Part2 8.初めての「支配」
ガルシアとラルフが三十六歳、人間にして十二歳ほどの年齢になったころ、二人は同時にウィザードの呪文をすべて修得した。
その魔力は互角だったが、ガルシアはどちらかと言えば炎撃系の、ラルフは雷撃系の呪文を、それぞれ得意とした。
少年たちは逞しい剣士ともなり、その体躯は一見十六・七の若者に見えるほどだった。
そして、穏やかな春の日の午後のことである。
ラルフは一人、部屋で本を読んでいた。元々読書家のラルフは、ウィザードとなって禁呪の解読に入った今では、なおさら本の虫になっていた。
「失礼致します、ラルフ様」
フィアナという名の侍女が、ティーセットを乗せたワゴンを押して部屋に入ってきた。セイレーンやエルマと仲のよい侍女である。
「ガルシア様は、どちらにおいでですか?」
「森だ」
禁呪を解読しては、実際に術を試して修得する。ガルシアやラルフの強力な魔力では、多少の距離があっても離れた街にいる者に気づかれる恐れがある。
二人が修行するには屋敷内だけでは狭すぎるため、今では近くの森にも魔力を覆い隠す結界を広げていた。
フィアナはカップに紅茶を注いで、ラルフに差し出した。
「少し、お休みになりませんか」
「……ああ」
本を閉じて、ラルフはふと窓の外に目を遣った。日差しが眩しいほどに照りつけて、部屋の中にいてさえその陽光の暖かさが窺える。
(この天気では、ガルシアも今ごろは……)
――
そのころガルシアは、湖の側で昼寝をしていた。ガルシアは時折こうして、森で休むのが好きだった。彼の知らぬ父が、かつてそうしていたように。
森の湖は小さかったが清冽で、木々に囲まれた周りは涼やかに風が渡り、誰にとっても気持ちのよい空間だった。
ガルシアが葉陰に身を隠して心地好い微睡みに浸っていると、微かな水音がその眠りを妨げた。
「……?」
人気のない湖だけに、水鳥でもやってきたかと体を起こし、ガルシアは繁みの間からそっと湖面を覗いてみた。
すると湖で戯れていたのは鳥ではなく、見知った女。
……セイレーン。
一糸纏わぬ侍女の姿を、ガルシアは初めて見た。
――
セイレーンは自分に向けられた視線にまったく気がつかず、水浴びをしている。
汗を流し終わり、セイレーンは岸に上がった。立ち木の枝に掛けておいた、白い衣に手を伸ばす。
その時、細い腕を誰かが掴んだ。
「――きゃ!?」
引っ張られ、草の上に座り込んだセイレーンは驚いて、顔を上げる。
自分を見下ろす、逆光の影。暗いその顔をよく見ると、それは主人の一人だった。
「ガ……ガルシア様……!?」
次の瞬間、主人の腕に包まれた。
あとの声は風の中に溶けていく。
風はさわさわと、樹々を揺らしているばかりだった。
――
「……ガルシア様ー! どちらにおいでですかー!?」
エルマは森の中を見回しつつ、森の中をやってきた。
「ガルシア様ーっ!?」
ガサッ、という葉音がしてエルマが振り向くと、繁みの中から主人が現れた。
「ガルシア様! そんなところで何をなさってたんです?」
「少し昼寝をしていた。探したか?」
「いえ、森においでだとフィアナがラルフ様にお聞きしていましたから。
シェラ様からお呼びするようにと言われたんです。ガルシア様が探されていたご本が、手に入ったと」
話しながら、振り返りもせずに二人は去っていく。
その声がだんだんと遠くなるのを聞きながら、セイレーンが繁みの向こうに残されていることに、エルマは少しも気づかなかった。




