タネあかし -騒動 そのに-
「あら、ド畜生やらクソ野郎やら、そう呼ばないのは初めてではないでしょうか」
「心では常にお前をそう思ってるよ」
夢の中。
夢とはいえ、非常に胸糞悪いものを見たおかげで、その名前に対して印象が非常によくない。
敵対的、もしくは最悪と言っていい。
アティ=エルナ。
夢だけで判断基準にすべきではないだろうが、相手の反応からすると、それはむしろ正しそうに思える。
「ご様子からすると、まだ記憶が色々統合されていないご様子ですかしら」
「おめーが悪意の善意のように偽って施す最低の輩だっていうのはしっかり覚えているから心配すんな」
「でも、だいぶ優しい対応だと思いますので」
いつもの私は何していたのだろうか。
羽輝は、そこに少し不安もあるが睨みつける視線は外さない。
「姫乃さんの声じゃないところからお話はできないのかな」
「ヒメとの契約を今になってうてる様の要望で破棄してほしいと?」
「うてる様、お互いすこし、知っているもののすり合わせを…すべきだと思います」
合間に、猫が入ってくる。
「となると、あなたが…」
「ディータです」
「みなと入郎のほうがいい名前だと思うんだよ」
「それはちょっと…」
そういうことだ。
ずっと、警護していたということだ。
姫乃さん…ヒメを。
そうしてちょっと、玲ちゃんも気になるが、こっちの話を片付けるのが先になる。
あの夢は彼らにとってはリアルで、私の記憶にもあったもの…とするなら、リアルに彼らがいる説明にはなる。
そのすべてが羽輝の妄想で、ここに誰もいないまま幻と話しているのでなければ。
そして。
夢の通り、このアティ=エルナは聞くことに対してはずいぶん流暢にしゃべる。
正しいかはともかく、それでいろいろ引き出すのがやり口だからだ。
それによると、どうにも、あの夢で見たのは相当昔の出来事らしい。
姫乃…いやヒメが、どうしてもそこだけでいいから思い出してほしいと何度も寝ている間に見せたことを、やっと覚えたままでいるくらいになった…ということっぽい。
羽輝に関しては、ディータやヒメの居る世界に何度も行っているが、その記憶が残らない何らかの仕組みがあるのかもしれない、という予測だけが語られるにとどまった。
「つまり…姫乃さん、というかヒメの今の状況は」
「ヒメはあの世界を見渡しても最高に近い魔力を持ったまま、わたくしに対する精神の境目を作ろうと必死にガードをし続けています」
「そのせいで、あのふわふわって感じの表層の人格ができたって?」
「おそらくですが、この世界にきて人間に完璧に偽装するために使った魔力でほころびが出たのでしょう、私と混じり合うのは止められません」
「…その前に仕留める手、たぶん無くはないから、外に期待してヒメは今でも抵抗しているんだと私は思うけど…?」
イラっとしたから出まかせに言う程度だが、見透かされているのか、ふっと笑う姫乃。
それもまた腹が立つ。
「もう形骸化した意識でずっと作っているようなもので、ほぼわたくしと融合してしまったのがわたくしからの判断ですわ」
「…完全に食ったならちゃんと言えよ、その体ごと殺すから」
「…それはわたくしが、むしろ絶対にしません…ヒメほどわたくしが気に入った、磨き抜かれた宝石はありませんもの」
姫乃が、見たことない顔でしっとりと笑う。
羽輝も猫も、それに露骨に不快感を表すが、おかまいなしだ。
「それに、あの時のヒメですら、あなた方が傷つけすぎていて放置できない状態なのを、うてる様も知らなかったでしょう?」
あなたがた、とは言うが、要するにヒメがあの世界でどういう立場にいたかなどの環境の話に他ならない。
ヒメとは、あの世界では名前でもこの世界で一般的な姫という立場に該当する者でもない、特殊な存在を指す名称。
詳しく言わないまでも、責任も期待も重く、苦しんだりしたことだけは外からも理解はされていた。
だが、それと、アティ=エルナがまるで救ってやったかのように言う話はちょっと怪しい。
かなり。
「わたくしがそれに魅入られて奥底がのぞきたいと思うなら、そこに入るしかなく、亀裂のように入り込む隙間も探すまでもないほど…」
「だから入って食い尽くしたって?」
「そう睨まないでくださいませ、そうして心の穴という穴をある意味治療したことで、ヒメは壊れなかったともいえる、ただそれだけですわ」
「結果でヒメがヒメじゃなくなってたら何のフォローにもなってねえんだ」
「ヒメはうてる様とこうして平和なところで食べ物に不自由しないでいるだけでも幸せそうに見えましたが…」
「姫乃さんがヒメの記憶や意識がどれだけあるか、本人に聞かないとわかんねえよ」
ただ、姫乃は悩みもなさそうにのんびりできているというのは羽輝からしても正しい気はした。
しかし、今の姫乃さんとアティ=エルナの別々の回答と納得できるものは聞けると思えないから、平行線のままだろう。
何を聞いても、演技と偽装にまみれたものに聞こえかねない。
じゃあ、今までの「姫乃さん」とは何だったのかというと…だが。
そこを細かく考え出すと怖いことになる気しかしないので、そっとしておこう。
少なくともヒメが全く残ってもいないなら、ディータとイシカはずっとついてこない。
ずっと姿を変えてまで護衛していないはずだ。
…姿を変えてずっと、誰にも気づかれず。
気付かれず?
「…そこにじっとして壁に張り付いてる、しくるさ」
「ふぇぇぇぇ!?」
やはりいた。
「あんた……猫を怖がってたんじゃないな?」
「いえ猫怖いんでーすよ!? やっぱりついてきてるじゃないですか!」
「そうだよ、ほんとに見分けがついて怖がるって、つまりそういうことだって気が付いたよ」
「……はい?」
顔だけでわかる、絶対だ。
「ディータとイシカだって、あっちの世界のやつがいると理解してたから怖いわけだ……エルナに正解言わせてみようか?」
「それもこわい!」
「そこ、わたくし必要ない話でも利用はするのですね」
しくる、そこは理解もしていない風で通すべきだった。
強く指摘するだけで、割とあっさり、しくるは白状した。
「夢なら夢で済ますものを、お前までケダモノ勢かよ」
「その夢っていうのが理解できなくて離れられなかったんですよー!」
「そりゃあ、私だって納得はしてないしな」
「さらにヒメが本当にヒメなんていうのは聞いてないです! どうしてこんなところにいるって言うんですか、こーわーいー!」
「むしろあっちの世界の住人だって話しながらヒメの顔知らないのがどうなんだよ」
「私くらいの一般人せいぜいがヒメに近寄っていいはずないじゃないですか! なめないでくださいよ!」
「本人の前で言うの…」
まぁ、姫乃の意識があるかは不明と言わざるを得ないのだが。
「顔を知っていたとしても、ヒメの魔力による偽装プロテクトが完璧ですから、同一とは気づかなかったとおもわれますがね」
本人の口から言うには他人事っぽい。
だが、そうしてヒメだけは素性を隠せたが、お付きはバレる程度だったと。
「…つかさぁ、そんなに人間の中に紛れるレベルであっちの奴ら、いることある?」
「……そ、それは……どうなんですかねぇ」
かなり含みがある。
目も泳ぎっぱなしだ。
「それを本来、止めたかったのがヒメの希望です」
「やっぱり」
「しくる、おまえの口にはチャックないのかよ…」
「ありますよ! 今いっぱいいっぱい過ぎて!」
猫の言葉にあっさり反応したり、おびえたり、忙しいしくる。
だが、どうしてヒメの行動の話にやっぱりなんて言っちゃうのか。
「この世界で情報を取得するのに場所は問わない、それならば、しくる様のそばで不都合はないはずという手はずでございました」
「…ま、ディータからすれば、ネットで情報回ってくる世界は元の世界よりはるかに調べやすいと言えるのかもなぁ」
羽輝からすると、意外とかゆいところに手が届かないんだけどね、と思いはするが、まぁ自分のことではないし。
「…で、しくるは、ヒメのその行動をさらに探るとか、そっちのお仕事してた、と」
「ヒメのことは知らなかったって言ってるじゃないですかあ!」
「偶然にしちゃ、おめーが来たのは出来すぎで、しかもヒメの目的に思うとこがあるのもおかしいだろ、説明がつかんよ」
「…だからそれ…は…今考えますから」
「だからなんでそれ言うんだ…」
しくる、もはや自白剤でも飲んでるような軽さである。
「知らないことは、しょうがないですわよ」
そこにもう一人。
「…已御、おめーもそこに入ってこれる側なのか」
「聞かれることは、しっかり白状しますわ、羽輝さま」
いかにも詳しそうに、この場に物怖じ一つしない已御。
しくるを連れてきたのだから、当然…そうだったのだろう。
周りが、えらく知らない物語を作りながら進んでいたのかもしれない。
羽輝は、已御をちょっと強く睨みながら、少しげっそりしていた。
「私が愛しているのは羽輝さまで、ここで、しくるを呼んで調べていたのは…正直に言いましょう、想さんです」
「な、なんで!?」
「そこを詳しく説明するのには、一度今から東京まで来てもらうのが一番なのですが…どうしましょうね」
「どうしましょうじゃねえよ、玲ちゃん警察に置いたままで行けるわけないだろ」
「ああ、そういえばそうですわね」
忘れていなくてよかった。
ちなみにその時点の玲だが。
これが犯人はないだろうと、むしろ警察の人に慰められていた。
想を心配してずっと泣いていたらしい…。




