偵察《スウィンドラー》
暗い二人部屋の奥でパソコンのLEDがミツキを照らす。
今は1人しか居ないこの部屋はどこか広く感じられ、ミツキはどこか調子が狂う気持ちに襲われていた。
ケンゴとの密会の翌日、早速ケンゴはターゲットの情報を寄越してくれた。
(相変わらず、仕事が早いな)
日々の情報提供源としてミツキは刑事であるケンゴと今までも度々こうした事を行っている。
他の光輪会の先輩たちや園長であれば、間違いなく止めるであろうそれをケンゴは嬉々として教えてくれた。
止めても止まらない復讐者としての心情を、ケンゴは誰よりも知っていて、それ以上にそんなミツキの事を面白がっている節がある。
それは、光輪会の家族の中でも明確に異常な性質でありながら、彼の弟分への歪んだ親切心の現れであるともミツキには解っていた。
ケンゴはそういう兄貴分だった。
シマハラという男は、この国の産まれで間違いはない。
家系に海外の血が混ざっていることもなく、瞳の青は先天性の病気らしい。
普通の家系に産まれ、普通の大学に進み、その後海外へ単身移住した。
それが24年前。
海外に住処を移したシマハラは、ファンドを立ち上げる。
そこで幾つもの、成功と、失敗をし、多くの訴訟を受けている。
シマハラは投資詐欺を行っていた。
その中で、シマハラに恨みを持つ人間に銃撃され、その末に逆に相手を射殺している。
事件は正当防衛として扱われ、裁判所はシマハラに無罪を言い渡している。
ミツキはそこからの記述を眺め、確信した。
(ここだ、ここからシマハラの誇大妄想が始まった)
その後の経歴は奇妙なものだった。
突然、今までの訴訟が次々と取り下げられ、その後も訴訟を受け、それが取り下げられるという事が繰り返される。
訴訟から逃れたシマハラはリスクの高い投資を繰り返し何度も破綻寸前まで追い込まれながらも最終的に投資家として財を成した。
資金を集めたシマハラは資金提供を行っていた投資家達を集め、奇妙な新興宗教を立ち上げる。
題目は、神の愛をこの世に取り戻す、だそうだ。
その後、シマハラは母国へ帰還し、この街の教会に務め始める。
先代の神父は、シマハラが現れた後、唐突に彼に教会の権利を明け渡し、姿を消した。
それが、16年前。
ミツキは深く息を吐いた。
経歴にリーベの事や彼の妻などの記載はない、当たり前ではあった。
ただ、ミツキにとって重要なのはそこではなかった。
今まで疑問だった、悪魔崇拝者達の資金源を突き止めた。
(シマハラさえ仕留めれば、ヤクザや半グレ共への血流も止まる、全部終わらせられる)
ミツキの目には彼の立ち上げた宗教の経典の写真が目に入る。
物々しい体裁のハードカバーの本、タイトルの意味は《神の愛》だそうだ。
ミツキには見覚えがあった。
「関係ない」
ミツキは産まれた感情を切り捨て、思考を口に出して整理する。
「【魔法】については多分予想通り、ただ、継続性はあまりないのかな、でも何度も貰うとそれが固定されているようにも見える」
シマハラは、騙した後に訴訟を受け、その訴訟を取り下げさせるという動きを繰り返している。
絶対万能な魔法であれば、そうはならないはずだ、ただ投資家達は最終的には信者としてシマハラに付き従っている。
長期戦は危険だとミツキは判断した。
また、信者達を取り逃がせば、彼の意思を継いだ第二第三のシマハラが産まれかねない。
どちらにせよサバトしかチャンスはない。
情報が足りない、時間も、ミツキは決断した。
「ケンゴさん、ごめん、僕はやるよ」
ケンゴの言葉が脳裏をよぎる。
『いや、君自身も相当ヤバい事になるよこれ、死ぬかも知れないよ、というか死ぬ』
可能性は高い、でも、ミツキにはケンゴにはない経験があった。
少なくとも今ある情報から見れば、これが確実で、早く、多くの子供達を救える。
「僕がアユムにしていたサポートはケンゴさんにお願いしたし…多分問題ない、かな」
いや、問題ない、とミツキは心の中で言い直した。
少なくともケンゴは狩りに関しては誰よりも信頼できる師匠だった。
ミツキは動く事にした。
洗面所でミツキはハサミとバリカンを持ち出し鏡と向かい合っていた。
傍らには古本屋で買ったヘアカタログ、メンズの項を開いている。
ミツキは自らのモミアゲに当たる部分にバリカンを3mmでセットし刈り上げた後に長い髪を、ハサミでヘアカタログと同様に切り揃えていく。
ミツキは次に、洗面所に置かれていた、薬品――ヘアカラーだ――を取り、自分の頭にふりかけていく。
髪が乾くまでの間に、ミツキは包帯を外し、その空洞の目に義眼を嵌めていく。
髪が乾くと、ミツキはドライヤーを当てながら整髪料で髪型を整える。
ミツキの髪はツーブロックの明るい茶髪へと代わり、その両目には偽りの黒い瞳が収まっていた。
「あとは…」
ミツキは紙袋を漁る、古着屋で買った服だ。
柄のシャツを羽織り、着崩しておく。
ジーンズは腰まで下ろし、ベルトは少し緩め。
ミツキは【魔法】で自らを見た。
そこに居たのは素行のあまり良くなさそうな、家庭環境に問題がありそうと偏見を持たれがちな少年の姿。
顔が仏頂面では良くないと思い、ミツキはヘラリと表情を崩す。
「ねえ、アユム、これで別人に…」
ミツキは自然と声が出てしまった。ここにアユムは居ないのは重々承知だったのに。
「ま、仕方ないか」
ミツキは覚悟を決めていた。
今度こそ逃げることはないと。