Part2 18.父の報せ
王の指揮する軍が「救世軍」と対峙したのは、半月後のことだった。
「征くぞーーーっ!」
「侵略者を掃討せよーーーっ!!」
魔族は未だすべての兵が到着したわけではなく、その数二万足らずであったが、「救世軍」はそれ以上に主力を欠き、総数四千名といった程度だった。元から剣士が大勢を占める人間の、数まで劣っては劣勢は明らかだった。
「氷陣一閃!!」
魔族の後方からはレ=オンが術者と同調して強力な呪文を放ち、荒れ狂う吹雪が人間だけを凍りつかせていく。
それでも「救世軍」は怯まず、一人として逃走する者もなかった。
「なんという……殉教のつもりか?」
ドルアーグはその姿に、恐怖さえ覚えた。
「――『救世主』はどこだ。それらしき者の姿も見えぬ」
レ=オンは冷静に、敵軍の動向を探ろうとした。
(撤退せぬということは、この戦場に『救世主』が現れると信じているからに相違ない。一体どこに……)
その時、遥か遠方に微かな「気」の乱れが生じたのを、レ=オンは確かに感じた。
「――あれか!」
「レ=オン!?」
「父上、あとを頼みます!」
レ=オンはその「気」の中心を捕捉すると、すぐさま転位した。
戦場から遠く離れた崖の上、思ったよりも若い男が、一人で立っていた。
「ほう……気づいたか」
男は余裕の笑みで、転位してきたレ=オンを振り返った。
「さすがは魔天王……と言いたいところだが、たった一人で私に挑む気か?」
「貴様を倒せば、残る人間など恐るるに足らぬ。神に名を借りた蹂躪の輩、この魔天王ルーク・エリス・レ=オンが、その馬脚を白日の下に晒してくれる!」
レ=オンの闘気に、男はまるで動じない。
「愚かな……よかろう、王の首、第一の神への供物としよう!」
二人の周囲を、風が取り巻きだした。大地が静かに、唸り声を上げ始める。
「我が前に光は満ちぬ 闇は還らん」
レ=オンが詠唱を始めると同時に、「救世主」も呪文を唱え始めた。
「地の蟲の声 天に届け 光帝の哭く 愚かなる闇に……」
「我が身昇華し 炎となれ――」
レ=オンの身体が、光を帯び始めた。
「目醒めよゲリアの怒り 混沌に我らを誘え……」
「救世主」のほうは見た目に変化はなく、まだ呪文が続いている。
「光身召喚!!」
レ=オンが白い炎の化身となり、敵に向かって翔んだ。
と、ぶつかる直前で「救世主」の姿が消えた。
「――何!?」
「浄石ここに堕つ 核撃踏破弾!!」
遥か遠くで争う軍勢の中で、凄まじい「気」が放出された。
「……なっ!?」
レ=オンは光身のまま、戦場に飛来した。
辺り一面、次々に魔力の誘爆が起こり、閃光とともに魔族・人間問わず兵士の体が吹き飛ばされていく。その中に、乳兄弟と父の姿が見えた。
「スエロ……父上――!!」
一瞬にして、二人は塵となって爆発の中に消えていった。
前方の、軍勢から少し離れた上空に、「救世主」の体が浮かんでいた。
「貴……様――!!」
「封印!!」
「救世主」の眼が光り、向かっていこうとしたレ=オンの体が、何かに掴まれたように空中で止まった。
同時に戦場の四方で、巨人の身の丈を越えるほどの柱が大地の底から立ち上った。古語の呪文をびっしりと刻み込まれた白い石造りの四角柱には、それぞれ拳ほどの水晶が、一面に一つずつ埋め込まれている。
古語を解さずともひと目でわかる、結界を作るための巨大な媒体だった。
戦場全体を、見えない結界が包み込んだ。その中でレ=オンを包む光の炎が、一層激しく燃え上がる。
「『光身召喚』中の身で魔力の誘爆陣に入るなど、自殺行為……自ら持つ力に、その命絶たれるぞ」
「救世主」が、甲高い声で笑う。
「さらばだ、魔天王!!」
「ぐっ……」
レ=オンの身を包んでいた鎧や衣が、炎の中に焼失していく。
「さ……せるものか……!」
(この命と、引き換えにしても――)
瞬間、戦場を覆っていた結界が、発光して見えた。
「何!?」
「救世主」が驚いた刹那、レ=オンは叫んだ。
「……解除せよ!!」
柱の水晶が粉々に弾け飛び、戦場内の爆発が止まった。
「魔天王陛下!!」
「レ=オン陛下っ……!!」
兵士たちの頭上で、レ=オンの姿が眩いほどの光体となった。
(――レ=オン様……)
(……カミーユ!?)
その光の中から小さな「何か」が上空高く打ち上げられ、消えた。
――
本を読んでいたガルシアは、突然顔を上げた。
「ガルシア?」
傍らに座っていたラルフが、怪訝そうに声を掛ける。
「……今……」
「なんだ?」
「“あれ”か!」
言うや否や、ガルシアは部屋を飛び出した。
「ガルシア!?」
ラルフが驚いてそのあとを追うと、ガルシアは一直線に、邸内の一番奥の倉庫に向かっていった。
勢いよく扉を開け、ガルシアは部屋の奥の台座を見た。
母の形見が捧げ置かれている台上の、そのチョーカーの横に、小さい何かが光っている。
ガルシアはゆっくりと歩み寄り、その光る物を手に取った。
小さな雫ほどの、丸い金のピアスである。
「……ガルシア?」
ラルフもやってきて、呆然としている友の手の中を見た。
「それは……」
「――来たぞ」
ガルシアは、口元に凍るような笑みを浮かべた。
「遂に来た……」
ピアスをじっと見つめる、金の眼が光る。
「我らが……王宮に“還る”刻が!!」




