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近衛騎士キーラ(分割版)  作者: さいらす


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3/4

3、合図

 一年が過ぎた。


 キーラは近衛騎士見習いとして、ソフィアの居室のすぐ隣に部屋をもらった。


 最初のころは、恐れ多くて敬語の一言も間違えられなかった。それがいつからか、夜になるとソフィアの寝台に並んで座り、内緒で焼き菓子を分け合うようになっていた。


「キーラ、キーラ。このお菓子、リーンのお店のなんですよ。おじいさまが送ってくださったんです」


「ソフィアさま。寝る前に召し上がると、また侍女長に叱られます」


「……半分こなら、いいと思います」


「その理屈はどうかと思いますが」


 言いながら、キーラは受け取ってしまう。


 夜着のソフィアの金髪をすいてやり、他愛のない話をして、灯りを消す。眠るまでの短い時間が、キーラはたまらなく好きだった。


(お姫さま、というより)


(なんだか、妹みたい)


 だが、その一年で、キーラは別のことも知った。


 ソフィアは毎朝、日が昇る前から神聖術の修練を課されていた。絹のドレスを脱ぎ、ぶかぶかの紺色のローブに着替えて、大人の術士たちに取り囲まれる。六歳の子供が幾度も術を編む。指が震え、唇が白くなっても、誰も止めない。


 倒れたところをキーラが抱き起こすと、大人たちはこう言うのだ。


「さすがはトロワール大公閣下の孫姫」


「さすがは金髪紅眼にお生まれになったお方」


(倒れた子供に、拍手をするのか……)


 あるとき、キーラはこらえられずに聞いた。


「ソフィアさま。どうして、そこまでなさるのですか?」


 ソフィアは寝台の上で膝を抱えた。


「紅い目に生まれただけで、みんな、わたしをとても大事にしてくれます。それはとても、ありがたいことです。でも……」


 しばらく黙ってから、小さな声で続けた。


「わたしが間違えると、みんなの顔が変わるんです」


 その先を、ソフィアは言わなかった。


 言わなくても、キーラにはわかった。


 自分の口から出るすべての言葉が、いつも誰かに採点されている。


 常に満点を求められている――。


 シスレート公爵家は七支族と呼ばれる、ガリウス王家の分家のひとつだ。


 ガリウス王国は魔王を倒した勇者ガリウスの建てた国。その子孫、特に紅眼の者は勇者候補として、生まれたときから周囲の大きな期待を背負う。


 もし、勇者に選ばれなかったとしても、紅眼に生まれた七支族の娘は、王の妃か側室になることが決まっている。ソフィア自身が選べることなど、なにひとつない。


(ああ)


(だから、この方は言葉を噛むのか)


 周囲の期待に応えられないことが、怖いのだ。


「ソフィアさま」


 キーラは寝台の脇に膝をついて、視線の高さを合わせた。


「これから、私が額を押さえたら、それは合図です」


「合図……?」


「『大丈夫です』の合図です。噛んでも構いません、という意味です」


 ソフィアの真紅の瞳が、まん丸になった。


「……あきれている、のではなくて?」


「あきれてなど、おりません」


 ソフィアはうつむいて、それから両手で顔を覆った。


 小さな肩が震えていた。


 この一年で、キーラがはじめて見た、ソフィアの涙だった。


◇


 七支族のひとつ、キャスタル公爵家一行がシスレートを訪れたのは、その年の秋のことだ。


 公爵の長女は、ヴァレリアといった。豊かな金髪を背に流し、腰には子供用とは思えないあつらえの剣を下げている。八歳、キーラと同じ年だったが、剣術士ランクは3。ランク2のキーラよりひとつ上だった。


 中庭にお茶が用意され、大人たちが席を外した、そのときだった。


「ねえ、ソフィア」


 ヴァレリアが菓子をつまみながら言った。


「お父さまが言ってたわ。あんたは目が紅いから、大人になったら王さまのところへ行くんですってね。いいわね。なんにもしなくてもいいんだもの」


 ソフィアの手から、菓子が落ちた。


「あたしなんて、どんなに剣の修行をしたって、勇者にもなれない。目が碧いってだけで」


 子供の口から出た言葉だった。どこかで大人が言ったことを、そのまま繰り返しているだけの。


 だが、それがソフィアの心を傷つける刃だと、キーラは知っていた。


「ヴァレリアさま」


 気づいたときには、前に出ていた。


「お言葉が過ぎます」


 ヴァレリアの碧眼が、すっとキーラに向いた。


「なによ、あんた。近衛騎士見習いのくせに」


「ソフィアさまに謝ってください……」


「あんたのことも聞いたわ。魔獣ばっかり追いかけてる田舎者。……辺境の騎士の娘でしょう。弱いくせに、生意気ね」


 ヴァレリアは椅子を蹴って立ち上がった。


「じゃあ、勝負しなさいよ。あんたが勝ったら、謝ってあげる」


ChatGPTに挿絵を描いてもらいました!


挿絵(By みてみん)

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本編も連載中です! 四百年前――魔王を倒したまま姿を消し、伝説となった勇者がいた。人々は彼を"帰らずの勇者"と呼んだ。
『記憶喪失勇者』はこちら
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