毒餌《シャドウラン》
「さんじゅう、に!さんじゅう、さん!」
ギッギッと病室に金属の軋む音がする。
窓からはよく晴れた空が見え、風がカーテンを揺らす。
差し込む日差しはほんのりと暖かい程度で、今日は外出日和だろう。
そんな中、アユムは延々とハンドグリップを握り続けていた。
「くそっ…いいじゃねえかよ腕立てくらい…」
医者にしこたま怒られたアユムはベッドの上でできるトレーニングに終始していた。
「握力、握力くらいは落とさねえようにしねえと!」
光輪会の子供達に持ってきてもらったそれはリュウコの為のものであり、かなり重い。
正直アユムには持て余すようなものではあったが、それを飽きること無く繰り返していた。
「ミツキの野郎、しばらく施設から離れて連絡も取れないとか言いやがって何するつもりだ?」
アユムは今朝の連絡でそんな事を言われていた、秘密主義はミツキの悪癖だが施設からも離れるというのは初めてだ。
そして後ほど必要な時に別の協力者から連絡が来るとも言われていた、それもまた誰かは知らされていない。
「くそー!また数え忘れたじゃねえか!いち!にっ!さんっ!」
筋肉、とにかく筋肉、そうアユムは唱え続けた。
信頼するとは言ったが、ミツキの事が心配でならなかった。
ミツキは駅を超え、公園を歩いていた。
駅の光輪会がある側は繁華街等、一般的な買い物客が多いが、こちらの側はスーツ姿のサラリーマンが多い。
公園の木々を遥かに超える高層ビルが立ち並ぶビジネス街だった。
普段のミツキやアユムには関係性の低い場所、園長等はごくたまに来るらしいが特に付き合う事はない。
公園を抜けた先にミツキの目的地があった。
高層ビルに囲われ、そこだけ切り抜かれたかのように存在する木々に囲われた空間
古びた石造りの塀と開け開かれた鉄の門扉、その奥に古びた教会堂―――石造りなのかコンクリートを見せかけているのかは分からない。
教会
この街にのこされた唯一の古き教会であり、シマハラがアユムに伝えた場所だった。
深呼吸をし、ミツキは足を進める。
教会堂の中は天井が高く、上方にステンドグラスが嵌められており、差し込む光が幻想的な光景を作り出していた。
奥まで規則的に並ぶ教会椅子には幾人かの信者の姿が見える。
彼らの内どれだけが敬虔な信者であり、本来あるべき神の姿に祈っているのだろうか。
ミツキの【魔法】には全く違う光景が見えている。
地下には幾つもの人影が見える、そこには獄すらもあった。
歪んだ空間、激しく動き回り交わり合う人々、幾人もの魔法使いがそこに居る。
声が見える、金切り声、絶叫、慟哭、啜り泣き、どう表現するべきかミツキにも分からない。
少なくとも狂った喜悦と狂った悲哀が混ざりあった地獄が足元にある。
「……」
ミツキはその情報をシャットアウトした。
ここで探る事もできる、だが、足りないだろう。
悠長に毎日足を運び、その時見える光景から必要な情報を探す時間はない。
ミツキは前を見た。
奥に柔和な顔の、青い瞳の神父が居た。
ミツキは始めてその姿を認識したが、ミツキの【魔法】に見える歪んだ空間がその正体を自ずと知らせた。
シマハラ
間違いないと思った。
ミツキは顔を少しだけ歪め、そして姿勢を崩しなるべく柄の悪そうに歩み寄る。
「あのお…」
シマハラにおどおどするように声をかける。
シマハラは笑顔で答えた。
「なんでしょうか?」
アユムが言っていた、落ち着く眠ってしまうかのような抑揚。
「オレ、親父に言われてここに来たんですけど、ナンかあるんすか?」
ガラの悪そうな、それでも親からの命令に逆らえない子供のような、そんな演技。
そんなミツキの姿を見てシマハラは笑みを深める
「ええ、ええ、ありますとも、ええ、ではこちらにいらしてください、おもてなし致しましょう」
シマハラが教会の奥――地下室へつながる扉へ向かう
(クソったれめ)
ミツキは心底毒づいた、あまりにも手慣れたその手並み。
これからミツキに行われる事はきっと碌でもない事だ、だが、それを理解して来た。
(いち早く、詳細な計画を知る為には、内部に潜り込んで【魔法】で探すしかない)
そのために、ケンゴにも計画を知らせた。
そのために、変装もした。
きっとこの先は地獄が待っているだろう。
ミツキはこれから悪魔崇拝者達の生贄となる。
(内側から喰い殺してやる)
ただし喰らえば死ぬ毒餌として。




