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役立たずの道案内人、追放されたので誰も行けない場所を目指します  作者: ナナメ横


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4/5

剣士と案内人

「私も、その道へ連れて行って」


 赤い髪の女剣士――セラ・ヴァレンティアは、まっすぐ俺を見つめてそう言った。


 ついさっきまで黒い魔獣と戦っていたとは思えないほど、その声は落ち着いていた。


 けれど、青い瞳には強い意志が宿っている。


「……えっと」


 俺は返事に迷った。


 セラは命の恩人だ。


 彼女が駆けつけてくれなければ、俺もニナも無事では済まなかっただろう。


 それに、あの魔獣を倒せたのは、俺とセラが協力できたからだ。


 正直、一緒に来てくれるなら心強い。


 だけど。


「どうして、あの道へ行きたいんですか?」


 俺が尋ねると、セラの表情がわずかに変わった。


「……理由が必要?」


「はい」


「さっき助けたのに?」


「それは、本当に感謝しています。でも……」


 俺はニナを見た。


 少女はまだ俺の服の裾を握っている。


「この子を、無事に家へ帰したいんです」


 セラは黙って俺の話を聞いていた。


「道の先に何があるか分かりません。さっきみたいな魔獣が、また出るかもしれない。だから、目的が違う人と一緒に進んで、途中で危険なことになったら困るんです」


 言い終えてから、少し後悔した。


 せっかく助けてくれた相手に、ずいぶん失礼なことを言ってしまった気がする。


「……ごめんなさい」


 俺は慌てて頭を下げた。


「そんな言い方をするつもりじゃ……」


「謝らなくていいわ」


 セラが言った。


「むしろ、安心した」


「……え?」


「あなた、あの子を守るために考えてるのね」


 彼女はニナに視線を向けた。


「私がどれだけ強くても、知らない相手を簡単には信用しない。それは正しい判断だと思う」


 そして、少しだけ笑った。


「さっきの戦いを見て、あなたは危なっかしい人だと思ったけど」


「……はい」


「ちゃんと考えるところは考えるのね」


 ……それ、褒められてるんだろうか。


「じゃあ、私も正直に話すわ」


 セラは近くの倒木に腰を下ろした。


 剣を鞘《さや》に収め、腰の小さな袋から銀色の護符《ごふ》を取り出す。


 丸い銀板に、一本の細い道のような模様が刻まれていた。


 ずいぶん使い込まれているらしく、縁は擦り減っている。


「これね、弟のものなの」


「弟さん?」


「ユリウスっていうの。私より六つ年下の、ちょっと泣き虫な子」


 セラは護符を親指でなぞった。


「でも、誰かが困っていると、必ず助けようとする子だった」


 その声は優しかった。


 さっき魔獣を斬った人と同じとは思えないほどに。


「六年前、弟と一緒に旅をしていたとき、道が消える事故に巻き込まれたの」


 俺は息を呑んだ。


「……道が消えた?」


「ええ。昨日までそこにあった橋も、街道も、突然見えなくなった」


 セラの指が、護符を握りしめた。


「私たちは逃げた。でも、霧が濃くて……前も後ろも分からなくなって」


 彼女はそこで言葉を切った。


 風が木々を揺らす。


 少し長い沈黙があった。


「気がついたとき、弟がいなくなっていた」


「……」


「何度も探した。冒険者ギルドにも頼んだし、王国の調査員にも話を聞いた。でも、誰も見つけられなかった」


 セラは小さく笑った。


 けれど、その笑顔は悲しそうだった。


「たぶん、死んでるんだろうって言われたわ」


 その言葉に、俺は胸が痛くなった。


 十年前。


 母さんが帰ってこなくなったとき、俺も似たようなことを言われた。


『もう諦めたほうがいい』


『生きている可能性は低い』


 みんな、俺を心配してくれていたのだと思う。


 でも。


 諦めることと、納得することは違う。


 俺は今でも、母さんを探したいと思っている。


「……それで、消えた道を調べてるんですね」


 俺が尋ねると、セラはうなずいた。


「そう。もし弟が道の向こうへ行ったのなら、私もそこへ行きたい」


 そして、俺の目を見た。


「あなたは、誰にも見えない道が見えるんでしょう?」


「……はい」


「だったら、私が六年間探しても見つけられなかった場所に、たどり着けるかもしれない」


 その声は、真剣だった。


「お願い。力を貸してほしいの」


 俺は返事ができなかった。


 この人も、誰かの帰りを待っているんだ。


 いや。


 ただ待っているだけじゃない。


 自分の足で探しに行こうとしている。


 俺と同じように。


     ◇


「……ルカお兄ちゃん」


 ニナが、そっと俺の袖を引いた。


「ん?」


「セラお姉ちゃんも、一緒じゃだめ?」


「ニナ?」


 少女はセラを見つめた。


「だって、セラお姉ちゃんも、会いたい人がいるんでしょ?」


 セラが目を見開く。


 ニナは、少し恥ずかしそうに続けた。


「私も、お父さんとお母さんに会いたいもん。だから、気持ち分かるよ」


「……ニナ」


「それに、セラお姉ちゃん、すごく強いし!」


 ニナは両手を大きく広げた。


「さっき、しゅばーって魔物を倒したもん!」


「しゅばーって?」


 セラが思わず笑う。


「そんな感じだった?」


「うん! すっごく格好よかった!」


「……そ、そう?」


 意外にも、セラは少し照れたようだった。


 その姿を見て、俺も笑ってしまった。


 だけど。


 ニナが望んだからといって、すべて任せていいわけじゃない。


 俺はセラへ向き直った。


「……セラさん」


「セラでいいわよ。そんなにかしこまらなくても」


「じゃあ、セラ」


「うん」


「一緒に来てもらえるなら、本当に助かります。でも、条件があります」


「条件?」


「ニナの安全を最優先にしてほしいんです」


 セラは黙って聞いていた。


「もし弟さんの手がかりが見つかっても、この子を危険にさらすようなことはしないでほしい」


 言いながら、少し怖くなった。


 相手は、あの魔獣を倒した腕利きの剣士だ。


 俺なんかより、ずっと頼りになる。


 それなのに、偉そうに条件を出している。


 けれど、ここだけは譲れなかった。


「……分かったわ」


 セラは静かに答えた。


「ニナを危険にさらすようなことはしない」


 そして、少しだけ目を細めた。


「でも、私からも一つ条件がある」


「……何ですか?」


「あなたも、自分の命を大切にすること」


 思わず、きょとんとした。


「……俺?」


「そう。あなたよ」


 セラは俺の額を指で軽く小突いた。


「さっき、魔獣が襲ってきたとき、あなた、ニナを守るために一人で死ぬつもりだったでしょ?」


「……え?」


「分かるわよ。あんな顔してたら」


 俺は何も言えなかった。


 確かに。


 あのときは、ニナさえ助かればいいと思っていた。


 自分がどうなっても構わないと。


「それ、やめて」


 セラの声が、少し強くなった。


「守りたい人がいるのは分かる。でも、自分が死んでもいいなんて考え方は、好きじゃない」


「……でも」


「でも、じゃない」


 セラはまっすぐ俺を見た。


「あなたがいなくなったら、この子はどうするの?」


 その言葉に、俺はニナを見た。


 少女は不安そうに、俺の手を握っていた。


「……ルカお兄ちゃん、いなくなるの?」


「……っ」


 胸が痛んだ。


 俺は、また同じ間違いをしようとしていた。


 誰かを助けるためなら、自分のことなんてどうでもいい。


 そう思っていた。


 でも。


 助けられる側の人にとって、それは本当に嬉しいことなんだろうか。


「……ごめん、ニナ」


 俺はしゃがんで、少女の目を見た。


「勝手にいなくなったりしないよ」


「……ほんと?」


「うん。ちゃんと、一緒に帰ろう」


 ニナは、ようやく笑った。


「約束だよ!」


「約束」


 セラが、満足そうにうなずいた。


「よし。じゃあ、交渉成立ね」


 彼女は手を差し出してきた。


 俺は、その手を握った。


「よろしく、セラ」


「こちらこそ、ルカ」


 こうして俺たちは、正式に一緒に行動することになった。


     ◇


 問題は、目の前にある崩れた橋だった。


「……で、どうやって渡るの?」


 セラが腕を組んだ。


 俺たちの前には、古い石橋の残骸《ざんがい》がある。


 橋の両端は残っているものの、中央部分が大きく崩れていた。


 谷底は深い霧に隠れ、どれほどの高さがあるのか分からない。


「……飛び越えるとか?」


 俺が呟くと、セラが即座に首を振った。


「無理。私一人なら可能性はあるけど、ニナを抱えては危険すぎる」


「……ですよね」


「それに、向こう側の足場がちゃんと残ってるかも分からないし」


 俺はうなずいた。


 そのとおりだ。


 橋の向こうには、青白い道の輪郭が見えている。


 けれど、途中が途切れている。


 あそこへ飛び移ったとしても、安全に着地できる保証はない。


 なら、別の道を探すしかない。


 俺は地図を広げた。


 ロイさんからもらった百年前の地図。


 橋の周辺を確認する。


「……あれ?」


 少し気になるものがあった。


 橋の南側。


 小さな点線が、谷の斜面《しゃめん》に沿って描かれている。


「……これは?」


 俺は地図を近づけた。


 点線の先には、小さな記号。


 古い街道の補助道を示す印だった。


「どうしたの?」


 セラが覗き込む。


「昔、この橋を使わずに谷を渡る道があったみたいなんです」


「……本当?」


「はい。でも、今の地図には載ってない」


 俺は周囲を見回した。


 崩れた石橋。


 苔むした岩壁。


 霧に覆われた谷。


 そして。


 ……見えた。


 谷の右側。


 草木に隠れた岩壁の途中に、かすかな石畳が続いている。


「あった……!」


 俺は思わず声を上げた。


 セラが顔を上げる。


「何が?」


「別の道です!」


 俺は岩壁を指さした。


「あそこ! 古い道が残ってる!」


 セラは目を細めた。


「……何も見えないけど」


「俺には見えるんです」


 セラは少しだけ笑った。


「そうだったわね」


 そして、剣の柄に手を置いた。


「じゃあ、案内して」


 その言葉に、俺は胸が温かくなった。


 昨日までの仲間たちは、俺の見える道を信じてくれていた。


 けれど、最後には戦えないという理由でパーティーを外された。


 俺はずっと、自分の力が足りないのだと思っていた。


 でも。


 この人は、俺の力を必要としてくれている。


 戦う力ではなく、道を見つける力を。


「……任せてください」


 俺は、少しだけ胸を張って答えた。


     ◇


 補助道《ほじょどう》の入り口は、橋の右側にあった。


 岩壁に沿って細く続く、古い石段だ。


 普通の人には、崩れた岩と草木にしか見えないだろう。


 けれど、俺が近づくと、石畳の輪郭がはっきりしてきた。


「……ここです」


 俺は足を踏み出した。


 靴底に、硬い石の感触が返ってくる。


「セラ、俺の近くに来てください」


「分かった」


 セラが一歩近づく。


 すると。


「……あっ」


 彼女が小さく声を上げた。


「見えた」


「本当ですか?」


「ええ。さっきと同じ。あなたの近くに来ると、急に道が見えるのね」


 俺はうなずいた。


「ただ、離れすぎると見えなくなることがあります」


「……なるほど」


 セラは足元の石畳を見つめた。


「面白い力ね」


「……面白い、ですか?」


「ええ。すごく」


 あまりにも当然のように言われて、俺は少し戸惑った。


「……変だとは思わないんですか?」


「変?」


「普通の人には見えない道が見えるなんて、気味が悪いとか……」


 セラは、しばらく俺を見つめていた。


 そして。


「……それって、褒め言葉じゃないの?」


「……え?」


「誰にも見えない道が見えるんでしょ?」


 彼女は笑った。


「普通じゃないから、すごいんじゃない」


 俺は何も言えなくなった。


 そんなふうに考えたことはなかった。


 俺の力は、戦いでは役に立たない。


 だから、普通の冒険者には必要とされない。


 そう思っていた。


 けれど。


 もしかしたら。


 この力には、俺が知らない価値があるのかもしれない。


「……ありがとうございます」


 俺が小さく答えると、セラは首をかしげた。


「何でお礼を言うの?」


「……何となくです」


「変なの」


 そう言って、彼女は笑った。


 俺も、つられて笑ってしまった。


「ルカお兄ちゃん!」


 ニナが俺の袖を引く。


「私も見えるよ!」


「うん。ニナは、最初から見えてたね」


「うん!」


 少女は嬉しそうに笑った。


「だって、私のおうちに続く道だもん!」


 その言葉に、セラが少しだけ表情を緩めた。


「……そうね」


 彼女はニナの頭に手を置いた。


「じゃあ、ちゃんと帰らないとね」


「うん!」


 俺たちは、ゆっくりと石段を下り始めた。


     ◇


 道は、想像以上に狭かった。


 片側は岩壁。


 もう片側は深い谷。


 足元の石畳はところどころ欠け、苔で滑りやすくなっている。


「……これは、なかなか怖いわね」


 セラが呟いた。


「さっき魔獣と戦ってた人の台詞とは思えませんね」


「魔獣なら斬れるけど、崖は斬れないでしょ?」


「……確かに」


 妙に納得してしまった。


 ニナが小さく笑う。


「セラお姉ちゃんも、怖いの?」


「そりゃ怖いわよ」


「すごく強いのに?」


「強くても怖いものは怖いの」


 セラは笑った。


「怖くない人が勇敢《ゆうかん》なんじゃないわ。怖くても、ちゃんと考えて動ける人が勇敢なのよ」


 俺は、その言葉を心の中で繰り返した。


 怖くても、ちゃんと考えて動ける人。


 ……俺も、そうなれるだろうか。


 しばらく進むと、道が急に細くなった。


 幅は、せいぜい大人一人分。


 しかも、途中の石畳が大きく欠けている。


「……ここ、危ないですね」


 俺は足を止めた。


 セラが覗き込む。


「うわ……本当に崩れてる」


「俺が先に行って、安全を確かめます」


 そう言って、一歩踏み出そうとした。


 その瞬間。


「待って」


 セラが俺の肩をつかんだ。


「……え?」


「何をするつもり?」


「先に行って、足場を確認しようかと……」


「その足場が崩れたら?」


「……えっと」


「あなた、落ちるわよね?」


 俺は答えに詰まった。


 セラは、呆れたようにため息をついた。


「さっき約束したばかりでしょ」


「……はい」


「自分の命も大切にするって」


「……そうでした」


 セラは少しだけ目を細めた。


「あなた、誰かを助けるとき、自分の危険を数に入れてないでしょ?」


 その言葉が、胸に刺さった。


 確かに。


 俺はいつも、誰かの役に立つことばかり考えていた。


 危険な場所に行くのも。


 無理をするのも。


 それで誰かが助かるなら、仕方ないと思っていた。


 けれど。


 それは、本当に正しいことなんだろうか。


「……ごめんなさい」


 俺が答えると、セラは首を振った。


「謝らなくていいから、別の方法を考えましょ」


「……はい」


 俺は周囲を見回した。


 石畳。


 岩壁。


 古い石柱。


 そして、少し先にある、太い木の根。


「……そうだ」


 俺は鞄からロープを取り出した。


「これを使いましょう」


 俺は岩壁に突き出た丈夫な石の輪にロープを通した。


 昔、道を通る人が手すりを固定していたものらしい。


 軽く引っ張る。


 まだしっかりしている。


「まず、俺が道の位置を確認します。セラはロープを支えてください」


「うん」


「ニナは、俺たちが安全を確認するまで動かないでね」


「分かった!」


 俺は石畳を慎重に見つめた。


 欠けた部分のすぐ下。


 そこには、細い石の出っ張りが残っていた。


 足を置けるかもしれない。


 ただし、ニナ一人では危険だ。


「……セラ」


「何?」


「ここを越えるとき、ニナを支えてもらえますか?」


「もちろん」


 セラが即答した。


「あなたは道を見て。私は二人を支える」


 その言葉に、俺はうなずいた。


「……お願いします」


 そして俺たちは、互いの役割を分けて進んだ。


 俺が足場を示し、セラが安全を確かめる。


 ニナは、俺たちの指示に従ってゆっくり進む。


 一歩。


 また一歩。


 そして。


「……渡れた!」


 ニナが嬉しそうに声を上げた。


 俺たちは、無事に崩れた場所を越えていた。


「やったね、ニナ!」


「うん!」


 ニナは笑った。


 セラも、ほっと息を吐く。


「……よし。これで一つ突破ね」


 俺は、二人を見た。


 不思議な気持ちだった。


 今まで俺は、仲間の足を引っ張らないことばかり考えていた。


 けれど今は。


 俺が道を見つけ、セラが守り、ニナが頑張って歩いている。


 誰か一人だけでは、ここまで来られなかった。


「……こういうの、いいですね」


 思わず呟いた。


「ん?」


 セラが首をかしげる。


「何でもないです」


 俺は笑った。


「もう少し、進みましょう」


     ◇


 それから、しばらく歩いた頃だった。


 森の空気が、急に冷たくなった。


「……?」


 俺は足を止めた。


 何かがおかしい。


 さっきまで見えていた石畳が、妙に薄くなっている。


 青白い光も、弱まっていた。


「……セラ」


「どうしたの?」


「ちょっと、止まってください」


 俺は足元を見つめた。


 石畳の輪郭が、揺れている。


 まるで水面に映った景色のように。


「……何、これ」


 セラも異変に気づいたらしい。


「道が……薄くなってない?」


「……はい」


 俺は胸元の方位磁針を取り出した。


 針は、ゆっくりと回っていた。


 今度は、さっきの魔獣に反応したときとは違う。


 何かを探しているように、左右へ揺れている。


「……まずいな」


 俺は小さく呟いた。


 この道は、普通の道じゃない。


 百年前に消えた道。


 誰も歩けなくなった、失われた街道だ。


 もし、道そのものが不安定になっているのなら。


「……ルカお兄ちゃん?」


 ニナが不安そうに俺を見た。


「どうしたの?」


「……大丈夫」


 そう答えかけて、俺は口を閉じた。


 いや。


 大丈夫だと、簡単に言ってはいけない。


 セラにも、ニナにも。


 今の状況をちゃんと伝えるべきだ。


「……道が、少し不安定になってる」


 俺は正直に答えた。


「このまま進むのは危ないかもしれない」


 ニナの顔が曇った。


「……帰れないの?」


「まだ、そう決まったわけじゃないよ」


 俺は周囲を見回した。


 来た道も薄くなっている。


 戻ることも、簡単ではなさそうだ。


 セラが剣の柄に手を置いた。


「……何かできることは?」


「……少し、考えさせてください」


 俺は目を閉じた。


 道を見る。


 ただ、目の前の石畳を見るんじゃない。


 その先に続く道。


 昔、誰かが歩いた道。


 今は忘れられてしまった道。


 俺には、それが見える。


 そう信じて、もう一度目を開いた。


 すると。


「……あ」


 霧の奥に、一本の細い光が見えた。


 青白い石畳の先。


 まだ道が続いている。


 ただし、その輪郭は途切れ途切れだった。


 まるで、何かが道を消そうとしているように。


「……セラ」


「うん?」


「この先に、まだ道があります」


「……本当?」


「はい。でも、かなり不安定です」


 俺は二人を見た。


「だから、ゆっくり進みましょう。危なくなったら、すぐ止まる」


 セラがうなずいた。


「分かった。私が後ろを守る」


 ニナも、小さく手を上げた。


「私も、頑張る!」


 俺は笑った。


「うん。ありがとう」


 そして、三人で霧の奥へ進み始めた。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 石畳が、足元で淡く光る。


 その光は、まるで俺たちを導いているようだった。


 けれど。


 五歩目を踏み出した瞬間。


 ――カチリ。


 方位磁針が、突然止まった。


「……え?」


 俺は足を止めた。


 針が、まっすぐ前を指している。


 そして。


 どこからか、音が聞こえた。


 ごおん。


 ごおん。


 低く、澄んだ鐘の音。


 俺は息を呑んだ。


「……今の」


 セラが顔を上げる。


「……鐘?」


 ニナが、突然声を上げた。


「あっ!」


 少女の瞳が、大きく見開かれる。


「……あの音!」


 ニナが、霧の奥を指さした。


「あの鐘の音、知ってる!」


「……ニナ?」


「村の鐘だよ!」


 少女の声が震えていた。


 今にも泣き出しそうだった。


 けれど、その顔には笑顔が浮かんでいた。


「エルダ村の鐘!」


 俺は、霧の奥を見つめた。


 青白い石畳。


 揺れる光。


 そして、遠くから響く鐘の音。


 百年前に消えた村。


 誰もたどり着けなかった場所。


 その村が、本当にこの先にあるのかもしれない。


「……もう少しだ」


 俺は、小さく呟いた。


 ニナの手を握り直す。


 セラが、俺たちの隣に並んだ。


 三人で、霧の向こうを見つめる。


 そこには、まだ何も見えない。


 けれど。


 鐘の音だけは、確かに聞こえていた。


 そして俺たちは、再び歩き始めた。


 百年前に消えた村へ向かって。

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