Part2 21.救世主を名乗る者
風が哭くその日が暮れた頃、南部は雨季の気配が近づきつつあった。
暗雲の流れる空の下、岸壁の上にそそり立つのは亡きエスターの居城、クイゼム城である。
荘厳なその城主の間に、ガルシアとラルフがいた。
「『救世主』とやらの拠点は?」
上座に座っているガルシアは、その前に跪く密偵の黒魔族に尋ねた。
「ザボーラにございます。そこに至るまでの要塞は、三ヶ所押さえられております」
「それぞれの兵の数は?」
「城内に留まっている人間は、合わせて百とおりません。一万八千に上る軍勢のほとんどが、ザボーラまで進軍しておりますので」
「ふむ……」
ガルシアは、傍らに立つラルフを見た。
「どこから攻めようと大差あるまいな。我が友の見立ては?」
ラルフは相変わらずの無表情で、ガルシアに目線を合わせる。
「同様だ。直接私とお前とで、ザボーラまで行ってもよかろうが」
「それでは『救世主』に無礼であろう。神の御使いに挑む敵が、たった二人ではな」
言葉とは裏腹に、ガルシアは嘲笑を漏らした。
「二万近くに対して二百足らずでは、さほど変わるまい」
「ザボーラに至るまでには、今少しは増えよう。何しろ、当初は五十といなかったのだ」
二人の会話を、密偵は黙って聞いている。
「……一応、二手に別れるか」
ガルシアは立ち上がり、部屋の中央にある台に歩み寄った。台上には、羊皮紙の地図が広げられている。
「お前は西、私は東だ。ザボーラ前のクルドで落ち合おう」
「城に残す兵は?」
「任せる。お前の好きにすればよい。……いずれ、すべてが手のうちに入る」
そう言って、ガルシアはまた笑った。その左耳には、父の遺したピアスが妖しい光を放っていた。
――
「……クルドまでが落ちた、だと?」
ザボーラの城でその報せを受けた時、「救世主」は耳を疑った。
「馬鹿を申すな。あの地にも、ほぼ完璧な結界を施してあった。おそらくは王宮にも匹敵する、対魔法結界をだ。
武力のみで陥落できるような城ではないぞ。要牢堅固な、城塞であったはず!」
「は……し、しかし」
伝令の兵士は、蒼白して俯く。
「その結界が、破られたのです! 城内の兵士は、あっという間に……」
「あの水晶結界がか!?
……そんなことのできる者が、魔天王以外にもいたというのか。王国内では、魔天王が最強のウィザードだと聞いていたが」
「救世主」は思案げに、腕を組む。
「二人、と申したな」
「はっ、一人は白魔族、今一人は……」
伝令は記憶を蘇らせながら、声を震わせる。
「死んだはずの、魔天王レ=オンに、そっくりで……」
「――馬鹿な! 生きているわけがない! あの炎で自身の魔力に飲み込まれ、肉体が完全に消滅したのをこの目で見た!!」
「で、ですが、救世主様」
怯えて、縋るような目をする兵士に、「救世主」は冷然と向かう。
「恐れるな。……貴様、この私を疑うのか」
「い、いいえ、滅相もない!」
「――魔天王であろうとなかろうと、敵の目的はこの私だ。待っていれば必ず来る。王宮に向かう前に、息の根を止めてくれるわ」
黒い瞳が、不気味に笑った。
「この身に宿る、『神の力』でな!」




