人間《リミット》
正直な所、タケオは意表を突かれていた。
拳銃を警戒していたタケオの突撃をシマハラは無手のまま正面から受けて立った。
その身体を半身に構え、拳を胸まで上げる俗に言うボクシングスタイル。
少なくとも悪魔崇拝者達でタケオに対して格闘技を用いる者は今まで存在しなかった。
(考えても無駄だ、圧殺する)
タケオの右拳が繰り出され、シマハラはそれを左腕で流すようにガードする。
シマハラが右拳を軽く突き出し、タケオの顔面を狙う。
それをタケオは身を軽く引いて躱す。
悪魔崇拝者相手にしてはあまりにも真っ当過ぎる打撃戦が幕を開けた。
雨の中、二人の男がフットワークと拳の交換を繰り返していた。
戦況は膠着状態とも言える状態になりつつある。
シマハラのボクシングスタイルはプロレベルとは言わないまでも様になっていた。
一般的な成人男性程の体躯、腕は若干長いかもしれないが特出するほどではない。
だが、タケオの打撃への解っているかのような反応、それに組み合わされたジャブの繰り出しが型にはめたかのように流れていく。
読み合いに関しては、少なくとも警戒を強めなければならないレベルにある。
その打撃はタケオの筋肉の鎧を僅かに抜いてくる、一般的とすら言える肉体から繰り出されるそれは意外なほどに重い。
更に意外な事に、シマハラはタケオの打撃をその腕でガードし十分に受けきっている。
ガードごと砕きかねない体格差と筋力差があるはずだった。
だがまるで何か皮の下に膜でもあるかのようにそれ耐え、予想を覆していく。
タケオが唐突に蹴りを繰り出す。
シマハラは半身をずらし、僅かな動きでそれを見切った。
タケオは研究されていると確信した。
タケオの戦い方は、動画サイトや過去のDVD、そして悪魔崇拝者達との防衛戦で見る事は容易だ。
つまり、シマハラは以前から光輪会を狙っていたのだ。
しかし、タケオに取って腑に落ちないのは、何故この手段を選んだのかという点だ。
選ぶなら、銃器や魔法使い達の集団で圧殺するという方が楽な筈だ。
シマハラが右のストレートを放つ。
タケオがそれを両腕でブロックする。
シマハラは時折このような警戒させるような打撃を繰り出すが、強く攻めては来ない。
この豪雨の中、身体能力とテクニックの差は徐々にタケオに有利を作りつつある。
だが、シマハラは現状を維持していた。
打撃を警戒させられたタケオは強引な攻めを封じられてこそいる、しかし大きな問題ではない。
タケオは時間稼ぎをしていると思った。
増援か、狙撃か、もしくは―――――
「いいんですか?」
シマハラは笑みを崩さずに言う。
「私の友達が、あなた達の家族に会いに行くかもしれませんよ?」
それと同時に右のフックをタケオのレバーに叩き込もうとした。
見え透いた挑発。
嘘か真か判断はつかない、しかしシマハラは実際にリュウコや子供達に何かをしている。
必要に求められ、タケオは動いた。
レバー打ちを躱さず筋肉で受け止める。
深く鈍い痛み、やはり不自然なほどに重い。
それをタケオは左肘を叩きつける形で粉砕を試みる。
シマハラが素早く手を引いたが、それは不完全ながら決まる。
シマハラの顔が歪む、だが、肘に骨を砕いた感覚はない――違和感を覚えた――
余裕を見せ相手を誘い込む狙い、故意であっても隙は隙である。
強烈な前傾姿勢を取る、シマハラがその顔面に左のジャブを合わせようとするが頭突きでそれをパリィする。
「ぐ、あ」
シマハラが苦悶の声を上げた。
スピアータックル
シマハラの身体が吹き飛ばされ、タケオの下敷きになる。
タケオは素早くその体勢を整える。
仰向けになるシマハラを股で挟み込むようにし、その両腕を膝でロック。
完全なるマウントポジション
「ごちゃごちゃ五月蝿え」
タケオは呟く
「今すぐそのニヤケ面を地面のシミにしてやるよ」
シマハラは苦痛に顔を歪めながらも変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「やはり、付け焼き刃程度では勝ち目は無いですね」
タケオは拳を振り上げる事で返答する。
「ですが、甲斐はありました」
拳が振り下ろされる。
「【どいてください】」
乾いた破裂が響く。
タケオは困惑していた。
なぜ、自分は拳を振り下ろす前に、腰を浮かせていたのか。
なぜ、拳を止めてしまったのか。
腹部を突き抜ける熱と痛みがその思考を止めた。
「あなたは強すぎる」
シマハラは悠々と話している。
「私達のような素人と違い、場馴れしている。【魔法】であれ銃器であれ、警戒していれば覆す実力と人脈がある」
「あそこまで真っ当に殴り合えば、私が【魔法】を使うなんて思いもしなかったでしょ?」
再び破裂音、腹部の痛みが増え血を吐く。
「それと拳銃、これも最初は随分気にしてましたよね?私が信者達を使い潰しても出さない事でなんとか忘れて頂けたみたいですが」
「いくら強くても当たれば効きますよね?人間ですもの」
そう言って右手に握る拳銃を、ひらひらと見せつける。
「アユム…」
何かを伝えなければならないと思ったが言葉が続かない。
タケオは急速に力が抜けていくのを感じた。
アユムがその音を聞いたのは、最後の一人の首を鉄パイプで背後から締め上げている最中だった。
パンと一発、数秒後にパンと二発目。
夜の街で聞き慣れた拳銃の発砲音だった。
「は?」
アユムは絞め落とした男を蹴倒し、園長の居るはずの場所を見た。
巨体が高く吹き飛ばされていく、その体はまるで人形のように力無く舞い、そのままべしゃりと地に落ちた。
シマハラが、その下からゆったりと水で濡れた神父服を整えながら立ち上がる。
「園…長?」
アユムの思考は停止していた。あれは何が起きている。
シマハラは朗らかな笑みを向け、アユムに語りかけた。
「おや…アユム君も信者達を倒したのですか、凄いですね」
あの余裕、まるで園長が負けたみたいじゃないか。
それにあの現象、魔法使いの念力としか思えない。
「ああ、私が【魔法】を使ったことが意外ですか?」
シマハラは両腕を開きなにかを礼賛するかようにその手品の種を明かす。
「天使の嘆きに頼る信者達が使えるんです」
「神に愛された私が使えない訳ないじゃないですか」
真性の誇大妄想狂
そんな言葉がアユムの脳裏を過ぎった。




