Part2 10.王たるために
「では、ガルシア様がセイレーンを?」
シェラは相変わらず動じない顔で、侍女の報告を聞いた。
「はい。セイレーンは何も申しませんけど、ルイーゼがシェラ様に申し上げたほうがいいと……」
エルマは可愛らしい顔を歪め、複雑な表情で言う。
「いかがなさいますか、シェラ様」
「放っておきなさい。もうそろそろかと思っていました」
「……は!?」
驚いて見返す侍女に、シェラは淡々といった。
「フィアナを呼びなさい」
――
夜半すぎ、床の中でラルフはふと目が覚めた。部屋の隅に、誰かいる気配がする。
「……フィアナ?」
目を凝らして見ると、侍女が夜着の上に薄布を被って、静かに立っていた。
「どうした」
「……ラルフ様」
ラルフが上体を起こすと、フィアナは少しずつ歩み寄ってきた。
「わ、私、あの、シェラ様に……」
その声は震えている。暗がりで、表情はよくわからない。
「シェラが――なんだ」
「い、いえ、あの」
ふっと、侍女の髪がラルフの鼻先を掠めた。細い腕が、首にしがみついてくる。
「私では……お嫌、ですか?」
ラルフは瞬時に、「それ」を命じた者の意図を悟った。
フィアナは震えている。セイレーンよりもなお少し若い娘には、当然のことである。
「シェラの差し金か」
「い、いえ、私……! 私は――」
弁解するように、首を振って俯く。
「ラルフ様を……」
「……!」
いつも明るい侍女の、思いつめた様子はそれだけ深い想いを示していた。
ラルフはそれ以上何も言わず、侍女の想いを受け入れた。
――
「変わられましたわね」
ルイーゼは静かに言った。ガルシアは長椅子に寝そべったまま、花瓶を持ってきたルイーゼを見る。
「私が? それともラルフがか?」
「お二人ともですわ。当然のことですけれど」
窓辺の台に花瓶を置いて、蕾が開いたばかりの紅い薔薇を整えながら、ルイーゼはちらりとガルシアに視線を向けた。
「ご存じですか? ガルシア様はお父様によく似ておいでだと皆が申しますけれど、本当はまるで違っていらっしゃいますのよ」
「――ほう?」
ガルシアは体を起こした。
「お顔立ちは同じようで……けれど、レ=オン様はあまりお心をお隠しになりませんの。それでいて、他人の心にはお気づきにならなくて。
ガルシア様のように、お仕えする者の心を見透かすばかりでご本心をお見せにならない、そんなことはなさいませんわ」
ガルシアに向き直り、ルイーゼは艶冶に微笑む。
その表情に、手元の紅薔薇がぞっとするほどよく似合う。
「こんなに残酷な方になられて……亡くなられたカミーユ様は、どうお思いになるでしょうね?」
「よく知るものだな、ルイーゼ」
ガルシアも、笑って応える。
「父上にしろ、母上にしろ、滅多な者が知る方ではない。なんといったか、どこぞの侯爵の側室だったというのは真実か?」
「ほらまた、そのように。すぐに逃げておしまいになる」
ガルシアは座り直して、ルイーゼに手を差し伸べた。
「逃げているのはどちらだ?」
ルイーゼはその前に跪き、ガルシアの手に自分の右手を重ねた。ガルシアは目を閉じて、その手の甲に口づける。
「……ガルシア様から逃げられる者など、おりませんわ」
そう言って、ルイーゼもガルシアに己が身を委ねた。




