Part2 16.救世軍
その日の夕刻、たまたま定例議会に諸侯が集っていた時、その急使はやってきた。
「……南で戦だと!?」
「御意。すでにコロシアドのエスター卿の領地では人間どもの奇襲に遭い、いくつもの村が蹂躪された由にございます」
若い黒魔族の使者の言葉に、広間に立ち並ぶ諸侯らがざわめいた。
「人間どもが、また……!」
「しかし、侵略とは大胆な。我らが魔天王国までも、己が支配下に置こうというのか?」
驚きを隠せない臣下たちを尻目に、玉座のレ=オンは冷静に尋ねた。
「一体どこの国の者だ。官軍が布告もなしに、戦闘を仕掛けるとも思えぬが」
「はっ、仰せの通り、隣国のモラーツ公国を始めとして、各王宮ともに不審な動向は見られません。
おそらくは雇い主を失った、傭兵どもの仕業かと」
跪いた使者は頭を下げたまま、簡潔に答える。
「つまり野武士か。この数十年なかったことだな」
レ=オンは思案げな表情になる。
「ただの無頼者ならば、エスターだけでも鎮圧できようが……」
「甘いですぞ、陛下! この際、人間に魔族の恐ろしさを思い知らせてやるべきです!!」
「ただちに討伐隊を編成し、コロシアドに派遣を!」
「侵略者を一人残らず、殲滅させましょうぞ!」
血気に逸る臣下に、レ=オンは目つきを険しくした。
「まあ待て、まずは敵の正体を見定めてからだ。人間の国々に、野武士の所業か確認を急げ。エスターにも戦地の詳細を、さらに報告させよ」
「ははっ!」
「万一のときには然るべき処置を取る。南部の領主には、警戒を怠らぬようにと」
「御意!」
使者は立ち上がって礼をし、広間を出ていった。
諸侯の中からスエロが前に進み出て、奏上した。
「陛下、ドルアーグ様にもご報告を」
「ああ……うむ、任せる」
「では失礼を」
スエロが出ていったあとも、諸侯は先走った対策を口々に言い合っていた。
レ=オンはそんな不満口に耳を貸さず、ただ黙然と座っていた。
――
コロシアド地方の西側、クイゼムにある領主の居城から数マイルの山々に囲まれた平原は、激戦の最中にあった。
「怯むな、征け――!!」
エスター伯爵自らが率いる軍勢は、予想以上の敵の多さに苦戦を強いられていた。
「一体なんだというのだ、正規の軍隊でもないはずが……」
ほとんどが剣士ばかりの人間軍は、魔族の魔術師たちに次々と倒されながらも、あとからあとから立ち向かってくる。その狂気の行軍に、エスターは戦慄した。
呪文の詠誦中はまったくの無防備となるため、魔術師は接近戦には向かず、後方支援が主な役割である。ところが、いくら続けざまに呪文を放っても、人間たちは数にものを言わせて術者たちの間近に迫ってくるのだ。
「力」の上では優勢な魔族の兵は、敵の数を減らしつつも、じわじわと後退を余儀なくされていた。
「我らには『神』のご加護がある、恐れることはない!」
先頭を切って駆ける人間の騎兵が叫んだその声は、戦場の喧騒の中でも一際大きく響き、後方のエスターの耳にも届いた。
「……神だと!?」
「伯爵様、あれを!」
遠く、人間たちの向こうの丘の上、光る人影が見えた。
「ロウ・シールドの光……ウィザードがいたのか!?」
エスターがその人物に気づいた時、粉塵に霞む人影は、静かに呪文を唱え始めた。
「遠き空より 舞い降りん 猛き軍神 いざここに……」
その周囲を、風が取り巻きだす。
「我が手に持たされし炎の刃 我が敵の心魂を――灼き尽くせ!!」
一瞬にして、人影から炎の帯が幾筋も飛び、空を切り裂いて後方の魔族に――エスターや側近のところまで、一気に到達した。
「なっ……!?」
あっという間に、エスターたちの姿は炎に包まれた。
「ぐあああああっ!」
(――馬鹿な……軍を超え、あの、距離……を……)
次の瞬間には、彼らの体は骨も残さず燃え尽き、炎も消えた。
「伯爵様!!」
呆気ない指揮官の死に、周囲にいた魔族の兵士たちは愕然となった。
丘の上の人影は黒いマントを翻し、その上空へと飛来してきた。
空中に立っているのは、若い男だった。長い黒髪を編んで束ね、紫紺のローブを纏った大柄な男は、笑いながら叫ぶ。
「我は大いなる神、ディヴァイン・ドラゴンの祝福を受けし者! 大地を穢す不浄の血を持つ者どもよ、天の裁きを受けるがいい!」
黒い瞳の輝きと甲高い笑い声とは、まさしく狂人のものだった。
その夜、エスターの居城は陥落した。




