真性《ウィザード》
ウィザード
それはこの世に【魔法】という法則が発見され、最初に定義されたそれを扱う者の呼称である。
現在では天使の嘆き服用者という偽り魔法使いと区別し、本来の【魔法】の担い手を指す言葉となった。
大魔道士と名乗ったふざけた研究者の名を借り名付けられたそれはおおよそ二種類に分けられる。
1つ、現実を知らぬ無垢な子供。
2つ、真性の誇大妄想狂。
彼らは天使の嘆き服用者達の様に薬物の効能による苦しみの解放から【魔法】を見出した訳ではない。
彼らは抗う赤子達のように避け得ぬ絶望への逃避から【魔法】を見出した訳ではない。
彼らは最初から現実に生きていない。
今ある世界の否定ではなく、今ある世界の認識自体が常軌を逸した存在。
子供であればいずれ成長し、世界を知り失われるであろう。
だが、大人の魔法使いはそうではない。
彼らは、正気に見えようが根本的に世界と相容れない。
物理法則を歪め、人心を狂わせ、その存在は必ず甚大な被害を及ぼす。
国によっては魔王と称される災厄そのものだった。
「シマハラアアアアアアアアア!!!!」
アユムは激高した、この男は必ず殺さなければならない、どのような手を使っても。
そう確信していた。
だが、アユムは踏み出せなかった。
ピタリとシマハラの拳銃が園長の頭部に向けられている。
「生きてますよ、ええ、まだ」
笑ってシマハラは、どこまでに穏やかに――子供を安心させるかのように――アユムに言った。
「私達は、この手の殺さない事には慣れています。ご存知でしょう?アユム君」
アユムは足を止める事しかできなかった。
よく見ると、園長は浅く息をしていた。
血がとめどなく流れ地面の水面と混ざり合っている。
「ですが、このままではそう長くないでしょう、そうしました」
「そして、私の手で終わらせることもできます」
この問答の終着点にアユムは気付いていた。
「やめろ」
泣き出しそうな顔を強く憎悪で塗り替えてごまかす。
シマハラが本当のことを話しているか確証はない。
だが、アユムは目の前に立つ男の底抜けの悪意と悪魔崇拝者というものを知りすぎていた。
「我らが愛を諦めて下さい、そうすれば彼の生命は救われます」
詰み
アユムの脳裏にそんな言葉が過ぎった。
シマハラはどこまでも笑顔だった。
「優しい君を私は心底好いています。殺したくはない、これは本心です」
「やめろ」
シマハラとアユムの間の少女は、アユムに背を向けるように立っている。
今彼女がどんな顔をしているか、アユムには分からない。
「ですが、アユム君が諦めきれず、私と争いたいというのであれば、その選択も否定しません」
雨の音が妙に大きく感じる。
少女は微動だにしない、ただ前を見ている。
「その場合は私も不安要素を片付ける必要があります」
やめろ、そう声が出ない。
少女が、わずかに身じろぎした。
カラン、とアユムの手から何かが滑り落ちる音がした。
視界が、少女を追い越す。
「ハァ…ハァ…」
気づけばアユムは、園長に潰されるような体勢で道沿いの屋根の上に居た。
余りにも無謀な【魔法】の連続発動、そして抱える余りにも大きく重い巨体が【魔法】の行使の負荷としてアユムの全身にのしかかる。
この状態で戦闘の継続は不可能だ。
「優しい君ならば、そうすると思っていました」
眼下のシマハラはアユムを見上げる。
少女は道に残されている。
「早く、病院に連れて行った方がいいですよ、おそらくそれでもギリギリでしょうからね」
「ハァー…ハァー…」
アユムの呼吸が早くなる。
「行きましょう、我らが愛、私達の務めを果たしましょう」
少女は、シマハラに向かい、歩き出す。
アユムには屋根と道の境目に存在する塀が、相容れない世界の境界に見えた。
背負う園長の体温が雨により急速に冷たくなっていくのを感じる。
少女がシマハラの前に辿り着き、アユムを見上げた。
「うああああああああああああ!!!!!」
アユムはその目を見れなかった。
跳んだ、跳んだ、跳んだ、跳んだ。
屋根の上を、道路を、園長を背負ったまま人に見られることもお構いなしにアユムは病院に向かって直進する。
アユムの【魔法】は失った左脚の一歩を届かせるものだ。
その一歩は、そう空想した時点で達成し、過程は圧縮され、そこに至る。
実際には出来なくても良い、実際に踏み込める場所でなくてもその空想は物理法則を越え結論を現実に出力する。
ただし、その過程で生じた加速や重量の負荷は容赦無くアユムの身体を蝕み破壊していく。
成人男性、それも飛び抜けて巨漢の園長を運ぶ事はアユムにとって地獄のような苦しみだった。
そして、左脚を踏み込む為には、生身の右脚を踏み出す必要がある。
義足の左脚の跳躍、全身がバラバラになるような衝撃。
生身の右脚を前に出す、超重量の園長を軋む義足で支え亀のように一歩を。
「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!」
アユムは呟き続けた。
あまりにも右の一歩が遅い。
アユムは本気で両親を恨んだ。
何故、父と母は左脚だけを奪ったのか。
神に祈った。
自分の右脚を捧げても良いから一歩でも早く前に進ませてくれと。
アユムは流れ出る涙を止められなかった。
余りにも惨めで、余りも格好悪くて、そして。
「俺のせいだ」
あまりにも分不相応で、身勝手な英雄願望、すべてそのせい。
自分のせいで起きた事に、アユムは本気で思った。
俺はあの時、父と母に殺されていたべきだったと。
クソったれ、何が、俺がだ
最低で最悪な感情と激痛に襲われながらアユムはそれでも足を止めなかった。
少女が自分を見た。その事を思い出す。
見捨てたのだ、見捨てて園長を選んだ。
何が家族だ、クソったれ、アユムは自分に対し最大の憎悪を向けた。
ぐしゃり
街の中央病院の玄関の前に大きな音がして、何かが落ちてきた事に誰かが気付いた。
そこには、血を流し意識を失った巨漢の男とその下で潰されるように横たわる義足の少年の姿があった。
巨漢の男は見るからに重態であったが、少年の全身もただごとではない傷が残されている。
少年は近づく人の姿を見ると、それが誰かも確認せずに叫んでいた。
「お願いします!助けて下さい!園長を!園長を助けて下さい!お願いします!何でもします!何でもしますから!お願いします!」
ガンガンと地面に頭を叩きつけて、泣きながら、血を吐きながら、少年は何度も何度もそう叫んでいた。




