Part2 6.「影」の恭順
思った以上に洞窟は深く、意外に広い一本道がずっと続いていた。どこにでもありそうな、朽ちかけた鍾乳洞である。冷やりとした空気は澄んでいて、怪しげな気配も何もない。
「何も――でもないな。なさすぎる」
ガルシアは独り言ちた。洞窟に入ってから、虫一匹見かけない。気配を探りながら歩き、自身の魔力が封じられてはいないことも確認できる。
ひたすら歩いていくと、突然拓けた場所に出た。広場になっている、行き止まりである。
だが、洞内の水晶が微かに光を放っているため、奥の闇に人影のようなものを認めた。
「誰だ」
声を掛けてはみたが、人影らしきものは動かない。
ガルシアがゆっくりと近づいてみると、壁に彫り込まれたレリーフの人型だった。
背が高く長い髪の、一見すると男とも女とも見える。角はなく、特徴的には白魔族に近い。
「禁呪の主」は遠すぎる伝説のため、白魔族か黒魔族かも不明である。これが「禁呪の主」の誰かを模したものだとしたら、白魔族なのだろうか。
考えているガルシアの意識に、また声が響いた。
(こちらへ)
ガルシアは躊躇なく、レリーフに近づいた。
(お手をお貸しください)
「手?」
ガルシアは右手をレリーフの上に置いてみた。
その途端、ガルシアの手を中心に光が広がった。
――自分の魔力が壁に流れ込んでいく。ガルシアはその感覚を覚えつつ、手は離さなかった。
レリーフに罅が入り、少しずつ崩れていく。
ガルシアは手を離して距離を取ったが、表面の崩落は止まらない。壁全体には広がらず、人型だけが浮かび上がってくる。
瞬間、埃が舞い上がり、壁の一部が砂となって散った。
「――ようこそ、おいでくださいました」
レリーフが消えた場所には、レリーフそのままの姿をした者が立っていた。
美しい面差しに、色の見えない瞳をしている。声はさして低くなく、高いようにも低いようにも聞こえる不思議な響きだった。
「お前が禁呪の主か」
ガルシアが問うと、その者は跪いて答えた。
「最後の生き残りにございます。我ら一族が滅ばぬよう、ここに封印されておりました」
「王国ができる前からか?」
ガルシアが笑い混じりに言うと、色のない瞳がまっすぐガルシアを見つめた。
「我らの力を間違いなく使える方が現れた時のみ、目覚めておりました。最後に封印されたのは――ちょうど魔天王国が誕生したのちでございます。御身と同じ名の王がおられたころ……」
「初代に仕えていたのか」
王国の初代魔天王は、ルーク・ガルシア・ラング・フォースである。ガルシアも当然、自分の名の由来は知っていた。
「御意。それが最後かと思っておりましたが、ドラゴンをも凌ぐお力が世界に現れ、ここに届きました。
これより、わたくしを影としてお使いください」
「……影?」
「わたくしはすでに人の身ではございません。禁呪のために命を永らえておりますが、わたくしを生かせるだけのお力を持つ方がおられなければ、その命も生きるほどには足りません。
あなた様の影としてお側にお置きください。あなた様の影の中にこの身を潜め、お呼びくださればいつでも手足となり、お仕え致します」
「禁呪を伝授するのではなく、お前自身を禁呪として使えということか」
「伝授しようとすれば、この身は塵となって消えゆきましょう」
「――なるほど。よかろう、ついて参れ」
ガルシアは笑って踵を返し、すぐに振り向いた。
「お前の名は?」
「フェンとお呼びください」
「フェンか。――もうひとつ、聞きたいことがある」
「ご随意に」
「ラルフがお前の主人になれぬのはなぜだ? あれの力は、私と同じだ」
「……わたくしがお仕えするのは、王たる方のみでございます」
フェンの答えに、ガルシアは納得して薄く笑った。
これが、ガルシアと彼の忠実なる影の出逢いであった。




