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私は立ち上がり、名刺を懐にしまった。結衣はまだ机に伏せていた。肩の震えはすでに収まっていたが、全身から力が抜けきっているようだった。
「行こう」私は上着を腕に掛け、声をひそめた。「家まで送る」
彼女は顔を上げた。目の縁は赤く、まつ毛の黒が下瞼にわずかに滲んでいる——こんなみっともなさは、彼女には珍しい。何も言わず、鞄を掴んで私の後を追った。
車の中、彼女は助手席に身を縮めて座っていた。私は暖房の温度を上げ、上着を差し出した。
彼女はそれを受け取り、肩に掛けた。ありがとう、とは言わなかった。
車が駐車場を出た時、背後写し鏡に佐藤が通りの向かいの停留所の標識の下に立っているのが映った。彼は乗合い車を待っているのではない——ただ立ち尽くし、この車が去って行くのを見つめていた。その影は午後の日差しに長く引き伸ばされ、移植に失敗して枯れかけている木のようだった。
私は何も言わなかった。結衣も振り返らなかった。
車内の沈黙は、佐々木家の旧屋敷の門前まで続いた。彼女が安全帯を外そうとする時、手が震えていて、何度も押してようやく外れた。
「着いたよ」私は言った。
彼女は扉を押し開け、一瞬ためらい、振り返って私を見た。
「小林……今日のことは——」
「今日は何もなかった」私は遮った。その口調はまるで天気の話をするかのように淡々としていた。「疲れたでしょう、上がって休みなさい」
彼女の唇が微かに動いたが、結局何も言わず、車を降りた。
私は彼女の背中が玄関に消えるまで見送った。高い靴が石畳を踏む音は、一歩ごとに何かを測るかのようだった。
彼女の姿が完全に見えなくなってから、私は車を発進させた。
携帯電話が鳴る。秘書からの報せだった。
「佐藤は喫茶店を出た後、歩いて四十分かけて住処へ戻りました。途中の店で水を一本購入し、公園の腰掛けに一時間座っていました。その間、電話もなく、誰かに会った様子もありません。現在は在宅です」
電話もない。誰にも会わない。公園に座って一時間、ぼんやり過ごす。
この男は、私が思っていたよりも手ごわい。怒りをあらわにする者、しつこく絡んでくる者には、必ず弱点がある。だが、ただ静かに座っているだけの者——その手の内は深く見えない。彼は私を恐れていない。
私は返事を打った。「引き続き見張れ。誰に会うか、どこへ行くか、何を話すか、すべて記録しろ」
携帯を置く間もなく、また震えた。今度は見知らぬ番号だ。
私は通話を開いた。
「小林様」佐藤の声だった。昼間の喫茶店で聞いた時よりも、低く沈んでいる。「あの仕事のことですが、詳しい内容をお聞きしたい」
私は指で操縦輪を軽く二度叩いた。
「気が変わったのか?」
「より良い仕事が必要だ」彼の声には一切の感情の揺れがなかった。まるで自分とは無関係の事実を述べているかのようだ。「ただ、はっきりさせておきたい。あんたが提示した条件だから受けるわけではない」
「分かっている」
電話の向こうで、数秒の沈黙があった。
「もう一つ」彼が言った。「結衣さんは今日……言い終えなかった言葉がある。その答えを知りたい」
「彼女に尋ねるべきだ」
「彼女は私の報せに返事をくれない」
私は車を道端に停め、窓の外の川面を眺めた。
「佐藤」私の声は穏やかだった。「君は聡明な男だ。分かるだろう、彼女の今日のあの言葉——『約束したことは違えたりはしない』——それは今の君が得られるすべてだということが」
電話の向こうは長く静まり返った。もう切れたかと思うほどだった。
「そうか」ようやく彼が口を開いた。「彼女は選んだのだな」
「彼女は選んでいない」私は言った。「そこが問題だ」
通話を切った後、私は車の中で長く座っていた。
川の向こうの書き物楼に灯りがともる。その中の一つの窓が、結衣の執務室だ。彼女は今夜、そこへは行かないだろう。
携帯がまた震えた。秘書からの報せだ。
「佐藤、外出しました。歩いている方向は——佐々木会社の本社に向かっています」
私の親指が画面の上で止まった。
この時間帯、佐々木会社の本社にいるのは警備員だけだ。彼がそこへ行くのは、誰かに会うためではない。
一目見るためだ。
自分には手の届かない世界を、二度と戻れない場所を、一目見るために。
そのあとは? そのあとは帰っていく。月八百円の地下室に戻り、これまでの日々を続けるのだろう。
このような男は、私の敵になるはずがない。私の盤上にすら乗るべきではない。
だが、彼はそこにいる。
そして私の婚約者は、今日、沈黙で佐藤の問いに答え、沈黙で私の問いに答え、沈黙で全ての衝撃を飲み込んだ。
はっきりしたのか? 彼女が車の中で過ごした四十分の沈黙の間に、何もはっきりしてはいなかった。
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翌朝、執事が門で私を待っていた。
「小林様、佐々木のおじい様がお呼びです」
佐々木家の旧屋敷の最も奥まった庭園は、おじい様の縄張りだ。私が着いた時、彼は金弹子の鉢植えの枝を整えていた。鋏は確かな手つきで、少しも震えていない。
「座れ」彼は顔も上げずに、傍らの石の腰掛けを指さした。
私は腰を下ろした。彼は枝を切り続ける。
「昨日のことは、聞いたぞ」おじい様は鋏を置き、手拭いで手を拭いた。「結衣のあの子、泣いたか?」
情報は早い。
「長くは泣きませんでした」
「ふん」彼は腰を下ろし、茶碗を手に取った。「あの子は小さい頃からそうだ。考え込むことがあると泣く。泣き終わっても、やっぱり考え込んだまま」
彼は茶を一口含み、庭の花々を眺めた。
「佐藤のあの小僧、会ったことがある。小さい頃、何度か家に来ていた。礼儀正しく、卑下もせず傲慢もせず、いい子だった」彼は一呼吸置いた。「あの子の祖父には、昔世話になった。金のことじゃない。義理だ」
私は彼の続きを待った。
「小林、お前は聡明な男だ」おじい様が私を見た。その目は刃のように鋭い。「結衣は今、どちらを選ぶべきだと思う?」
この問いが、佐々木家の大黒柱の口から出たとなると、重みがまったく違う。
「彼女は選ぶ必要はありません」私は言った。「自分が何を望むのか、はっきりさせればそれでいい」
おじい様は一瞬きょとんとして、それから笑った。その笑いはごくかすかで、風が枯れ葉を揺らすようだった。
「お前は、葵のやり方よりもよほどまともだ」彼は立ち上がり、私の肩を軽く叩いた。「さあ、行け。やるべきことをやれ。あの子のことだ、自分で揉ませておけ」
庭を出る時、一通の報せが届いた。
結衣からだった。
「小林、しばらく一人で過ごさせてほしい。会社のことは、悪いけど見ていてくれる?」
三日間。もしかするとそれ以上。彼女はその問いに答えるために、この時間を使うのだろう。
そして佐藤は、昨夜、佐々木会社の本社の下に十五分間立っていた。その後、立ち去った。




