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パピニー  作者: 藤苺めぇ


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11/13

触れられる側

地下施設の最深部は、これまでのどの空間よりも整っていた。壁は均一な白で覆われ、継ぎ目はほとんど見えない。床は光を反射し、足音は吸収されるように消える。温度も湿度も一定に保たれ、外界の影響を完全に遮断している。


その中心に、透明な容器があった。


円筒形のそれは、内部に淡い液体を満たしている。完全な水ではない。わずかに粘度があり、光の反射が遅れる。その中に、小さな影が浮かんでいた。


ベビーパピニーだった。


体はゆっくりと揺れ、呼吸のようなリズムを刻んでいる。目は閉じているが、完全に眠っているわけではない。時折、指先がわずかに動く。その動きが、かろうじて「生きている」とわかる唯一の証だった。


「反応、安定しています」


白衣の男がモニターを見ながら言う。


「外部刺激に対する抵抗は低い。分離個体としては理想的です」


別の男が頷く。


「本体からの独立性は?」


「現在のところ、干渉は確認されていません。ただし――」


言葉が一瞬止まる。


「完全な切断ではない可能性があります」


「曖昧だな」


低い声が返る。


「つまり、繋がっているのか、いないのか」


「……断定はできません」


モニターには波形が表示されている。規則性のない揺らぎ。それが時折、一定のリズムに近づく。


「だが、応答はある」


男はそう言い切る。


「刺激を与えれば、必ず変化する」


その言葉と同時に、装置の一部が動く。容器の内部に、微弱な光が走る。直接的な刺激ではない。ただの確認。


それでも、ベビーパピニーの体がわずかに揺れる。


「……反応」


「記録しろ」


淡々としたやり取りが続く。


誰も、その存在を“子ども”として見ていない。


ただの対象。


ただの材料。


それだけだった。


そのとき、ベビーパピニーの指が動く。


ゆっくりと。


何かを掴むように。


だが、そこには何もない。


「……?」


一人の男がモニターを覗き込む。


「今の動き、記録されているか」


「はい。無意識の運動と思われます」


「……いや」


男は首を振る。


「違うな」


わずかな沈黙。


「これは、“探している”動きだ」


その言葉に、空気がほんの少しだけ変わる。


「……何を?」


誰かが問う。


答えは出ない。


だが、全員が同じものを想像していた。


その頃、地上では音が増えていた。破壊音、衝突音、そして風を裂くような圧。空気が震え、地面がわずかに揺れる。


少女はその中心に立っていた。


呼吸は荒い。


視界は揺れている。


それでも、前を見ている。


「……返せ」


声は低い。


「返せって言ってんだろ」


粒が周囲を取り巻く。数はさらに増えている。形も安定し、以前よりもまとまりを持っている。だが、それでも完全ではない。


対して、人間側の装置は正確だった。


光が走る。


粒が削れる。


確実に。


「……くそ」


少女の歯が鳴る。


「消すなよ」


一歩、踏み出す。


怖い。


近づくのが怖い。


触れられるのが怖い。


それでも止まらない。


「……あいつ、いるんだろ」


声が震える。


「中に」


誰に向けた言葉でもない。


それでも、はっきりとした確信がある。


「……泣いてんだろ」


その想像が、胸を締め付ける。


「……一人で」


少女の呼吸が崩れる。


「……やだ」


小さく漏れる。


「それ、やだ」


足が止まりそうになる。


怖さが戻る。


体が拒否する。


それでも――


ベビーパピニーの手を思い出す。


あの、掴んで離さなかった感触。


「……俺が行く」


言葉にする。


「俺が、行く」


それは決意だった。


少女の周囲の粒が変わる。揺れ方が変わる。これまでよりも密度が増し、重さを持つ。


空気が歪む。


地面が軋む。


「……どけ」


少女が言う。


「邪魔すんな」


その瞬間、粒が一斉に広がる。押し出すように、前へ。


人間側が一瞬、動きを止める。


「……出力上昇」


無線が走る。


「対象の変化を確認」


少女は止まらない。


進む。


一歩ずつ。


確実に。


「……返せ」


その言葉は、今までで一番静かだった。


だが、一番強かった。


地下では、ベビーパピニーの指がもう一度動く。


今度は、はっきりと。


何かを掴むように。


そして――


わずかに、笑う。


誰も、それに気づかない。


だが、確かに繋がっているものがあった。

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