戦傷《ルーザー》
アユムはぼんやりと天井の暗い蛍光灯を見ていた。
目醒めた場所は光輪会の二人部屋ではない、白い天井だ。
周囲を見渡す。
カーテンはやけに白く、窓からは立ち並ぶ街路樹が眼下に見え、中天に輝く日の光が今が昼間であることを伝えていた。
室内にはアユムが横たわるそれ以外にも幾つかの空のベッドが存在する。
はるか昔、左脚を失ったあの時に見た光景、病室。
そしてそこに居た一人の少年にアユムは気付いた。
肩ほどではないが少し長い黒い髪、服装は飾り気の無いポロシャツにチノパン、年の頃はアユムと同じ。
眼に包帯を巻き、白い杖を抱え、窓際の椅子に座るその少年はアユムをじっと盲目の目で眺めていた。
「おはよう。アユム」
ミツキだった。
「園長は、取り敢えず山は越えたって」
「ただ、意識はまだ戻ってない、いつかはって言ってたけど、体力次第だって」
「それと、意識が戻ってももしかすると後遺症が残るかもしれない、血が失われすぎたからって、五分五分だってさ」
アユムはそれに何かを返そうとしたが、何を言うべきか言葉にならなかった。
ミツキはアユムの言葉を待たずに淡々と事実を説明していく
「リュウコさんはひとまず無事だよ、僕が検診から戻ってきた時にはかなり錯乱してたけど…とりあえず今は大丈夫」
「あいつらに襲われたのは玄関で迎えたリュウコさんだけで、子供達の方は手を出されてなかったみたい」
「随分落ち込んでて、平常運転だとは行かないけどね」
アユムはひまず安堵した。家族が失われていなかったと思ったから。
「あの子は、どこに消えたか分からない」
突然の動悸がアユムを襲う、血の気が引く、様々な感情が綯交ぜになり吐き気が込み上げてくる。
それに何を今自分は考えていたか。
家族は失われていなかった。アユムは確かにそう思っていた。
意図的にせよ、無意識にせよ、アユムは少女の事を考えることを拒否していたのだ。
(そんなわけない、家族は奪われた、シマハラに)
シマハラの事を思い出し、アユムの背筋が凍る。
自分があいつと戦う事は構わない、傷つく事は恐れるわけがない、ただ。
シマハラの狂気が自らの家族に向いた時、確実にアユムの世界は壊されるだろう。
アユムは気付いた、園長やリュウコは助かったのではない、人質だ。
それは園長にとっての人質でもあり、リュウコにとっての人質でもあり、光輪会の全員をシマハラは完全に封殺した。
アユムはそれを守る為に、少女を生贄にした。
アユムの胸の内から何かが折れる音がする。
恐怖、今まで相手にしたことがなかった、真性の誇大妄想狂は戦わずにアユムの心を踏み砕いていた。
「アユムは暫く入院、幸い骨は無事だったから内蔵と筋肉がある程度戻るまでって所」
ミツキは続けた。
「本当はリュウコさんも来たがってたけど今は園長が居ない分施設から離れられない、警察の人も暫くついてくれるみたいだけどね」
暫くの沈黙の後、ミツキが声を出す。
「アユム」
何時もの、強い声。
「違うだろ、ミツキ」
アユムはそれを遮った、それだけは口にさせるわけには行かないと思った。
「俺のせいだ、俺が原因でこうなった、事実だろ」
(皆納得している、それが何だ)
「俺が余計なことをしたんだ」
ミツキは、アユムの言葉に、そう、とだけ返した。
「明日もまたくるよ、今度は年少組の子たちも連れてくる」
アユムが居ないと寂しがってるからさ、そう言って、ミツキは病室から出ていった。
誰も居なくなった病室に、陽の光がやけに煩い、まるであの雨の夜が嘘だったかのように。
ミツキが帰り際に、アユムが目覚めたのを伝えたのかパタパタと看護師達の足音が近づいてくる。
「クソったれ」
アユムは小さく呟いた。
翌日、その日も晴れていた。
言葉通りミツキは施設の年少組の子供達を連れてきた。
子供達はベッドの上のアユムを見るや、ベタベタとアユムを触りその度に傷が傷んだがアユムは笑顔で子供達と遊んだ。
アユムの為に持ってきた筈の菓子を自分で食べ始め、彼らが帰る頃にはバスケットは空になっていた。
ミツキは加減しなよ、と窘めていたが、食欲も湧かず病院食すら残していたアユムにとってそれは有り難かった。
更に翌日、空はどんよりと暗く、傘を差すのも迷う程度の雨が降っていた。
ミツキは一人で来た。
白い杖を抱えいつもの席につき、ミツキはじっとアユムを見ていた。
沈黙
お互い何も話さなかった。
雨が、窓を少しずつ濡らしていく。
こういう時に口を開くのはいつもミツキだった。
「アユム」
静かな、確かな覚悟を決めたような声で。
「少し昔話をしよう」
唐突にミツキはそう言い出した。




