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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 3 FORTUNE - 第3章 二人の王
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Part2 11.王太子の疑念

魔族の平和なときは、永く続いた。

地方領主は相変わらず、王宮に対する野心を抱いていたものの、大きな内乱にまで発展することはなかった。


魔天王レ=オンは厳粛に統治し君臨し、慈悲深く公正な君主として国を治めている。その治政は、他種族にも「賢王」の名を広めるほどだった。そして王妃のマルガレータを唯一人の妻として尊重し、一人の側室を持つこともしなかった。

けれどその子供である王太子は、幼いころから両親にどこか違和感を覚えていた。聡明な母と偉大な父の、微妙な擦れ違いを。


それはまず、三歳になった直後の記憶から始まっていた。


「殿下、お待ちくださいませ!」


侍女の声を尻目に、父の私室に駆けていった時のこと。


「父上っ……!」


声を掛けようとしたその瞬間、ダリウスは窓辺に立っている父の後ろ姿を見て、思わず足を止めた。


父は、泣いていた。

肩を小刻みに震わせ、声を殺し、それでも父は泣いていた。


ダリウスは踵を返して、今度は「奥の宮」へ――母の部屋へ、一目散に走っていった。


――


「母上!」


「……ダリウス?」


突然現れた息子に、母は眉を顰めて言った。


「ダリウス、いつも申しているでしょう。母の部屋に容易く入ってきては……」


「父上が……父上が泣いておられます!」


「え?」


ダリウスは母の衣の先を握って、必死に訴えた。


「父上が、お一人で……」


母は一瞬、目を見開いたあと俯いた。


「母上……」


「お戻りなさい」


顔を上げた母は、毅然とした表情で言った。


「許しもなく、陛下の私室に入ってはなりません。自分の部屋にお戻りなさい。

――誰か、王太子をお連れしなさい」


冷然とした口調で女官を呼ぶ母に、ダリウスは衝撃を受けた。


「で……でも、父上が」


「そんなことを口にしてはなりません!」


母の叱責に、呆然となった。その衝撃は、忘れられない出来事となった。


――


それから数ヶ月経った時。母に会いたくて、また無断で奥に行った。


今度は母の、涙を見た。

いつでも凛として誇り高い王妃である母の、人知れず泣く姿。それはあまりに哀しく、美しい姿だった。


声を掛けられず、肩を落として奥から自室のある王と王太子の私的宮殿(中奥の宮)へと戻っていくと、表の宮から父がやってきた。


「ダリウス、どうした?」


「父上……」


「……母上に追い返されたのか?」


父は優しく、自分を抱き上げた。


「このところ、お会いしていなかったのだな。一緒に行くか」


「あ、あの、今は……」


「ん?」


母が泣いているのを見たと言ったら、父にも怒られるかと思えて、ダリウスは口を噤んだ。


「奥には奥の決まりがあるゆえな。日に一度も会えぬのは、辛かろうが」


父はその“だんまり”を誤解して、自分を慰めながら歩いていく。


「あの、父上……」


「なんだ?」


「母上が――」


母の部屋の前に来たところでやっと言いかけると、丁度その時、母が廊下に出てきた。


「陛下、ダリウス」


「マルガレータ」


母は涙の跡も見せず、いつもと変わりのない姿で立っている。


「どうなさったのですか?」


「母上が恋しいようなのでな、連れてきた」


「まあ……」


父は自分を母に抱き渡して、頭を撫でてくる。


「今日は奥で食事を取る。ダリウスも同席させよう」


「よろしいのですか?」


「たまには親子で過ごすのもよかろう? なあ、ダリウス」


普段通りに、会話を交わしている二人。母はつい今し方、あんなにも苦しそうに泣いていたのに。父も一人で、泣いていたのに。


(母上、なぜ――なぜ、何もおっしゃらないのですか。どうして父上に……)


ダリウスは何も言えなかった。


仲睦まじい、比翼の鳥とも人に言われる父と母。けれどどちらも、互いに秘めた想いを胸に抱いている。

母はなぜ、父を慰めようとしなかったのか。なぜ慰められようとしなかったのか。


誰に問うこともできない小さな疑念は、幼い心に埋み火となって燻り続けた。

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