今更出る、あれ -日常 そのご-
「おかえりなさいませご主人様、いつものお席をご用意してよろしいですか?」
「……んん?」
「今日のお食事はいかがいたします? しくるが愛情たぁーっぷり、味も心もあなたのために、ご用意いたします!」
言いながら、胸のあたりに指でハートを作るしぐさ。
強い。
世界の構築が、この間だけでも強い。
これが…これが、ジャパンで正体不明なほど特徴的に変化した「メイド」というものか。
「……えっと、それ、恥ずかしくない?」
「お前がやるんだよクソボケヤロウ❤」
「えっ」
何一つ崩さない、にっこり笑顔で吐かれる極限にちかい暴言。
周辺に椅子を囲むよう設置して見守る店員と、お客役で相手して、結構引いてる玲。
「うちのお店の挨拶から着席までの基本講習と、まったく同じことをしているんですよ!」
「…これを全員覚えるテスト、するんだ…東京の店員って…」
「全く違います、やるんです…や・る・ん・で・す!」
「うちらで!?」
思わず横を見て店長その他にヘルプを出したい目線を送る玲。
その返答は、いづれもNo。
この場で正しいのは、しくるである。
「向き不向きはあれ、もともとが店員なのですから、今からでもきっちり覚えるものは覚えていただきます」
「店長……こんな急に好き勝手させていいんですか店長!」
「いやぁ、だって、うちのシステムはメイド喫茶じゃないっていうんだもん…」
外から見ると当然である。
調理はしない、挨拶はしない、メニューはせいぜい土地の特産という名の他店の買い付けたものをそのまま出すか、唐揚げサンド。
店自体も、休憩スペースと変わらない雰囲気で持ち込みし放題。
むしろこれは、何のコンセプトの店なのだろうか。
いや…店か?
「…というかですねぇ、そこの偉そうな人は、言うだけ言うけどこれが出来るっていうんですか」
「まぁまぁ、本家の様子すら知らないで何を言うかと思いましたら」
すっと、已御が立ったと思うと、しくるのとなりに来る。
「いらっしゃいませご主人様、ただいまお席をご用意いたしますわ」
「うーん、100点!!」
「まてまてまて! なんか違う! さっきと結構違う!」
「いえ、基本スタイルがあってヤミさまの雰囲気にしっかり合わせてご主人様をもてなすこの姿勢、文句なく満点です」
「わたくしが出るときはメイド長、ですから」
そういえばオーナーだとか言ってたな。
羽輝は少し感心する。
まぁ、実際はメイド長扱いがお店の熟練スタッフで別にいるのだが、言わなくて気づかれるものではない。
「…と、いうわけで、ですわ」
「アキバに出店を目指すなら、それに沿ったメイドの標準的な作法くらいは、身に着けていただきます!」
「本気か…」
とりあえずやる気が先行し、もともとの店員にはやる気が全く見えていない状態で、特訓は始まった。
「2名様ですねぇこちらへどうぞー」
「居酒屋か!」
「へいらっしゃぁーい」
「寿司屋か!」
「いやその、別に来なくていいんだけど」
「コンキャバか!」
「ちょっと待てよ! このやり方そのまま採用する必要ないだろって言いたい話をしているんだろうが!」
「使わなくても、いつでも使えるよう覚えるのは、店員の、いえメイドの嗜み! たしなみです!」
ハードだ。
実にスパルタなハードトレーニングだ。
もちろんマニア受けのポーズに特化しただけのものではない。
お客様の前での取り分け、運び方の作法、テーブルマナーに準じた食器、フォークナイフ等の配置。
いかに優雅に、いかに静かに。
喫茶店の手伝いはずっとやっていた記憶のある羽輝ですら、危機感と若干引くレベルで何もかも指導の対象になっている。
客の前の動きはすべて…。
いや。
ご主人様の前でモーション1つの粗相もあってはならない。
恐るべき世界を目の当たりにしていた一同。
「すげぇ…」
「見直しました? しくるは見習い抜けたばかりではありますが、覚えはいいほうなんですよ?」
「これでまだ若手レベルかぁ」
玲も想もため息しか出ない。
そして、メイドカフェのよくある料理と期待される「あれ」がとうとうこの店にやってくる。
「さぁ、では今度は卵をじゃんじゃん焼きますよお!」
「たまご?」
「キッチンお借りしますね……てあれ……つかない」
コンロをウキウキでしくるが触りだすが、思ったことができない。
どうしてなのか。
「あーガス止まってるから、使えないよここ」
「「………はぁ?」」
言う理由はわかりすぎる。
そんなことあるのかと。
「ポットとレンジあればなんとかなるから、ガス使ってないんだよね」
「…あの、いや、あっさり言わないでください、ここ食べ物を提供するお店ですよね」
「だいたい、近くのお店の甘いものしか注文されないから、お茶添えるくらいよ」
「メニューがないからじゃないんですか…?」
「言われても、想さんのから揚げサンドとかも注文で出たことほとんどないからなぁ」
「…いや、どさくさに紛れてこっち刺さないで羽輝ちゃん」
東京出張スタッフ2名からすると、心から信じられない状況が明かされる。
名産品案内所か何かなのか、ここは。
「でもほら店長、たまにフォンデュセット出るじゃないですか」
「あぁ、玲ちゃん持ち込みのタワー、フリマで売る写真撮りに持ってきたやつそのまま使ってるあれね」
「…セット?」
ちゃんとしたものもできてメイドカフェしていたのかと、ちょっと期待して已御が最後の希望をそこにつなぐ。
「流しの横のそれ、金色のに、レンジに入れたチョコとチョコクリーム混ぜて果物切ったのと出すの」
「なんていうかアットホームな…」
「ご家庭ですぐご提供できる感じの…」
「1回だけ、玲ちゃんの友達がフルセット注文したよねえ」
「そうそう、タコ焼き機も横において、ひとくちホットケーキで食べる奴、時間かかりすぎてみんな飽きてましたよねぇ」
「…何かの待合所なんですかここ…」
「いやレトロ喫茶店だが」
「…やっぱり…ガスちゃんとつけて、ちゃんとマニュアル作りましょう、コンカフェの」
「今の店がだめだっていうのかい?」
「とりあえず話の最初から最後まで、だめです…いろいろだめです…」
羽輝の力に惚れぬいて来たものの、さすがに店の内情だけは容認できない。
已御もしくるも、そこに関しては不退転の覚悟を決めたようだ。
「ま、火を使うだけならカセットコンロならあるし、足りなかったらまた言ってよ」
「アウトドア体験みたいな気持ちで作るの…初めてです」
しくるが、ちょっとダウンな気持ちをしながらもお仕事。
明らかに火力は足りないが、やるしかない。
「……まぁ、とりあえず……できましたけど、オムライス」
なんとか、ご飯とケチャップ、塩、しょうゆ、油はあったのでシンプルに作れる分だけは作る。
しくるにとってはだいぶ不満である。
隠し味も、本来必要な具材も全然足りてはいない。
…が、なんで人数分に足りるご飯だけちゃんと炊いてあったのだろうか。
謎は尽きない。
「おお、やるものじゃないの」
これとばかりに食べようとする羽輝だが…。
「違います!」
「なにい!?」
「まぁ、いちいち用意して練習する必要はないんですけど、今回は用意しておきました」
「あ、これ聞いたことある!」
「しくる、まずお手本どうぞ」
「はい已御さま!」
そう、これだ。
一般的なメイドカフェと言えばだいたいでてくる、ケチャップ文字別料金サービスの、あれ。
「おぉ、実物だよ」
「このあとおまえがやるんだよ❤」
目を向けず、集中しながら突っ込みも忘れない。
そのまま出来上がる、おそらく定番のハートを挟むように入れられたLOVEの文字。
「本来は、出し口を変えて細くしたりするんですよこれ」
「これは実際に見ると、しっかりとアガるねえ…」
すこし自慢げにほほ笑むしくる。
感心する一同、だが…。
「さ、それでは皆さんの現在の腕前のほうも見てみましょうか」
「そもそもやったことがねえよ!?」
羽輝、想、玲と続くが…まぁ、そこは、すべて初心者。
どいつもこいつも、まともに字が書けない。
「……あれ…誰か、死んだんですかぁ」
「やってから言えよ!」
ずっと上で寝ていた姫乃さんが、吹き出したり飛び散ったケチャップまみれの皆様を見て寝ぼけて呟くが、言われてそりゃあ仕方ない。
顔も胸も大体赤い。
むしろ何したらそうなったのか。
同時に。
(…と、いうかだなぁ、給料出てる時間なんだけどしっかり寝てたな…姫乃さん。)
そこには、誰も気が付いていませんでした。
こうして、やっと全員がそろって、また指導が入るところだったが。
「今開いてるよね?」
「え!?」
(おい誰だよ休みの看板付け忘れたの)
(急に始まったのに休みになんてするほうがおかしいでしょ!)
(今、どこに案内するのよこれ結構広げちゃってるよ?)
ひそひそとやっている間にも、客は棒立ちで待っている。
ちゃんとした作法をやるはずの東京の2人は…。
ああ、急で勝手がわからないので、固まっている。
「いらっしゃあぃませです、奥側空いてますから、座ってていいですよ」
「あいよー」
階段から様子を見ていたので開いているスペースがすぐわかる姫乃が応対。
他は、可能な限り早く、挨拶も忘れて片付け。
…で。
「あんな若い人のほうが良く来る客層なんですか、ここ」
「そんなことは全然ないけど、ほら、玲ちゃんが学校で宣伝して客連れてくることがあるから、たまにその伝手で来る人がいるのよね」
「…じゃあ、玲さんがやるしかないじゃないですか?」
「おい嘘だろ!?」
急に、今日の数時間で見せられたものを学校の知り合いに試せ、はなかなかの試練だ。
玲からみると、いま絶対したくないことの1つなのは間違いない。
「やってみせろよヘボメイド!」
「なんで私今罵倒された!?」
そのまま、差し出されるように突き出される玲。
罰ゲームのような時間が始まった。
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