長い夜 -騒動 そのいち-
病院に想が運ばれたという話がみなと喫茶に届いたのは、想の家族から連絡が来た午後9時過ぎ。
玲の家族はみなと喫茶の連絡方法など知らないので、玲が帰っていないことを知ることはできていなかった。
羽輝は、とりあえず連絡を受けた時から泣いてしまって動けなかったので、姫乃がひとまず東京組に羽輝のスマホから連絡、招集。
已御は、準備が特にかかりそうなのに数分で来た。
横のしくるもだ。
「ナラサワぁ、手が遅いですわね、すぐヘリ、北海道で使えるの用意しなさい……そう、あと、仕方ないから姉様に、そう……あの医大の人が使えるか聞いてください、今すぐ、はいすぐ!」
「……なにぃ?」
「ああ、羽輝さまは何の心配もありませんわ、何も起きませんから笑ってくださいまし」
「できねぇよぉ」
電話しながら入ってきて、かなり余裕がありそうに羽輝の泣いているのをなぐさめる已御。
そのさらに後ろには、連絡をしてきた想の妹もちょうどやってきた。
「妹様、ごきげんよう」
「オマエ、なんか詳しそうだな」
物怖じしない子のようだ。
姉が緊急搬送と聞いて涙一つ流さないしオロオロしてないのは、中学生と聞くが相当強い。
場数を踏んだ鋼メンタルくらいすごい。
なにより、病院から連絡が来たならまず病院に家族で向かうものだろうし。
「アネは病気でもないし大丈夫だぞテンチョ、アネが気にしてるだろうからマズお前を連れて行かないといけない」
メンタル強いというよりも、もはや超然としていると言ったほうがいい。
さすがしっかりした想の妹…というより、風格は姉くらいのものにすら見える。
「ひとまずタクシー呼びましたから、みなさんで向かうということでいかがでしょうか、病院の場所はわからないのでご家族の方に…」
しくる、痒い所に手が届いてしっかり働く。
さすがメイドだ。
いや、なんでお前は服が今の時間メイドなの。
「…さ、泣いててもいいから外に出るよ、羽輝ちゃん」
「うん…」
メンケア担当の姫乃も頑張っている。
当人としてもかなり心配はしているはずだが、混乱だけ増えても先に進まない。
この人もなかなかの精神している。
「…実際、何おきたの? くるま? くるまはねられた?」
「大丈夫だよ、羽輝ちゃん、病院についたって報告で知らせてくれたから危ない話はされてないよ?」
「刃物刺されて内臓に届いているので緊急手術と言ってたぞ猫」
「猫って、私をいいました?」
姫乃のことらしい。
「落ち着いてる場合じゃないケガじゃぁん!」
「ほら泣かない泣かない」
「…そういえば五人になりましたけど、しくる、何台よんだのです?」
「…あ」
考えていないのは一言で分かる。
「まぁ、いいですわ、私は後でも…全員のご様子をしっかりね、しくる」
「は!! はい!」
任されたことに緊張したのか、やたら大きく応えるしくる。
「それと、誰でもいいのでこの猫…遠くにやってくだしゃい…」
「わたし?」
「ほんとのねこですう!」
近くにいる、みなと入郎におびえているだけのようだ。
「あの猫プールにも来てたんですよお! こわくないんですかぁ!」
「…そんなわけないでしょ」
おそらく、猫が怖すぎて、まともに見て区別もできないのだろう。
そこまで怯える何があったのか、過去を暇な時があれば聞いてみたいところではあるが。
「猫が車の上に乗っている気がしますがぁ!?」
「大丈夫だよ、私はちゃんと隣に座ってるよ」
「そうではなく!」
タクシーの中でも、よくわからない騒ぎで場をわきまえろと言われそうなところだったが、幸いそれを言うような突込みはいなかった。
あえて言うなら、家族の夢よりも羽輝のほうが身内のような悲しみをずっとしているほうが謎…。
と、言えるような、そうでもないような。
ついた先。
病院であるが、手術中であると聞かされて、待つことは何も変わらない。
妹さん、夢が何度か呼び出されては帰ってくるが、特に説明もない。
泊りになる場合の部屋もあると説明されたが、とりあえずは、できるだけ同じ感じの待ち人たちの顔を見たりして気持ちをさらに落としたくない。
その羽輝の気持ちを汲み、ロビーのほうにみんなでいる。
已御はしょっちゅうスマホ通話していて、妹さんは何度も呼ばれては戻り、しくるはただ平然と周囲を眺めている様子。
特に会話は生まれない空気だった。
姫乃は、ちょいちょい通路に行っては戻り、これもそこそこ頻繁だ。
トイレなのか?
ならついででトイレの場所を聞こうと、羽輝は何度目かの姫乃の移動に後ろから黙ってついていく。
すると。
「…そう、玲ちゃんは呼べそうもないのか」
誰かと話している?
男性っぽい声もした。
少し、歩くのをやめて聞いてしまう。
「どうにも、居合わせた目撃者がいないために犯人の可能性を持たれているのではないかと」
「そういう様子だった?」
「泣いているところを、治安維持目的で連れ去られたのは報告を受けております」
何の話なんだ。
羽輝は混乱しているが、想のはなしだろうか?
刃物の傷と言っていた。
そういえば…。
なら、刺した人が…犯人がいて。
想を刺した犯人が…玲だと?
「こっちが動いても、納得できる理由なんて伝えようがないから困ったねぇ」
「では犯人探しまでは、あちらの邪魔になるよりは取りやめたほうがよろしいのでしょうか」
「でも、捕まるはずもないんでしょう?」
「おそらく…」
羽輝、もうたまらん。
「まってまってまって!」
「…羽輝ちゃん?」
「犯人って何!? 捕まらないってのも何なの!? 玲ちゃんが捕まっていてもほっとくってこと!? やだよ!?」
とりあえず飛び出して、声をあげてしまう。
玲が想になにか恨みをもったり、悪意をもったりするはずはない。
さらに、万一があったとしても、ほっとくなど。
「……聞いちゃってたね…」
振り返る、姫乃。
ちょっと雰囲気が違う。
それと。
「あれ、話してる人は…」
そう、一人だ。
誰もいない。
見える範囲に、誰もいなくて、通路にはほかに猫が一匹。
「そろそろ隠せませんか」
男の声は、それでもちゃんとする。
猫から。
「えっ…今、それ喋った?」
「それというのも、悲しいのではありませんか?」
姫乃が言う。
明らかに違った口調で。
「わたくしとしても、のんびりとした世界がこれほど愉快と思わなかったのですよ、ここは幸せな世界です…それを捨てたくない気持ち、わたくしもとてもよくわかるのです、うてる様」
「アティ=エルナ…」
覚えがあった。
その口調には確かに憶えが。
あっさりと出てくるが、でもそれは夢の中。
こんな地元の一室から出てくるはずは、なかった。




