Part2 7.魔術の「力」
月日は矢のように過ぎていく。
生後十歳まではどの種族も同じ成長速度だが、以後は同じ人類といえど、種族により大きく変わる。
長い、永い少年時代を、ガルシアとラルフの二人はともに歩んでいった。
「ラルフ、出掛けるぞ」
自室で本を読んでいたラルフに、ガルシアが声を掛けた。
「……どこへ?」
「ちょっとした『修行』だ。一緒に来い」
「修行?」
ラルフがついていくと、ガルシアは屋敷を出て森に入り、どんどん奥へと歩いていった。
「ガルシア、どこまで……」
「この辺りでよかろう」
ガルシアはぴたりと立ち止まって、呟いた。
「フェン。出てこい」
ガルシアの前の空間が、不意に暗くなった。不自然なその闇の中に、ぼんやりとした人影が見える。
「――お側に」
男とも女とも見えない長身で、白魔族とは異なった白い髪、白い肌、色のない瞳。
禁呪の主、フェン。ラルフが目にしたのは、フェンがガルシアの「影」となって以来だった。
「戦地に行く。適当なところを案内致せ」
「御意」
「来い、ラルフ」
ラルフを振り返り、ガルシアは手を差し伸べた。
二人に近づいたラルフが手の届きそうなところに来ると、三人の周囲を闇が取り巻いた。闇に飲まれ、自分の体が影に溶けていくようで、ラルフは怯んで目を閉じた。
――転位とも飛翔とも違う、奇妙な空間を抜けていく感覚。天地左右はなくなり、体は平衡を失う。
嵐を駆け抜ける重力を感じたあと、ふと周囲が眩しくなった。
「ラルフ、目を開けろ」
ラルフがガルシアの声に応じて目を開けたそこは、雲の上の空だった。自分の魔力で飛翔しているわけではなく、ただ浮遊している。ガルシアはすぐ側にいたが、フェンの姿は見えない。
「降りるぞ」
ガルシアがそう言うと、光の速さで二人は急降下していった。
「見ろ」
「……っ!」
雲を抜けて降りた場所は、戦場だった。空中に止まったまま、ラルフは下に広がる戦闘に目を奪われた。
人間とダークエルフとが、お互い入り乱れて剣を交えている。双方千人もいないだろう小規模な、しかし本物の戦いだった。
「ここは……フェンはどこに?」
「――あれだな」
ガルシアは少し離れた下の、一人のダークエルフを指差した。長い黒髪を束ねて剣を振るっているその顔立ちは、確かについさっきフェンと同じ顔である。しかし戦闘服で戦うその姿は、明らかにダークエルフのものだった。
「どちらが優勢だ?」
混乱しているラルフに、ガルシアが問いかけた。
「人間とダークエルフと、どちらがより有利に戦いを進めている?」
エルフ側には弓を射掛けている者もあったが、剣士ばかりの戦場では、体力的に劣るエルフに分の悪いことは明らかだった。
「人間が……攻勢に見えるが」
「ふむ。確かにな」
ガルシアは含み笑いをしながら言った。
「まあ見ていろ」
さほど高くはない空中にいながら、戦っている兵は一人として、二人に気づく気配がない。気がつかないというよりも、見えていないようである。
一対一の、日頃教え込まれている剣技とはまったく異質の、蟻のような人々の群れ。実際の戦場を目の当たりにし、ラルフは息を飲んで食い入るように兵士たちを見つめた。
やがて、人間の中でも一際巨体の男が、ダークエルフの指揮官らしい男に接近してきた。
振り上げられた剣が、そのエルフの首を刎ねようとした瞬間、光が人間の胸を貫いた。
「……光弾?」
ラルフは思わず声を漏らした。光弾を放ったのは、フェンの顔をしたエルフの男だった。
男は続け様に光球を放つ。それは宙高く舞い上がり、瞬時にわかれて数十、数百の人間の上に、正確に降り注いだ。
一瞬にして、三分の一ほどの人間が斃れた。
人間たちは放心し、その隙にエルフたちが剣を振りかざした。叫び声が上がり、血が流れ、首が飛んでいく。
「あれが魔術の力だ。戦いにおいて、絶対の主導権を握り得る」
ガルシアは驚くほど冷静に言った。
「――戻るぞ」
その言葉を合図に、二人はまた天高く昇った。
「今の戦闘がどれほど重要なものか知らぬが……人間ならば、ただ一戦の敗北にて諦観することもあるまい」
「ただ一戦?」
「あの魔術師は間もなく命を落とす」
「……何?」
「フェンの『同化』は、『相手』が死なねば解けぬのだ」
「同化……禁呪か」
「そういうことだ」
程なくして、来た時の感覚が襲ってきた。体が崩れ、世界は闇色に揺れる。
――気づくと、見慣れた森の中に戻っていた。二人のかたわらには、白い姿に戻ったフェンが立っている。
「また頼むぞ、フェン」
「……御意。ではこれにて」
現れた時同様、影の中にその姿は消えた。
――
少年の日々は、こうして過ぎていった。剣を握り、呪文を覚え、書物に習い――時には、現実の戦いを「見学」して。
二人の天才はあらゆるものに精通し、精神と身体の成長も、並々ならず完成されていった。




