、自我が芽生え始めた頃、死すら厭わぬ拷問を行い、【魔法】の発現を期待した。
それは何度でも行われた。
多くの子供達が、潰れ、廃棄された。
シマハラは繰り返した。
自らの血の特別をシマハラは盲信していた。
ある日、シマハラは廃棄を命じた信者が子供の前で泣き崩れている事に気付いた。
天使の嘆きの服用者は不安定であり、よくある事だと思いシマハラはその男の調整に向かった。
牢の中に入った時、シマハラは廃棄される筈だった子供の青い瞳と目が合った。
その瞬間シマハラの背筋にゾクリとした震えが走り、感動とも言えるような強い感情に襲われた。
強烈な自己愛しか持たないシマハラにはそれが何を喚起しているか分からなかったが確信していた。
自らと同じ精神に干渉する【魔法】を使われていると。
天啓
そうとしか思えなかった。
暗く湿った牢の中で右腕の無い、白い髪をした同じ瞳の色をした子供をシマハラは抱き上げた。
シマハラは初めて我が子に名を付けた。
我らが愛
シマハラの中で止まった懐中時計が進む音がし、この時からシマハラの計画が始まった。
シマハラは展望式場の窓に向かい、ひたすら嗤っていた。
天使の嘆き如きに頼り、それでも念力程度しか仕えない信者
金に群がり、尻尾を振る街の不良債権共
神の愛を知らず、道を阻む警察
その全てを導き、神の愛を世界に顕現させる。
それができるのは神に愛された自分しか居ないという確信。
肥大化した誇大妄想により、全てを見下し、全てが塵芥となる。
誰も、自分を止める事はできない。
「マジで高笑いしてるぜ…スゲーなケンゴ兄さんの読み的中じゃん」
ノーザンライツタワーに道を挟み向かい合う高層ビルの屋上。
月明かりの照らすそこで、アユムは双眼鏡で展望式場を監視していた。
アユムの元に、ミツキの居る教会への襲撃の知らせが行われたすぐ後、眼下では戦闘が始まった。
向かいのビルの展望式場は屋上であるこの場所とほぼ同じ高さにある。
ミツキに叱られたある夜の奇襲と似たような状況。
しかし
「遠すぎるな、一息じゃどう考えても無理だ」
道幅が広すぎる為に、アユムの肉眼では対岸への足場のイメージが浮かばない。
想像できる妄想のディティールこそがアユムの射程であり、この距離は無理だという事はこの場所での待機を指示したミツキも解っている筈だ。
策は伝えられていたが、アユムは半信半疑だった、本当にやるのかそれを、と。
腰のトランシーバーから電子音がし、アユムはそれを取る。
「あーあー、こちらケンゴだけど、準備OK?」
ケンゴからの通信だ、仕掛けの発動はケンゴが行う予定だった。
「あー、こちらアユム、準備万端で待ちきれねえって感じだけどよ、マジでアレをやんの?」
ケンゴはトランシーバー越しに笑った。
「当然だよおアユム君、やんなきゃ負けちゃうからねえ、んじゃ容赦無く起動しちゃうから、健闘を祈るよお」
そう言って通信が切れる。
アユムはトランシーバーを腰のカラビナに付け直し正面を見た。
かなりの高度であり、転落すれば即死だろう、風は凪いでいるのが救いだろうか。
「クソったれ、マジか、マジでやるのか」
アユムはこれから起こる事に柄にもなくビビっていた。
ビルの遥か下の道路からパンと弾けるような音がする。
仕掛けの発動だ。
数秒の後、その仕掛けの結果にアユムは乾いた笑い声が出た。
「ミツキの野郎、あいつマジで馬鹿だろ」
病院で聞いたミツキの言葉を思い出す。
『病院で寝てなよ、仕掛けの時にはコキ使うからさ』
あの時アユムは応と答えた。
ミツキは信頼してこの策をアユムに任せた、ならばそれに臆するのは相棒としてあり得ない選択肢だ。
「やってやらあ!」
アユムは駆け出す。
月明かりの下、夜の摩天楼、空へ向かって。
左脚を伸ばした。




