タイムテーブル
おおよそ6年ほど前。
秋葉原近くの工事を行う前段階。
地下に戦時中かそれ以前の、記載のない何らかの人口の空洞が発見されたことが、今回のお話のきっかけとなる。
元々が宗教儀式的な意味のあるものを、さらに近代、研究しようとした施設なのか。
戦時中に何らかの目的で地下施設を作ろうとして放棄されたものなのか。
今となってはわからない。
そこで、工事中の作業員により、生存者が発見されたと会社に報告がある。
会社は、それを救急に運ぶことなく、自社の施設に搬送した。
なぜか。
『それ』が、全身に体毛をはやして、オオカミのような顔をした、人ならざるものだったからである。
人間のための病院で対処できる可能性も低く、それと別に隠匿する必要があると判断されたゆえだった。
当初、意識はすぐ回復したが、ずっと言葉は通じず、攻撃的であるために閉鎖環境での隔離以外の対処ができないまま。
毎日数種の食べ物から好みのものを探る程度しか、この会社にはできなかった。
そこから2年ののち、どこでかぎつけたのか。
明確に、捕獲しているそれをどういうもので、どうなっているか言い当て、接触させてくれと言うメールが届く。
その会社は、HHnP&Kテクノロジー。
買収に買収、合併に合併を重ねて原型がなくなって、今はプログラムの委託と権利関係の管理が主になっているという会社。
発見した会社である、輪腕都市開発、輪腕ビルテクノロジーのお得意様でもあるところだった。
輪腕側は、現状からの進展のなさを鑑みて、今後のすべての秘匿と情報提供を条件にこれを承諾。
HHnP&Kテクノロジー側は、そもそも開発に着手も公表もされていない記憶移送装置なるものを対象に使用。
接触から1日で、対象は日本語とこの世界における基本知識を得たことを確認できたと、記録上されている。
提供情報から、これは、『異世界』との接触と交流をHHnP&Kテクノロジー側が以前からしていたことによる成果と判明。
それ自体が大発明だが秘匿を厳守とするというHHnP&Kテクノロジーの基本方針も確認したという。
そこから、オオカミの顔をした人型の生き物はなんと、普通の人間にしか見えない形態変化を見せ、温和に会話するまでが可能となった。
これによる情報は、あまりに大きい。
捕獲していた存在。
『彼』、ウーケンは、異なる世界の詳しい環境などを、包み隠さず明かした。
そしてそのウーケンは『異世界』における考古学者、または遺跡荒らしを生業としていたとのこと。
客として扱ってくれるなら、文化と技術交換も率先して請け負うと提案してきた。
当初から考えられない賢い知性体と遭遇していたのである。
しかし。
技術は豊富というが、この世界では発動できないらしい、という報告が多すぎ、生かせないものが多くなると失望感も出てくる。
2ヵ月しないうちに、計画されていた投資の話も凍結し、一般社員として生きる道もあるという提案までされるようになってしまった。
人間にカンタンに紛れられる姿でいられるのと、全容の公表がHHnP&Kテクノロジーと交わした条件で安易にできない、そして勝手にすべきかも迷う状況のままであったため輪腕側も困り果てたのだ。
文化や技術芸術だけを一部世に出すにしても、人間とはかなり違う異物でしかない。
少なくとも役員はそう判断した。
だが、ウーケンは、それらと全く違う熱量を秘めていた。
彼は、幾度となく、この世界で最初に拾われた場所に行きたがった。
毎日のように研究員と会話し、世界の違いが明確になるたび、さらに強く求めていた。
それが許可されたのは、とある人間のきまぐれと好奇心である。
その人間立会いの下で行うことで、それが許可。
数人で、すでに調査しつくされたその場所での捜索をした結果、安定して異世界と行き来できるかもしれないというウーケンからの情報がもたらされる。
許可した誰か。
これが、数回ウーケンを観察して興味津々だった少女、輪腕已御だ。
異世界側の入り口である向こう側は、由緒ある神聖な場所らしく、出口であるここも、異世界の獣人から見ると聖地であると熱く語る彼を面白がったのである。
ここでまた、HHnP&Kテクノロジーが協力を申し出てくる。
ここで、そっちの会社にいる獣人を含めて、獣人の保護と安定した地位確保のための協力は惜しまないという、行動の全容が透けて見える言葉も散見しだす。
が、このあたりで、輪腕経営陣からは「なぜか」別世界に関しての興味が、ほぼ完全に消える。
状況を間近に見ていないので、狂人が見つかって狂言をいっているだけと結論を出してしまったのか、そうでない影響があったのか…。
トントン拍子で会話できてしまった都合の良すぎる事象なども、疑念につながったのかもしれないと言えば、それはその通りと言わざるを得ないが。
結果。
ここから適当に自分が使える小遣いとHHnP&Kテクノロジーからの各種引き出しをやったのは基本、已御による主導となる。
あっさりと異世界渡航のゲートは完成。
異世界の入り口にたどり着くまでの道は険しいようだが、安定して行き来できる固定の通行路ができたのは歴史上はじめてであった。
これによってやってきた異世界の存在。
つまり獣人は、この経緯から已御をかなり重く見ることになっていく。
ほどなく、信奉者というほどに已御に対して忠誠を誓いだす獣人たち。
ウーケンが、すべてを已御が計画の上やったことだと触れ回ることで、世界間の差別や摩擦を減らす狙いがあったと思われる。
実際、已御は言われるだけのことは出来ていたと言える。
聖地を拓き、導き、仕事と住処は100%与えてさらに言葉と知識を与える。
HHnP&Kテクノロジーの記憶移送を手軽に使って、この世界になじむ知識が難なく手に入ることは、あまりに強かった。
工事現場、農地、レストラン。
系列企業に手軽に貸し出されて已御への信仰だけで働く恐るべき労働力。
それが、ある程度の常識をもって異常行動も起こしにくいとなると…。
賃金が安いだけの、一般労働者として通用する。
ちょっと外れた末広町近辺に立ったビルに集団で住んで働きに行く、普通の派遣業の体が出来上がる。
もちろん、輪腕のグループ系にしか許可はされないが。
このあたりで、已御が労働する場所に興味を持ち始め。
派遣先を管理する事務所の独立化。
獣人たちの食の文化と好みを調べてこの世界の食文化と混じり合わせる味覚の研究会社。
さらにそれを生かせて近場に存在するメイドカフェを自分の所有にしたいと提案を出すようになる。
もちろん、獣人たちの割合を増やすためだ。
とはいっても、已御もHHnP&Kテクノロジーほど真剣に地位向上だの、獣人のためというスタンスであるわけではない。
見える範囲で苦痛を感じない程度にするのは役目、という、ノブレスオブリージュに近い精神なだけだ。
一方、それに対して獣人ども…であるが。
まともに統治という概念を経験していなかった、もしくは暴君の被害者が多すぎた…いや、聖地にまで救いを求めて飛び込む理由がそれだからか。
我を出すこともなく生活水準は一定で無条件に維持させる已御に対して、こちら側に来た獣人からはひたすら評価が上がり続けることとなる。
だがこれは、プラスとマイナスで天秤にかけると、よい事ではない。
已御に見えないところで。
いや、関心がないところで。
輪腕已御が小さなコミュニティの管理者せいぜいで収まってはいけないのではないか、との声があがり。
聖地と繋がったこの獣人の聖地を捧げたい、差し出したい、などという方向の違った声が聞こえだした。
この世界における…いや、獣人の統治するあまねく世界があれば、そこに君臨するのにふさわしい人物は唯一無二なのではないか。
そんな歪んだ思想が、いつのまにか妄信から形成されることもある。
困ったものだ。
一部で起きたその過激思想。
それは、熱を帯びるが故に、急速で動きの激しいもの。
獣人の現状の聖地…つまり知らぬ間にそうなった秋葉原を聖地として占拠。
獣人を種族として公にして独立を計り、しかもそのトップに已御を立たせようという思考すら生まれだし…。
独自にその思想を漏れ出させるものが出始める。
そこに。
さらに厄介なことに、ここに食いつくものがある。
固定化された安定した異世界通行路を欲しがるもの。
過去に偶然この世界に流れ着いた獣人や、その子孫。
実質的な日本国内クーデター計画と見て、心躍らせるもの。
いったい誰が、そんなところに存在を漏らして回ったのか…は、今もって不明。
特にイレギュラーにこちらに迷い込んでた獣人の存在など、秋葉原に流れてきた獣人たちは知るはずはないので。
しかし、外の思惑がさらに重なってきた事実は変わらない。
それにより支援や寄付という名の、実質革命資金がなぜか已御に流れたり、已御の知らない場所で幹線封鎖手段の案が行き来していたり。
最終的に、無駄におおごとにさせたそうなものばかりが転がり込んでいた。
そんなとき。
アキバの大規模改修事業が起こったのは、偶然なのか、裏から誰かが動いたものなのか。
昼夜問わずに獣人という労働力が使える輪腕が、裏工作なしの入札で負けるわけはない。
どう危険だろうと、どう困難だろうと、どういう高所だろうと。
獣人たちはやるのだ。
居場所確保と、聖地の整備と奪取と、已御への信仰のために。
さらに、そのためにこの世界の金銭など拘らず。
そうして…。
その、謎の熱量の原因を、一部偶然かぎ取ってしまった輪腕已御。
なるほど。
自分たちの存在を世界に公表して馴染みたいのだな、という理解をする。
一番こちらの世界に精通しているであろうウーケンを捕まえ、意見を聞きながら、とある計画を練り始める。
少数の移民状態である獣人。
戸籍などは作れるとしても、存在そのものがもみ消される可能性を見ると、ある程度期間を置いてあらかじめ存在をアピールすべきである。
そして、馴染んですでに切り離せない土壌を作るべきである。
どうするべきか。
つまり、害もなく排除すべきでないと、好意的な存在を大量に全国に置いて隠しようがなくすればいい。
消息不明にでもなろうものなら、むしろニュースにできるくらいに。
それを、手持ちでできる方策を考える。
となれば…。
各所に掛け合う。
内情を知って漏らさない、動ける伝達、折衝役は欠かせなかった。
ウーケンは、完全に日本国籍を偽装した社員、ナラサワとしてグループ間を常に走り回る役を買って出る。
絶対的な忠誠心からである。
手持ちのコンカフェをより全国的に見せられるイベントが必要かもしれない。
そこで休む間もなく見せて人気と知名度と圧倒的な地位を持たせることで。
それがもし、ただの人じゃなくても応援してくれる土壌と空気を形成できれば。
融和はできるし、潰されないし、あわよくば闘争の計画も霧散する。
事実としてもはや仲が良く、争う意味がないほど広まりすぎて抹消できないほどになる宣伝をしよう。
商品は、なんとか家族にも掛け合って、工事中のところのテナントを譲ってもらうように。
こうして。
各所の知名度を利用し、大々的な宣伝は謎の資金を勝手に溶かし。
メイドによるメイドのための。
そして、獣人が勝ちをつかみ最大の知名度を得るためのイベントが発足したのである。
みなと倉庫喫茶は、野良のイレギュラーであると同時に、獣人が目立って勝つという図式を満たせる位置に移行できる、已御から見ても金でできたタマゴだったのだ。




