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浮気調査から始まる商業帝国築き上げた件について  作者: 白鼠


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私は秘書に伊藤の予定を調べさせた。返事はすぐに来た。彼は今日の午後、予定はなく、いつもの会場で夕方まで過ごすとのことだった。私は彼の番号を押した。三声で、出た。


「伊藤副社長、私、小林です。今夜、お時間はございませんか? お食事をご一緒させていただきたく」


電話の向こうで二秒の静けさ。「小林様、ご丁寧に。どちらへ?」


「お任せします」


「いつもの場所で。七時に」


電話を切った後、私は背もたれに寄りかかった。彼はなぜとは問わず、断りもせず、迷いもなかった。この種の人間は時間を無駄にしない。何故なら、一分一秒がお金の数字に換算できることを知っているからだ。


夕刻六時半、私は伊藤の言うその会場に着いた。旧市街の目立たない路地にあり、入り口には看板もなく、ただ二つの灯籠が掛かっているだけだった。給仕が私を中へ案内し、長い廊下を通り抜けると、両側には枯山水の庭園が広がっていた。個室は広くなく、机一脚、椅子二脚。壁には一幅の書が掛かっていた——「水は先を争わず」。私は腰を下ろし、その書を見つめて、口元が微かに動いた。先を争わない、しかし争うのは絶え間なく流れることだ。


七時ちょうど、伊藤が扉を押し入ってきた。五十半ば、髪はきちんと整えられ、濃い灰色の遊び着を着て、首飾りは締めていない。彼は私と握手した。掌は柔らかく、力加減は程よく、契約書を握るようだった。


「小林様、お待たせしました」


「私も着いたばかりです。伊藤副社長、どうぞお掛けください」


彼は腰を下ろし、給仕が料理を運び始めた。品数は多くないが、どれも非常に精緻だった。彼は急いで本題に入らず、まず茶の話をし、天気の話をし、最近の市場の話をした。私もそれに合わせて話し、急がなかった。酒が何巡か過ぎ、彼は箸を置き、私を見た。


「小林様、本日私をお呼びになったのは、食事のためではありますまい?」


「いいえ」私も箸を置いた。「伊藤副社長、監査の件、ご存じのことと思いますが」


「ああ。吉田副社長から聞いている」彼は杯を手に取り、一口含んだ。「あなたは動きが早い」


「早くしなければなりません。旧市街再開発の事業の帳簿が曖昧なら、いずれ問題になります。誰かに調べられるのを待つより、自分たちで先に清めるべきです」私は彼を見た。「伊藤副社長、本日伺いましたのは、一つお尋ねしたいことがあるからです」


「言ってみろ」


「三年前の浜川の事業で、渉外費用が一件ありました。木下さんの帳簿を通ったものです。二百万。この金はどこへ行ったのか、ご存じですか?」


彼の指が杯の縁で一瞬止まった。微かだが、私には見えた。彼は杯を置き、背もたれに寄りかかり、私を見た。その目は非常に冴えていて、算盤の玉のように素早く弾かれていた。


「木下さんはあなたに何と言った?」


「彼女は、この金は自分が使ったものではないと言っていました。認可文書はあなたが署名されたものだと」


彼はしばらく沈黙した。そして笑った。その笑みはごく淡く、水面に浮かぶ油の膜のようだった。「小林様、私を調べているのか?」


「状況を把握しているだけです」私は彼を見た。「伊藤副社長、監査が入れば、この帳簿は明らかになります。明らかになれば、誰にとっても良いことはありません」


「それで?」


「それで私は先にあなたのところに参りました。この金がどういうものか、教えていただきたい。私が処理できるものは私が処理します。処理できないものは、一緒に考えましょう」


彼は長いこと私を見つめた。給仕が料理を追加しようと入って来たが、彼の一瞥で追い返されるほどに。


「小林様」ようやく彼が口を開いた。「あなたは吉田より賢い。彼は金の取り方は知っていても、収拾の付け方は知らない」彼は杯を手に取り、残りの酒を一気に飲み干した。「あの二百万は、おじい様の盤に入った。浜川の事業の渉外費用は、全ておじい様の伝手を通っている。認可文書は私が署名し、金は私が送金したが、使ったのは私ではない」


私は彼の続きを待った。


「おじい様は毎年二千万の枠を持っている。佐々木資本を通して動かしている。一部は松本美月に、一部は事業に使われる。浜川の事業の二百万は、その二千万の中の一件だ」彼は杯を置いた。「あなたが旧市街再開発の事業を調べても、私のところには辿り着かない。佐々木資本を調べて初めて、私のところに辿り着く。だがあなたは佐々木資本を調べないだろう?」


最後のこの言葉は問いではなかった。彼は私の一線を確かめている。彼は私がおじい様の盤に手を出さないことを知っている。だから私は佐々木資本を調べない。私が佐々木資本を調べなければ、彼のところには辿り着かない。私が彼を調べない——これが彼の一線だ。


「伊藤副社長」私は口を開いた。「私が調べるのは旧市街再開発の事業だけです。佐々木資本のことは、触れません。しかし旧市街再開発の事業の中で、佐々木資本に関わる帳簿については、どのように処理すべきか、教えていただく必要があります」


「どう処理する?」


「おじい様のものはどれか、教えてください。私が別にまとめ、監査報告書には入れません。仕組みにも入れず、控えも残しません」


彼は長いこと私を見つめた。そして笑った。今度は本当に笑った。目に光があった。「お前はおじい様の帳簿を洗っているのだな」


「私は全ての者の帳簿を洗っているのです」私は彼を見た。「伊藤副社長、旧市街再開発の事業の帳簿が清まれば、佐々木の会社は清らかになり、おじい様も安心し、あなたも怖い思いをしなくて済む。この取引、あなたは損をしません」


彼は長く沈黙した。そして袂から名刺を取り出し、裏に数行書き込んで、私に押し出した。「これが浜川の事業の中の、佐々木資本に関わる帳簿だ。全部で三件、合わせて六百万。監査の時は、この三件には触れるな。その他は、好きに調べろ」


私は名刺を手に取り、一瞥した。三件の帳簿、六百万。いずれも日付と金額が記されている。私はそれを袂にしまった。


「伊藤副社長、もう一つ」


「何だ?」


「木下さんのことです。この帳簿は彼女が背負うものではありません。監査の時、彼女を無事に通してやっていただきたい」


彼は一瞬呆けた。そして笑った。「彼女を守るのか?」


「私は全ての者を守るのです」私は彼を見た。「伊藤副社長、この網の中の誰もが、そこから出たいと思っている。あなたは出たくないのですか?」


彼は答えなかった。立ち上がり、窓辺へ歩いていき、窓を押し開けた。外は庭園だった。枯山水の石の上に数枚の葉が落ちている。風が吹き、葉が微かに動いた。


「小林様」彼は背を向けたまま言った。「私は佐々木の会社に二十年いる。おじい様のためにどれだけの金を動かしてきたか分からない。私は出られない。この網は私の命だ。出れば、私は何者でもない」


私は立ち上がり、彼の傍らに歩み寄った。「伊藤副社長、あなたは出られなくとも、網を替えることはできる。私の網に」


彼は振り返り、私を見た。その目には驚きと警戒、そしてとても深い疲れがあった。


「お前の網だと?」


「そうです。私の網です。あなたは私が旧市街再開発の事業の帳簿を明らかにするのを助けてください。私はあなたの佐々木の会社での立場を守ります。おじい様のことは、私が防ぎます。監査のことは、私が処理します。あなたは出る必要はない。ただ主人を替えればいい」


彼は長いこと私を見つめた。庭園の灯りがつき、橙色の光が石の上を照らし、影を長く伸ばすほどに。


「お前はおじい様よりも冷酷だ」ようやく彼が口を開いた。「おじい様は金で人を縛る。お前は希望で人を縛る」


「伊藤副社長、お受けいただけますか?」


彼はしばらく沈黙した。そして手を差し出した。「取引成立」


私は彼の手を握った。今回は四秒。吉田の時より一秒長かった。


会場を出る時、空はもう暗くなっていた。路地の灯籠が灯り、橙色の光が青石の道に降り注いでいる。私は入り口に立ち、煙草に火をつけた。携帯が震えた。木下からの報せだった。「副社長、伊藤副社長から先ほど電話がありました。監査のことは心配しなくていいと。ありがとうございます」


私は「うん」と返した。そして吉田の会話画面を開き、一行打ち込んだ。「伊藤副社長とは話がつきました。あなたの資源は、いつお渡しいただけますか?」そして送信した。


彼は瞬時に返した。「明日。午前十時、私の執務室で」


私は画面を閉じ、煙草を吸い終えた。伊藤が網に入った。吉田が資源を渡そうとしている。おじい様の六百万は隔離された。木下は守られた。この網を、私は引き継ぎ始めた。


しかし私は知っている。最も難しいのはまだ始まっていない。佐藤。おじい様の一線の中にある者。私が彼に手を出さなければ、おじい様は私に手を出さない。私が手を出せば、彼は動く。しかし佐藤は石ではない。彼は生きている。彼は動き、歩き、選ぶ。私は彼を制御できない。ただ見ていることしかできない。


私は佐藤がこの盤上でどのような役割を果たそうとしているのかを理解しなければならない。彼の選択が、おじい様が旧市街再開発の事業の監査に干渉するかどうかに影響する。


彼の私への影響は、あまりに大きい。


携帯がまた震えた。佐藤からの報せだった。私は画面に映る名前を見つめ、長く開かなかった。

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