それぞれの戦い《ロール》
「じゅう、じゅういち…じゅうに」
ミツキと計画を立てた翌日、初夏の日差しの差し込む病室でアユムの声が響く。
病院着のまま、アユムは床に手をつき逆立ちをしたまま腕立てをしていた。
(筋肉の維持だ、ベッドに寝たまま弱らせて本番で使い物にならなきゃ面目が立たねえ)
幸い腕はそれほどダメージは無い、小兵であり体重も足りないアユムにとって筋力は全てにおいて最優先する武器だ。
園長のようには無理だろう、だが、それでもアユムはその努力を欠かしたことがない。
ミツキの言葉が蘇る。
『いや、今のアユムはいらないから、っていうか邪魔だから、病院で寝てなよ、仕掛けの時にはコキ使うからさ』
辛辣な言葉だった。
「クソッ、ミツキのヤツ、いいたい放題しやがって」
偵察、情報収集、それはミツキの役割で、アユムはあまり役には立たない。
今回の計画は一度潰した相手に対しての相手の油断を突くものだ。
失敗すれば光輪会にも確実に被害が及び、一撃で確実に仕留め切らなければ全てが終わる。
解っている、解ってはいるがアユムはそれでも何かをしたかった。
「アイツこういう時かなり無茶するからな…まあアイツがやるって言ったんだ止める事もねえか…」
ミツキは病室にプリペイドの携帯電話を置いて出ていった。
何をやるかは知らされていない、知っていたとしても止めて聞くヤツではないとアユムは知っていた。
「今は、俺のやれることをやるしかねえ…!」
兎に角万全に備える、少なくとも信頼する相棒に今は全てを任せるしか無い。
数を忘れたアユムは何度目かもわからないが再び数え始める。
「いち、に、さん…!」
病室に様子を見に来た看護師が見て仰天し、しこたま怒られるのはその1時間後の事だった。
カラカラとアンティーク調の扉に付けられたベルが鳴る。
そこは街に古くからある喫茶店、少し安っぽい感じもするテーブルや、陽の光や煙草ですこし黄ばんだ壁紙も年季によって味わいといえるものが産まれていた。
入り口からカツカツと杖で床を叩く音が奥へと進んでいく。
その一番奥の席のテーブルの上にはコーヒーと山盛りの吸い殻が残された灰皿。
七三分けの眼鏡をかけたスーツ姿の男性がぷかぷかと紫煙を浮かせながら、人を待っていた。
その男は入り口から向かってくる音に気づき、笑みを浮かべ、手を上げた。
「やあ、ミツキ君、直接合うのは久しぶりだねえ、元気だったかい?」
杖が床を叩く音が止まり、ミツキと呼ばれた少年が男へ声をかける。
「お久しぶりです。ケンゴさん煙草吸いすぎですよ。」
その声を聞いた男が、笑みを更にニンマリと深めた。
男の名をケンゴと言った。
彼は光輪会のOBであり、リュウコと同じ光輪会の最初の子供であり、ミツキの警察内の協力者であり、ミツキの師匠とも言える存在だった。
ケンゴはミツキと向かい合い新しい煙草に火を付けた。
「んで、ミツキ君はボクになんの用な訳?忙しいんだよねえ、最近悪魔崇拝者達が騒がしくってさ」
生真面目そうな見た目にそぐわない砕けた調子でケンゴはミツキに話かけた。彼は昔からミツキに対してはこんな調子であった。
刑事であり、この街の魔法使い案件を扱うマル魔と呼ばれる部署に所属していたとミツキは記憶している。
ミツキは単刀直入に切り出した。
「ケンゴさん、僕等は悪魔崇拝者達を潰します」
「計画があります、協力して下さい」
計画には戦力を集めることが必要だとミツキは考えていた。特に、武装面が充実した戦力が。
ケンゴはその言葉を聞いて、片眉を愉快そうに上げ、しばらく考えるような間の後、ふっと煙を吐き出す。
ミツキはそれが自分の元に来る前にさっと身体をずらしかわした。
ケンゴは灰皿の煙草の山へ咥えていた一本を押し込んだ。
「いいじゃないの、ミツキ君、煙も見えるようになったんだねえ、じゃあまず話だけ聞こうか?」
ケンゴは飄々とそう言った。
彼はミツキの知る限り、唯一ミツキが【魔法】を扱う事に気づき、そしてミツキ達より前に一人で狩りを始めた男だった。
魔法使い専門の連続殺人鬼
施設を出るまでの期間、裏の世界では悪魔狩りと恐れられた異常者。
それが今目の前に居る刑事であり光輪会の先輩であるケンゴという男だ。
ミツキが光輪会に来た時、ケンゴはただの優しいお兄さんといった印象だった。
同じく年長者であった荒々しいリュウコや、変人のシンタロウはどこかガキっぽく、彼だけがまあまあと二人を嗜める役目をしていたのを覚えている。
しかしある夜の晩、人が施設の窓から出入りしている事に気付いたミツキが向かった先で見たものはその印象を一瞬で覆した。
窓から入ってきたのはケンゴだった。
血まみれのナイフを握って、ニタニタと笑いながら、まるで影のようにケンゴは施設の中に着地した。
そして唖然として自分の方を見るミツキを見てこう言った。
『ああ、なるほど、君の【魔法】はそういうものなんだねえ』
粘つくような声が未だに記憶の中にある、ミツキは殺されるかと思ったがそうはならなかった。
『リュウコちゃんとシンタロウには内緒にねえ、園長にもだけど』
そう言った顔はいつもの優しいケンゴで、ミツキは拍子抜けしてしまった。
それで終わっていれば夜の間違いで済んだのだろう、しかしミツキは彼に興味を持ち、彼が夜になにを行っているかをを調べ上げ、彼の狩りにたどり着いた。
悪魔崇拝者達に憎悪を募らせていたミツキは彼に押し掛けるようにそのノウハウを教えるようにせがんだ。
その言葉を聞いた時のケンゴがどこか愉快そうに、自慢げにこう言ったのを覚えている。
『いいよぉ、でもリュウコちゃんには内緒にねえ』
ミツキは彼に弟子入りし、その悪魔崇拝者達を潰す為のノウハウによって、ミツキはアユムと狩りを始める事になった。
ミツキは、現状の計画をケンゴに話した。
少なくとも、ケンゴの悪魔崇拝者達への憎悪はミツキと同等かそれ以上だ。
やつらを殺す為ならば喜んで協力するだろうと思っていた。
「ふぅん…」
ケンゴはそう興味なさげに言った。
「いや、飲めないねえ」
「そんな事したら光輪会も危ないでしょ?」
至極真っ当な理由でミツキは断られていた。
「でも、ケンゴさん、チャンスなんですよ!」
ミツキは必死だった。いくら策を巡らせようが中学生だという事は解っている。
アユム相手に軽口を叩いても大人相手の交渉ではこの程度だとも、それでも諦めるわけには行かなかった。
「お願いします。どうか、お願いします」
ミツキは何度も何度も頭を下げた、ここで協力が取り付けられなければ次に進むこともできない。
ケンゴはそれに、にべもなく答えた。
「いや、君自身も相当ヤバい事になるよこれ、死ぬかも知れないよ、というか死ぬ」
そう言って腕を組む、考えるように、ただ少し顔がニヤついていた。
「それとも、何か別の理由があるのかな?このリスク、いつもの復讐の為、じゃないよねえ?」
「……」
ミツキは、その顔を見て内心思った。
(クソったれ)
そうだった、この兄貴分には悪癖があるとミツキは思い出していた。
「…この前、悪魔崇拝者達に家族になったばかりの、少女が拐われました」
「うんうん」
「彼女は…悪魔崇拝者達の牧場の産まれで…アユムが…」
「うん?」
「…僕が救いたいんです、彼女をどんな手を使ってでも、だからお願いします」
ケンゴはニンマリと笑ってそれを見ていた。
「いいねえ、青春だねえ、じゃあ恋しちゃってるのかな?」
「いや、それは…どっちかというとアユムの方で…」
最悪だと、ミツキは吐き捨てた。
ケンゴにはこうやって自分の弟分達の青臭い所を徹底的に弄ぶ悪癖があった。
それは、彼に付いて教わっていた頃もそうだし、普段の生活でもそうだった。
暫くの間、ミツキは対価としてケンゴになすがままに嬲られることを受け入れる覚悟をした。
こういう時のケンゴは最終的に了解してくれるのだ、ただミツキはこの師匠の事が苦手で苦手で仕方なかった。
だけど、これで一歩前に進める。
できることを一つ一つ、これがミツキができる精一杯の戦いだった。




