協力者《シークレットウェポン》
教会の一室、窓も無く、ただ絨毯が足元に広がるだけの殺風景な部屋。
そこに幾人もの信者が集まっていた。
傾向に纏まりはない、中年の主婦、若い大学生、サラリーマン、今集められる人を集めたような、そんな人選。
彼らにはシマハラからこう伝えられていた。
皆に愛と天使の嘆きを授ける、と。
愛
皆、それを心待ちにしていた。
程なくして、扉が開く、入室したのは柔和な顔をした神父と表情の抜け落ちた少女。
シマハラがまるで楽しげな抑揚で告げる。
「皆さん、おまたせして申し訳ない、我々の悲願の最終調整をしていたものでして―――」
信者達はそんな話は一切聞いている様子はない、ただ彼らが入ってきた瞬間から少女を見つめていた。
「――待ちきれないご様子で、でしたらそうですね、焦らすつもりもありませんので、我らが愛」
少女が前に出る。
信者達はその姿に色めき立ち、期待するような目を少女に向けた。
少女の瞳孔は開ききり、汗をかいている――天使の嘆きの中毒症状の一つだ。
少女が声も出さずに、右腕を上げる。
室内に少女の【魔法】が爆発するかのように満ちた。
その速度と範囲はアユムに向けられたそれとは比にならない。
【魔法】に巻き込まれた信者達が少女へと我先にと群がる。
まるで獣のように我を忘れ、その欲望をさらけ出し、只管に少女に向かい手を伸ばす。
我先に走り出した浮浪者のような男が自らの服を引きちぎり、同様に少女の服にも手をかける。
主婦が浮浪者を邪魔だとばかりに殴りつける。
老人が先に手を伸ばした主婦の首を背後から締め上げる。
サラリーマンが少女に触れただけでまるで赤子のように泣き出す。
男も女も老いも若いも関係ない、皆一様に狂っていた。
例外なく天使の嘆き中毒者である彼らであっても、少女の授けるその【魔法】による感情はその上を行く恍惚を彼らに与えていた。
同様に【魔法】に巻き込まれているはずのシマハラが変わらずに呟く。
「ああ、素晴らしいですね、今回の天使の嘆きの調合が当たりでしたか」
獣へと変わった信者達に貪り尽くされるかのように囲われた少女を眺め、シマハラは信者達に声をかけた。
「さあ、皆さん【落ち着いて、私の話を聞いて下さい】」
その声を聞いた瞬間、少女に群がっていた信者達は背中に針金を入れられたかのように静止した。
「やはり我らが愛の【魔法】による漂白さえあれば、私の言葉はいとも容易く信者達に届くようです」
触れてすら居ない、声が届くだけで、シマハラの【魔法】は彼らの心を縛り上げていた。
カツカツとシマハラが静止した信者達に、近づくき囁く。
「さあ共に、【神に仕えましょう、私に永劫忠誠を誓いなさい】」
ギリギリと、壊れた機械のように信者達がシマハラを見る。
皆一様の、全く同じ笑顔。
シマハラは満足げに頷き、嬲られ、その体を横たえる少女に語りかける。
「ありがとう、我らが愛、これで宴の成功は確実なものとなりました」
少女は無表情で、苦しそうに息をしながらシマハラをその青い瞳で見つめ返す。
「我らが愛、貴方は神の遣わした私の素晴らしい娘です。私は本当に誇らしい」
「土曜日、全てが終わり、始まります」
シマハラはそんな少女をあまりも穏やかな表情で見つめていた。
少女の【魔法】は内に秘める愛と渇望を極大化し、それ以外の思考を消し去るもの。
見るものを惑わす美貌に感情を動かさない者はそうは居ない。
だが、シマハラには少女に対する一欠片の愛もなかった。
夕暮れ時の病室でアユムは呆然とした顔で来訪者を見ていた。
「ケンゴ…兄さん?」
その視線の先には、七三分けの眼鏡をかけたスーツ姿の男性、ケンゴが居た。
「やあ、アユム君、いやー本当に大きくなったなあ、すごい久しぶりだ」
アユムは驚きを隠せない、なにせ彼が光輪会を出て以降、一度も施設へ顔を出すこともなかったのだから。
「ケンゴ兄さんこそどうしてだよ、警察の仕事で事情聴取?んならもう答えたけど」
アユムは首をかしげる、この兄貴分とはそこそこ親しかったが態々見舞いに来るような性分では無いと考えていた。
「…アユム君、そこは見舞いとか最初に考えるでしょ、そこら辺案外ミツキ君より辛辣だよな君」
ケンゴは少し呆れたような顔で苦笑いをした。
「いや、悪いケンゴ兄さん、本当に久しぶりでびっくりしちまってよ…で本当に見舞いに来てくれたのか?」
アユムの問にケンゴは首を振った。
「んーまあ、違うんだけどね、ミツキ君のお願い事を果たしにね」
「ミツキが…?」
アユムはその言葉に首を傾げ、目を見開く。
「まさかミツキが言ってた協力者って」
ケンゴはその生真面目そうな見た目からは信じられない様な軽い調子で答えた。
「ピンポンピンポン大正解、ボクがミツキ君の影の協力者で今回のアユム君のサポーターさ」
両手の指でマルを作り、笑顔をアユムに向ける。
「ミツキ君はその役割を果たした。計画は最終段階に入るってワケ、楽しんでいこうねえアユム君」
アユムはあっけにとられた。今までケンゴのこんな姿見たことがなかったからだ。
その脳裏には猫かぶり野郎である相棒の姿が過ぎっていた。




