敵《サタニスト》
降りしきる雨の中、シマハラはその微笑みを絶やさずに答える。
「はい、我らが愛、お父さんが迎えに来ました」
「何を言ってんだよ、シマハラさん」
アユムには分からなかった、言葉が事実であればシマハラこそが少女を――リーベを――苦しめてきた張本人だ。
それがこの優しげな神父と結びつかなかった。
アユムの経験から言って悪魔崇拝者達はその救いようの無い狂気を隠せないからだ。
シマハラはそんなアユムの疑問に少し困った顔で答える。
「いえ、言った通りの意味ですが」
そして、シマハラは突然得心の行ったような顔で続ける。
「ああ、そうでした。貴方ほど優しい少年であれば、我らが愛が"お礼"を忘れる事がありませんからね」
お礼
その意味をアユムは掴みかねていた。
「なんだよ、何のことだよ」
「いえ、少年くらいの歳であれば、口に出すのも躊躇うものですからね」
シマハラは笑みを絶やさない、アユムにとってその笑みは段々得体の知れない別の生き物の様に見えた。
「我らが愛には日頃から親切には礼を欠かさぬよう教育しています」
「ただ、我らが愛のお礼を受けたものは皆、我らが愛に夢中になってしまいますからね」
「お前」
「我らが愛を手放したくない、そうなんでしょう?アユム君?」
「お前!!!」
アユムの脳裏にあの神秘的な夜の記憶が過る。
美しかった、儚かった、そしてあの激情。
―――アレに身を任せればきっと麻薬よりもずっと満たされる。
アレはシマハラに仕込まれたものだった。
アユムの中の幻想の光景は一瞬にしてヘドロの底に沈んだ。
そして同時に、頭の神経が全て焼き付くような怒りに襲われる。
「それが実の娘にすることかよ!!!!!」
アユムは叫んでいた、想像していた最悪よりもその底を抜けただ真っ赤に染まった意識に支配され踏み出す。
園長がそれを手で制した。
「園長…!」
「ひとつだけ聞きたいことがあるわ」
園長の声は静かで、一度も聞いたことがない色をしていた。
「なんでしょう?」
シマハラは落ち着き払って答える。
「あーしらが出かけている事は誰に聞いたの?」
アユムは困惑した、何故それを聞くのか。
「ああ、それですか」
シマハラはなんてことのないように答えた。
「児童養護施設に親切な女性が居たので、その方に伺いました」
嘘だ、とアユムは思った。
リュウコは警戒していた。
少なくとも少女の行き先に関係することを外部の人間に漏らすはずがない。
つまり。
「わかったわ」
アユムは、背後に人の気配を感じ目をやる、数人の男たち――目が血走っている――が道を塞いでいる。
正面のシマハラの両脇にも2名の男が現れた
いずれも完全に正気ではない
天使の嘆きの服用者だ。
「アユム」
園長がアユムに声をかける。
「うっす」
アユムには今の園長の気持ちがわかっていた。
「後ろのヤツらは任せるわ、あの子を守りなさい」
「うっす」
アユムは激情を無理やり抑え込んだ。
服の中から鉄パイプを取り出す。義足はメンテ直後、問題なし。
背後の相手は3人、おそらく全員魔法使い。
アユムは園長に問う。
「園長は?」
園長はサングラスを外し握りつぶした。
普段は子供が怖がるからと隠しているその目。
ギラギラした肉食獣というよりも恐竜のような目。
その口元には悪魔のように吊り上がった笑みを浮かべている。
キング・オブ・デス メタルサタン
動画で見た。あの顔よりももっと恐ろしい。
「正面の3人」
「アイツらはオレが殺す」
アユムは産まれて初めて笑みを心の底から恐れた。
シマハラが悲しそうな声で、それでも笑みを絶やさずに言う。
「我が子を取り戻そうという私の願いは聞き入れられないのでしょうか」
囲んでおいてよく言うとアユムは思った。
「仕方ありませんね、お話を聞いて頂く為に少しだけ、実力行使と行きましょう」
シマハラの横の2人、背後の3人が動き出し、園長とアユムは少女を挟む形で迎え撃つ形を取る。
少女は、まだシマハラをじっと見つめてその場に立ち尽くしている。
同時だった。
アユムが地を蹴り、瞬時に敵の背後へ跳んだ。
園長が巨体に似合わぬ速度で猛烈に正面から突撃していく。
魔法使い達が態とらしく両腕を突き出し、シマハラが笑みを深めた。
雨が更に強くなっていく。
戦いが始まった。