Part2 19.愛の終わり
王宮に戻ってきた伝令は憤懣と哀惜に震え、涙を堪えながらその報を伝えた。
広間に集う人々は、白・黒両魔族の貴族、魔天公爵、王妃、王太子に近衛兵。皆、愕然となった。
「無念に、ございます……!!」
「――残る者は?」
魔天公爵――すでに代替わりしているエヴァンの息子パルマンは、父に似た端正な顔立ちを沈痛な思いに曇らせ、伝令に尋ねた。
「ガーナの王城まで撤退致しました。陛下のお力により全滅を免れた兵は、約三千名にございます……」
誰もが恐れつつ、涙を流していた。ある者は慟哭し、ある者はすすり泣く。
「陛下が、最期に……」
「なんということか、ドルアーグ上王陛下までも!!」
公爵の傍らに立っていたダリウスが、ぽつりと呟いた。
「私が、征く」
両の瞳から溢れ出る涙を拭おうともせず、声を震わせる。
「父上の仇は、私が奪る!!」
「――王太子殿下!」
ダリウスは何かに取り憑かれたように、無言で広間を出ていこうとした。
「殿下、お鎮まりください!」
侍従たちが慌てて駆け寄り、必死に押し留める。
「ええい、離せ! 離さぬか、無礼者!」
ダリウスは侍従を振りほどこうと、手を振り回し叫ぶ。
「なりませぬ、殿下!」
「殿下!!」
「離せーーーっ!」
「おやめなさい、ダリウス!」
諸侯の中から突然、マルガレータの厳しい声が制した。
「王太子殿下がそのように取り乱すなど、お見苦しい……落ち着きなさい」
涙も見せずに諌める母を、ダリウスは呆然と見た。
「母上……」
マルガレータは硬い表情で、伝令に向き直る。
「――大儀でした。お下がりなさい」
「は……ははっ!」
伝令は一礼して、退出した。
「今すぐ、動くわけには参りません。今後のことは皆が冷静になってから、大臣や議会の方々で話し合いを。
そのうちに、詳細を携えた伝令がまた戻るでしょう」
マルガレータは厳格に、諭すような口調で言う。
「会議にはわたくしも出席致します。……ダリウス」
と、息子のほうに目を向ける。
「軽率な行動はなさらぬように。レ=オン陛下亡き今、ご自分がどのような立場にあるか――おわかりですね」
王妃の威厳ある態度に、一同は圧倒された。
「わたくしは、しばらく失礼致します。ご用意ができましたら、会議室へ皆様お集まりください」
そう告げて、マルガレータは広間を立ち去った。残された者はしばしの間唖然としていたが、やがて感心とも疑念ともつかない声で、誰彼ともなく口を開き出した。
「……なんと、気丈な方であられる」
「ご夫君の突然の訃報に際しても、あのような……」
「いやしかし、王妃様のおっしゃる通りだ。ここは冷静に、慎重に対処せねば」
口々に、諸侯たちは話し合う。
ダリウスは無言で立ち尽くし、母の去った扉を見つめていた。
――
「皆、下がりなさい。少し一人で休みます」
「はい、王妃様」
私室に戻ったマルガレータは、まだ何も知らない女官たちを追い出して、扉を閉めた。そのまま扉に寄り掛かり、どうにか立っていた。
(いつもと変わりがあるわけではない)
夫と、出立前に交わした会話が頭の中に反響する。
(お前らしくないな、マルガレータ)
最後になった、口付け。
「レ=オン様……!」
蒼い瞳に涙が溢れ、幾筋も頬を伝わり流れ出す。
(お前らしくない)
マルガレータは震える自分の両腕を、必死に掴んだ。胸が張り裂けそうなほど激しい想いが、体中を駆け巡る。
――なぜ、あの時言えなかったのだろう。
これが自分の、本来の姿だと。
妃の誇りも、名誉もいらない、ただ愛する人さえ側にいてくれればいい、愚かな女に過ぎないのだ、と。
……愛しているとさえ、ただの一度も。
ずっと隣にいた、世にも許された夫婦でありながら、たった一言の真実すら口に出せぬまま、終わってしまった。
「愛して……います。レ=オン様……」
今さら、届ける術のない言葉。
「誰より……も……」
崩れるように座り込み、今はただ悔恨と哀しみに、哭き続けるほかはなかった。




