主催 -騒動 そのさん-
「……と、何件か問い合わせましたが、おそらく現場検証に駄々こねない限りはそのまま帰れると思いますわ、手は回しました」
「…ありがと」
已御の笑顔に釈然としないながらも、羽輝としては心からの感謝をしている。
態度には出ないが、それは已御からもわかっているのだろう。
同時に、奥からは結構な怒声がいくつも聞こえている。
転院が無謀だとか、殺す気かとか、患者は大事にしろとか、そういう声だ。
悪い事ではなく、おそらくは人を救いたい正義感から出ているのかもしれない。
そう思うと、気が重いところがある。
しかし、言うほうが正しいのだ。
重体だった手術直後の患者を即時手続きを取って長距離搬送なんて、むしろどうして許可が出たんだか。
いや、無理に出したんだが。
理由としては、遠心分離などで対応するだけで適合する血液がないまま緊急でできる限界なので対応できる施設に一刻も早く、という名目。
「ちょうどいい理由があって幸運でしたわね」
そういった已御の顔とセリフを聞いていなければ、羽輝だって反対側だったろう。
とにかくまあ、正しい人たちを押しのけて、想を病院から引っ張り出した形。
家族の夢が何度も呼ばれていたのも、説得してこれを止めたいというのが主な理由だったのだろうか。
あれよあれよという間に。
別搬送の想と、駆け付けていた五人と猫がさらに追加されて二匹。
それらが最寄りの民間所有だろう航空機発着場にそろったのは明け方。
手術頑張ってくれた先生方、長時間本当に頑張ってくれてありがとう。
…で。
移送の車が救急車じゃない。
あまりに運び込む手際が良すぎる、など、結構な疑問を持たせつつそのまま飛行機に乗ってしまった一行だったが。
「…手術した直後の病人って、こんなに猛スピードで持って運んでしていいものなの…かな…」
たぶんよくないです。
さらに、ふつうに寝ているベッドの横でみんなで会話するのも。
「大丈夫だといいけど」
「テンチョ、特に心配しなくていいぞ」
「夢ちゃんは…なんてか心、強いね」
主には緩衝役兼なぐさめ役の姫乃がアティ=エルナになっているために、一気にみんなでの会話が減った気がする。
見た目は変わらないのに、全体の気さくな会話は恐ろしく減っていた。
猫がさらに追加されているはずなのに。
中身が本当にイシカなら、そもそも会話で人を和ませるタイプではないが…。
それにしても、いまだ話も、挨拶もないのは何なんだろうと、羽輝は思っている。
ディータはそれなりに賢そうなのと、会話の内容を選んでいる雰囲気があるので、もしかしたら現実かもしれない別の世界の話を聞きたいならイシカだ。
しかし、イシカでないとしたら猫に向かってずっと日本語を強要しているやばい奴になる。
それがちょっと怖かった。
それを聞こうにも、已御やしくるが合流してからなのか、ディータ、あるいはみなと入郎はほぼ喋らない。
空気が読みづらくて仕方ないったら、ない。
それらに加えて、さらに想の妹、夢の超然と言っていい謎の落ち着き。
以上、そんな空気の、東京行き飛行機の中。
たぶん、已御の所有。
「……さて」
已御がまず切り出すらしい。
「そろそろよろしいんじゃないかしら」
ベッドで意識がないのだろうか、動かない想の肩をポンポンと叩く已御。
「なにしてんの!?」
そこに、即、許さんぞの勢いの羽輝。
「……あぁ、いいのよあーちゃん」
「想さん?」
耳元で叫ぶほうに反応したのか、どうなのか。
想は、割と普通に、そしてずいぶん急に返事をして普通に反応しだした。
「あーちゃん…すまないけど、わたしお店やめるね」
「……なにいってるの、想さん」
起きているのを確認しようとしたが、聞いた瞬間から目を合わせられない。
「事故とか偶然じゃないんだ、今回のこれ…」
「いやもう、誰がなに言ってるのかずっとわからないんでさ、ゆっくり静養してからまた、ゆっくり話しようよ」
「…またすぐ起きちゃうからもう、どうもできないんだ」
「どうにでもするから!」
「したらいけないんだよ、あーちゃん」
「……するもん……」
ベッドの横に座り込んで、羽輝は抵抗する。
いつも通りに戻ることでしか、急に起きたことは解決しない。
そう思って、なんとかしたいと思う羽輝からは、それを受け入れたりはできない。
「居場所バレちゃったから、早めに引っ越さないと私がつらいんだよ」
「想さんいないと、あの店もうとっくにつぶれてるし、いないとやってけないよ……」
「じゃあ、ちょっとこっち見てくれるかな」
「なにさ…」
起き上がって、やっと想の顔を見る羽輝。
すっぴんなこと以外は、何も変わらない、うちの店の店員。
「…んしょっと」
かぶせたシーツをよけて、刺された場所、そして縫合された場所を触りだす想。
「ちょっとちょっと、やめて、やめて」
大きな傷をそんなにすぐ触っていいはずはなく、青ざめる羽輝。
「……限定液状化させて…糸が意外と厄介なんで…ほいっと…」
「へ………」
マジックでも見ているような光景だった。
しっかり手当されている箇所を剥いで、なぜかするっと糸が手元に引っ張られる。
傷が広くて痛そうと思って、薄眼で見ていたそこは、糸が取れるころにはきれいにすべすべの肌になっている。
傷は、ない。
「隠してたわけじゃないけど、人間でできないんだよ、こんなこと」
「だいたい調べてはおりますけど、直接お話していただけるということでいいのですか?」
「うん」
「…へ……」
羽輝だけ蚊帳の外気分。
已御と想は、そもそも何かしら知っている様子だけがわかる。
「みなと入郎とシュッツェンスヴェントヴィットが、普通の猫じゃないのは、あーちゃんも知ってるわけだよね今」
「…うん」
「あいつらがこの世界にいるのは昔からで、最近数が増えたらしい、という話があって…そこは?」
「しらない」
「なるほど」
想がやっと、いろいろ見ながら確認し、羽輝にも、その視点にあった現状が話される。
おそらく…であった、あの世界の獣人たちが、この世界と何らかのコンタクトできるのはすごい昔かららしく。
都市伝説や昔話にもたまに出てくる程度だったのが現実に確認されてきたのは数が増えてしまったから。
別の人種として異様な能力の生き物が発見されたとして、それを周知するのがいつになるべきかは、誰もが悩むところ。
その前に、どこかがその体のサンプルを取って、人間そのものを強くできないか、長寿に貢献できないか…。
そんな薬品づくり、または人体の強化に使えないかの実験が存在したとしたら。
人間に使えるかの適合のための遺伝子組み合わせが二件、人間への負荷能力の視点で遺伝子操作した結果が一件成功していたとしたら?
その様々な実験と副産物のひとつが、もしかすると、この姉妹なのかもしれないとするのなら…。
それをすいと出されて、信じられるか、どうか?
「これにも積んでいる、そこのゲーム用キャラデータ作成人体スキャナは、参加するには絶対必要なので当初は車に搭載して全国走らせていたのですが…」
「確かに私もやったな…」
顔写真提出等ではなく、参加者は登録の実質的な必須条件としてスキャンを実施するのは決まりであった。
当初、ゲーム参加登録を各地の大都市での直接提出に絞り、ネット登録は受け付けていなかったのである。
スキャナ搭載の大型車が都道府県を回り、受付と参加者のデータ取り、店の写真などの要件の情報をもらうといった仕組み。
キャラデータづくりの複雑さなどで参加を思いとどまらないよう簡単にできるという触れ込みのため。
という建前。
これにより、架空の参加者や替え玉などが起こらない公平性がある予定…だったが、それを破ったところがすでにあるのはご存知の通り。
服なども、最新技術採用でスキャン時に脱ぐ必要はなく、制服は写真を前後から撮影するだけで作成お任せ。
至れり尽くせりの店側に寄り添ったシステム…だったように見えた。
しかし、だ。
実際は、それとは異なる。
おもに異世界の民、獣人等の混入監視の透析などを含んだかなりのヤバいものが、これ。
そんなものがあるということは、つまり。
このゲームの主催から、そういった事情を知っているからに他ならない。
実に意味が分からない。
そして、それを已御が手持ちのように今目の前に置いているというのも。
「体温も透析結果も、言ってしまいますが、人間にはあまりに勘違いできないもの過ぎて、こちらも困ったものでした」
「そっからかぁ」
「そこに加えて、全くデータとして取れない姫乃さん、これは異常値の想さんの後だったので装置エラーかもと一度はなりましたが…とにかくこれは、と、みなと喫茶はもともと監視対象でした」
「…じゃあ私もおかしかったの?」
「いえ、羽輝さまと玲さんは全く普通でしたが、そのせいで注目していたところから奇跡のような天才が出てくるなんて、惚れないわけがありません」
「…それは別にいい情報かな…」
気になったから聞いてみたが、羽輝は何でもないただの人、らしい。
異世界の夢のせいで、羽輝はもしかすると手が銃になったりすごい兵器だったらどうしようと一瞬思ったが、大丈夫なようだ。
「…でも、じゃあ、むしろそんなことを知ったり調べてるおめーは何なんだ…」
「主催ですが」
「………んん?」
「うち、輪腕のグループが工事落札して場所を提供するのが今回の整備計画ですので、ゲームの主催、当然うちの傘下です」
「そっかー……」
わかって安心したような、うんざりしたような。
「つまり、異世界の存在をゲームに加えるのは阻止する方向でいらしたと?」
姫乃がやっと口を開く。
喋るとやたら色々話す割に、結構黙ってたな。
「いえ、優勝を『ケモノたちの居るチーム』にする必要がありますので、それとは逆のことが目的と申し上げましょう」
「うわぁ、もうわかんねぇ!」
羽輝、当然だが、急にいろいろあってもう思考の限界に来ていた。




