Part2 17.王の出陣
「ディヴァイン・ドラゴン、ですか!?」
「……そうだ」
ダリウスの悲鳴にも似た叫びに、その前に座るレ=オンは落ち着いた声で答えた。薄暗い執務室の中には、二人のほかに誰もいない。
「南部の、すでに二つの城が落ちた。援軍も奪回どころか壊滅状態だ」
「そ……それは、一体」
ダリウスは恐れわななき、二人の間の卓台に両手を撞いて、体をぶるぶると震わせた。
「“本物”なのですか……!?」
「わからぬ。ただ、『救世主』と名乗る男の魔力は、相当のものらしい。魔族のウィザードをも凌駕する」
レ=オンは眉根を寄せ、厳粛な面持ちで宙を睨む。ダリウスは拳を握りしめて、必死に叫んだ。
「『救世主』がなぜ、我ら魔族の地を強奪しようとするのです! 神の裁きならば、戦乱を起こしてばかりの人間どもの上にこそあれ――騙りに決まっています!」
「かもしれぬ。いずれにせよ、強敵だが――」
レ=オンは立ち上がり、背を向けて静かに言った。
「魔族の威信に懸けて、倒さねばなるまい」
「私を、お遣わしください!」
ダリウスは跪いて懇願した。
「神の名を騙る不埒者など、このダリウスが成敗してご覧に入れます!」
「逸るな、ダリウス」
「しかし……」
レ=オンは息子を振り返って言った。
「私が出る」
「父上……!」
「魔天王の名において、侵略者を許しはせぬ」
その顔は、誇り高い王のものである。
「ならば、私もお供を」
「ならぬ。そなたは王太子だ。世継ぎの身で、子もないままに万一のことがあらばどうする」
レ=オンの表情が、ふっと和らいだ。
「王宮を護るが、そなたの使命だ。母上と弟妹を、私に代わってお護りせよ」
「……父上」
「頼むぞ、ダリウス」
子を思いやる父の姿が、そこにあった。
――
議会で決議がなされた夜、レ=オンは妃の部屋を訪れた。
「では、ご出陣なさるのですか」
「ああ。父上もともにな」
やはり表情を硬くしたマルガレータに、レ=オンは穏やかな声で言った。
「諸国の平定以外の戦は初めてのことだが、いつもと変わりがあるわけではない。そう心配致すな」
レ=オンの在位中、これまで他種族との衝突に王が出向いたことはなかった。
「……ですが」
今度の敵のことは、マルガレータも伝え聞いていた。「救世主」と名乗るウィザードの、傑出した魔力のことを。
「お前らしくないな、マルガレータ」
レ=オンは妃を気遣い、優しく抱き寄せた。
「王宮の警護はダリウスに任せた。お前は王妃として、城を取り仕切れ。私が戻るまで、だ」
「――レ=オン様」
滅多に見せぬ不安の表情を隠し切れないでいるマルガレータは、俯いて呟いた。
「ご武運を、お祈り致しております」
レ=オンは微笑んで、静かに唇を重ねた。
――
三日後、王と上王は王宮から出陣した。敵は二万以上の大軍、対して彼らの率いる兵も戦地に集結する時には、さらに上回る数となる予定である。
「コロシアドに向けて、出発ーーーっ!」
王都に鐘が鳴り響く中、王旗を翻し三千の兵が騎乗して行軍を始めた。王妃と王太子は城の門前から、諸侯とともにじっとそれを見守っていた。
「魔天王に勝利の栄光を!」
「レ=オン陛下、ドルアーグ上王陛下、万歳!!」
軍の中頃を行くレ=オンは、一度だけ妻子を振り返った。戦装束に身を包み、険しい表情をしていながら、その瞳だけは暖かな色を宿していた。
ふと胸によぎる、愛しい姿。
死んだ女と、生きている妻と。
(生きて戻る。お前のために……マルガレータ……)




