Part2 13.疑惑
(……嘘だ)
ダリウスは立ち尽くしたまま、必死に考えていた。
(父上に、想う女がいるなど……母上を裏切っておられるなどと!)
確固たる裏付けも持たないだろう、侍女たちの噂話である。
(根も葉もない作り言に決まっている! そうとも、お二人は比類なきご夫婦とあれほど民にも言われているのだ! 私が幼いころからずっと、臣下に冷やかされるほど)
ふと、母の涙が思い出された。父に隠れ、ひっそりと流していた。
(……そんなことが、あろうはずがない!)
――
「おお殿下、ようやくいらっしゃいましたか。陛下も、もうおいでです」
随分遅れてダリウスが広間に行くと、扉の前の若い侍従が頭を下げて案内に立った。
宴は始まっていて、招かれた諸侯がもはや席もなく浮かれていた。葡萄酒の薫りが部屋中に立ち込め、楽士が奏でるリュートに合わせ、踊り子たちが中央で陽気に踊っている。
上座の父の隣には、やはり母の姿はない。臣下に囲まれた父が視線に気づいて、こちらを見た。
「ささ、殿下は陛下のお隣に」
侍従の言葉に促されて、ダリウスは父の傍らに歩み寄った。
「遅くなりました」
父は笑顔で、自分を振り仰ぐ。
「ダリウス、どこに行っていた?」
「……申し訳ありません」
答えにならない言葉を、ダリウスは重い口調で口にする。
「謝ることはないが……」
母の部屋から息子を追い出したことでレ=オンは気が咎めるらしく、深く追求しようとはしない。
ダリウスは軽く礼をして、席に着いた。
王の周囲には重臣たちが陣取り、生まれたばかりの王子のことなど、ほろ酔い気分で話に花を咲かせている。
「ジョイス様は、マルガレータ様に似ておいでのようでしたな」
「殿下は上王陛下に似ておられるし、シルリア王女様は母君譲りのお美しさ。ソルビアン様もどちらかというと、王妃様の面差しを継いでおられる。……ふうむ、マルガレータ様はよほど強い血をお持ちなのか」
シルリアはダリウスのすぐ下の妹、ソルビアンはその下の弟である。夜更けの酒宴に出るにはまだ二人とも幼いため、この場には現れないようだ。
「いやいや、ソルビアン様はお鼻立ちなど、お父君によく似ておいでじゃ」
「ふむ、思うに、レ=オン様似のお子様があまりお生まれにならないのは、陛下の王妃様へのご愛情が深いゆえでは?」
「おお、それそれ。何しろ奥には王妃様以外、一人の寵姫もおられない。ドルアーグ様は百花繚乱にて奥の宮を彩っておられたが、御親子がこれほど違う志をお持ちとは」
「その上王陛下、いまだにご寵愛の方をお側に置いておられるとか。今宵の宴においでにならないのも、お加減が優れぬというのは表向き、などとも……」
上王の遊興が今も続いているのは確かであるが、今日挨拶だけで宴の席を辞したのは、本当に体調を崩してのことである。
しかし王は祝いの無礼講に免じてか、そんな臣下の冗談口にも、苦笑しているばかりだった。
「ドルアーグ様ほどにとは申しませんが、ご側室を持たれぬ王というのも、我ら家臣には困りもの。
側女を持つのは貴族の習わし、それを夜ごと、『王たるお方はあんなにも清潔でいらっしゃるのに』と妻に愚痴られては、まったく立つ瀬がありませぬ」
「これこれよさぬか、王太子殿下の御前というに」
老いた大臣の一人が、レ=オンの代わりに皆を諌めようとする。
「なあに、ご両親の仲には、お子様とても当てられておいででしょう、殿下」
「そうそう、この際お父上に奏上なさってはいかがです?」
ダリウスは俯いて、口を開く。
「……仲睦まじきことは結構と存じますが、そのために我ら、子供には隔てを置かれるのは寂しきことかと」
「それはまた……!」
「言われましたな、陛下!」
取り巻く臣下たちが、どっと湧いた。
「目の毒となられるだけならばまだしも、お子様を放っておかれてはいけませんな」
「己が嫡男となれば、我らとて大事に目を掛けておりますぞ」
レ=オンはきまり悪そうな顔をして、ダリウスに向かう。
「隔てなどと、心外な言葉だ。母上に確かめてまいるか?」
さり気なく、母を見舞うことを促す。息子の母への思慕を、レ=オンはよくわかってくれているのである。
「面と向かってお尋ねすれば、王太子を頼みとする心、示して下さるだろう」
「――では失礼を」
ダリウスはゆっくりと立ち上がり、礼をした。周囲の侍従や大臣が、さっと道を空ける。
「おや陛下、ご自身で答えられることをお避けになられますか」
「ダリウス様には、“それ”を隔てと仰せになるのでは?」
ダリウスが広間を出ていく間も、後ろでは臣下の軽口が続いていた。




