追憶《リソリューション》
ミツキがアユムに出会ったのは幼い頃の事で、もう随分昔の話だ。
視力を失い、親を失い、【魔法】を手に入れたミツキは光輪会に入る事になった。
園長を見て驚き、個性的な年長者達や、自分達の置かれている状況がわかっていないような年少者達の中にアユムは居た。
年齢的にはバラエティ豊かな光輪会ではあったが、同い年の子供はアユムだけで、丁度いいとばかりに同室に放り込まれた。
アユムは、やけに馴れ馴れしく声をかけ――今思えば目の見えないミツキへの気遣いだったのだろう――正直鬱陶しかった。
【魔法】は失った瞳以上の視界をミツキに与えたが、それは余りにも強力でミツキの手に余る存在だった。
例えるならば、一面の新聞記事。
そこにありとあらゆる、視界、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、それらが全て文字で書き連ねられているような情報の海。
紙面は瞬く間に次の文字を写し出し、ミツキはそれを読む間もなく世界が進み続ける。
それは、ミツキが見ようとすれば幾らでも情報をミツキに与えるだろう、無論、その情報にミツキの精神が耐えられるかは別の話だ。
ミツキの【魔法】は明確に通常の人間の認識とは違う世界をミツキに見せ続け、ミツキは頭痛が絶えなかった。
ミツキの【魔法】は世界の認識を変える、それは真性の誇大妄想狂に限りなく近いものだ。
アユムとミツキは小学校も同じだった。
学校でもアユムは何かとミツキに構い、その時は階段の踊り場でわざわざ手を持とうとしていたのをミツキは覚えている。
馴れ馴れしい同室に苛立ったミツキは、アユムにこう言った。
『もうかかわらないでくれ』
それを聞いたアユムはどこか困ったような顔でミツキを見ていて、それが更にミツキを苛立たせた。
(僕は、目が見えない訳じゃない、それどころか君たちよりももっと凄いものがいっぱい見れる)
そんな事を考え、アユムを突き飛ばし、さっさと一階に降りようとした時。
ミツキの昂ぶった感情に、【魔法】が応え、急激に視界が広がった。
ミツキは、あっ、だとか、えっ、だとか情けない声を出していたと思う。
くらりと歪んだ【魔法】の視界は、ミツキの足をもつれさせ、その身を階段へと投げ出していた。
ミツキは痛みと衝撃を覚悟し、目の前のアユムに悪態をついていた。
(お前のせいだ、僕はなんでもできるはずなのに)
八つ当たりにも等しい感情の中で、ミツキはそれを見た。
階下へ落ちた。思っていた痛みや衝撃は来ない。その理由をミツキは見ていた。
『痛えええええええ!!』
アユムが馬鹿みたいに痛みを訴えた。転倒し落下していったミツキの下敷きになって潰されているのだから当然だ。
『君は』
ミツキは見ていた。アユムの【魔法】を、自分とは違うが、確かに【魔法】を持った子供だった。
それからミツキは自ら、その【魔法】を打ち明けた。
アユムは目を丸くしながらも、突然の仲間の出現に大喜びした。
学校の子供達とも、施設の子供達とも違う、【魔法】という疎外感を二人は共有した。
園長達の目を盗んで二人は自分達の【魔法】を披露し、訓練した。
その中で、ミツキは思った。
自分の【魔法】は彼と同じ世界を見る為に使おうと。
ミツキは【魔法】を常に使い続けている。
超越的な知覚や、常人には及びもつかぬ世界を見るためではなく、誇大妄想ではない自分達が生きる現実を見る為に。
ミツキは誰かの啜り泣く声で目を醒ました。
周囲は石造りの物々しいじめじめした狭い空間。
目の前のは鉄の柵が収まり、ミツキは床に転がっている。
教会の地下牢だ。
懐かしい夢を見ていたと思った。
「……ッ」
痛みに顔を顰める、体中に針が刺さっており、右の指先の爪が赤く染まっている。
ミツキはここ数日、拷問を受け続けていた。
弱い痛みから、徐々に強い痛みへ、日々それはエスカレートしている。
身体からは血が抜かれ、頭がクラクラする。
だが、ミツキはその拷問の過程で自らの目論見通りに進んでいる事を確信した。
シマハラの率いる悪魔崇拝者達には、長年のノウハウがある、と。
ならば、ミツキが良い反応をしている期間は天使の嘆きの材料として使い潰す為に彼らは腕や足の欠損や、目を潰すという極上の絶望に手は出さないだろう。
ミツキの耳には、囚えられた他の子供達の鳴き声が聞こえている。
(ごめん)
ミツキは心の中で謝罪した。
やろうとすれば警察にすぐに救出して貰うこともできたが、ミツキはそうはしなかった。
情報を得る為に、ここではない他の製造所も突き止める為に、そして悪魔崇拝者達を確実に葬り去る為に。
アユムであれば、どんな手段を使ってでも彼らを助けようとしただろう。
だからミツキはアユムにこの事を話すつもりはなかった。
ミツキは【魔法】を広げ情報を集めていく、彼らの為にも早く早くと急かされるように。
周囲に悪魔崇拝者達が居ない事を確認し、ミツキは左の義眼を外す。
そして眼底にあるスイッチを入れ、ミツキは話し始めた。
「ケンゴさん、ミツキです。定時連絡です。今日の情報は―――」
義眼に仕掛けた通信機はサイズの関係で送信しかできない、届いているかの確認はミツキにはできない。
それでも頼れる兄貴分と相棒を信じ、ミツキは情報とそれに伴う計画を話し続ける。
扉が開く音がして、ミツキは素早く通信機のスイッチを切り、自らの目に嵌め直した。
下卑た笑い声が地下室に響く、嫌だ嫌だと子供達の声がする。
(ごめん)
ミツキは再び心の中で謝罪した。
地獄が始まるだろう、読みが外れ腕や足を切り取られるかもしれない、もしかしたら加減を間違え殺される事もあるかもしれない。
それでも、ミツキは覚悟していた。
殺されようが、今度は逃げ出さない。
そして、今度こそ彼らを救い出すのだと。




