夕日《シンパシー》
「嘘だろ」
日が大きく傾いた頃、アユムはかつてない疲弊に襲われていた。
今まで女性の服選びに付き合ったのはリュウコとだけなのだが、リュウコはあの性格だ。
男より男らしく自分にとっての良いものを雷光のように選び取り購入する。
そんなものに慣れきっていたのであの話からもう何軒回ったかもわからない現状に疲れ果て情けない事に二人に任せベンチに座り込んでいた。
そんなアユムの前をひとりの男が通り過ぎた。
カチャリと音がした。
目を向けると通り過ぎた後に懐中時計のようなものが落ちており、先程までそんなものが無かったことにアユムは気づいた。
「おい、おっさん落としたぞ」
アユムはそれを拾い上げ声をかける。
男は振り返った。神父服姿で青い目をした柔和な顔の男だった。
外人だ。
年齢は20代にも30代にも見えるが、その佇まいは何かを思い起こさせた。
「おや、これは御親切にありがとうございます」
どこか落ち着く抑揚、なるほど神父だとアユムは思った。
「いや、拾っただけだしいいんだけどよ…あー止まっちまってるな、落として壊れちまったのか…」
アユムの手の中にある懐中時計はひび割れ止まっていた。
「いえいえ、これは元からこうでして、まぁお守りみたいなものです」
男は恭しくそれを受け取る。
「大切なものですのでなくさないでよかった。重ね重ねありがとうございます」
その手は優しく懐中時計を包み、じっと握りしめている。
「よろしければお礼をさせて頂いても?」
「あー、いや、人と来てんだ遠慮しとく」
雰囲気が優しすぎて調子が狂う。
男は心底残念そうな顔でアユムを見た。
「そうですか…でしたら」
そう言って佇まいを正す
「私はシマハラと言います。駅向こうの教会で神父をしております」
「お暇な時にいらして頂ければいつでもおもてなしさせていただきますので是非」
お名前を頂戴しても、とシマハラはアユムに問いかける。
「あー、俺はアユム、って言う、言います」
アユムはなんか敬語になってしまった。
シマハラはでは、と一礼して去っていった。
「……っあー」
ドサッとベンチにアユムは座り込む。
(疲れた。優しすぎて疲れた。あと外人じゃなかった)
「でもな、なんかいい感じだよな、ああいうの」
アユムの回りには居ないタイプだ、野生味が薄い
「…しかし、なんか誰かに似てるんだよな」
一瞬過ぎった感覚をアユムは掴みそこねていた。
アユムが考えているとホクホク顔のリュウコと無表情な少女がブティックから出てきた。
「テメー、スパーでヘタレて買い出しすらヘタレて何時ヘタレてねえ時があるんだよ、このヘタレがよ」
リュウコはアユムを小突く、多分買い出しは終わりだろう。
「やめてくれよリュウコ姐さん…」
それだけがアユムにできた抵抗だった。
夕日の中を三人連れたって歩く
リュウコはアユムをひたすらからかい、アユムはささやかな抵抗を繰り返す。
少女は無言で、それでも黙々と付いてきていた。
光輪会の入り口についた。
リュウコはギャーギャー騒ぎながら直ぐに入っていく、ミツキの名前を呼んでいる――来なかった事の仕置をするつもりだろう――
アユムもそれに続こうとしたが、ふと気づいて振り返る。
少女が立ち止まっていた。
日の紅が彼女を染め上げる、長い影が顔を隠しその無表情にどこか憂いを与えていた。
何時見ても綺麗だったがアユムは別の事を考えていた。
寂しそうだな、と。
初めてこの施設に来た日、ミツキが来た日、リュウコが施設を去っていった日、他にも多くの子供が訪れ、去っていった。
その日と同じような感覚。
アユムはよく彼女を見た。
年の頃は自分と同じくらいだ、飯はあんまり食べれてないみたいで腕は嘘みたいに細い。
不健康だなと思った。
(まあなんだ普通の女の子だ)
気づけばアユムは少女の手を取っていた。
「突っ立ってないで行こうぜ、朝はリュウコ姐さんで昼は外食だろ、晩飯は園長だ、あんなだけど飯はマジで美味えからな」
そう言って手を引く、背を向ける直前少女がこちらを見ていた気がした。
手を握り返される感覚が、確かにした。
「ああ、痛ましい、なんて、悲しいことでしょうか」
教会に声が響く。
そこには柔和な顔の青い目をした神父が居た。
月明かりを透かすステンドグラスが幻想的な光を放つ。
昔の人々はこの光景を見て神の存在を想像していたのだろう。
その下に、教会に似つかわしくないものが鎮座していた。
太った男だった。
異常はそこら中にあった。
その体は椅子に数々の鋲で打ち付けられている。
腹は開かれ、内蔵が覗いてひくひくと動いている。
腕は背後に回された状態で裂かれ、ワイヤーで吊るされ羽根のように広げられている。
目は何らかの器具で強制的に見開かされている。
まるで新たな現代アート、新種の生物の剥製、若しくは標本の様な有様。
男はまだ生きていた。
目は渇き涙は流れない、涎は止めどなく流れているが喉は渇き切っている。
「―――――」
男が声にならない声を出した。
神父は柔和な笑みを深める。
「ええ、貴方は起こったことを全て話しました。これは貴方を許すための贖罪です」
そう言って、ピンと鋲を弾く。
苦悶の声が響いた。
「貴方は罪を犯しました」
心底残念そうに、それでいてその表情は全く似つかわしくない。
「我らが愛を独占しようとし、連れ出した」
「それだけならばまだしも、果実を持ち出し、更には我らが愛を失う始末」
腹の中に手をやり、優しくかき混ぜ始める。
「貴方があの少年のように優しい心を、他人を思いやる心を持っていれば良かったのですが…」
苦悶の声にも神父は手を止めない。
「苦しいでしょう、でも大丈夫です」
神父は笑みを深めた。
「人はこの程度で死ぬ事はないのです」
「貴方もその"目"で、その"耳"で、その"手"で、存知上げているはずです」
神父は空いている手で懐中時計を取り出し、男の目の前に見せつけるかのように吊るす。
男の耳元で囁いた。
「贖罪は我らが愛が見つかるまで続きます。時が再び動き始めるその日に、神の慈悲を頂ける事を願いましょう」
神父の名は、シマハラと言った。




