Part2 5.禁呪の主
ガルシアとラルフが十歳を迎えた、夏の始め。
教育係の魔術師ピエトロが、ある話を主人の耳に入れた。
「禁呪の主? 例の伝説か」
「御意。その生き残りが、今もいるようでして」
「実在したかどうかも判然とせぬと聞いていたが、どこでそのような話を得た?」
ガルシアは興味深げに尋ねた。
「禁呪の主」とは、今の魔天王国が成立する前に存在していたという、強力な魔術を操る魔族の一族である。現在知られている禁呪の大半は彼らが生みだしたものとされ、あまりの強力さと危険度から、世の乱れを案じたドラゴンに滅ぼされたとも言われている。
ドラゴンたちもかなりの苦戦を強いられ、現在十数体と考えられているほど固体数を減らしたのは、その戦いによるものだと伝えられていた。
禁呪について、直接「禁呪の主」が遺したとされる呪文書は現存しない。
「禁呪の主」から直接指導を受けた者が書き残したもの、あるいは術そのものだけを代々受け継ぎ続けた弟子。魔天王国建国後は王家を守るため、王に伝授した術の継承者――それらが、禁呪を現在に伝えている。
ピエトロは難しい顔をして、茶色く変色した封筒を差し出した。
「どこからも聞いてはおりませぬ。ただ、これがこの屋敷の玄関に、いつの間にか置かれておりました」
ガルシアは封筒を受け取った。まるで百年も経っているかのような色あいだが、百年前の物だとしても、「禁呪の主」が遺した物としては新しすぎる。
「念のため、魔術で危険のないことは確認しております」
ピエトロの言葉に頷き、ガルシアは封筒の中を開いた。
中には一枚の紙が入っていた。封筒同様に、変色している。
書かれていたのは、少しの文と地図である。
我らに相応しき力の持ち主よ、長き眠りより目覚めし者あり。
呪われし力と呼ばれる我が一族の力を欲するならば、お出ましを。
地図は王国の東南にある小さな小島に、×印がついていた。
「ここまで来い、ということか」
「この屋敷を知る者すべても調査致しましたが、どこから漏れたものかわかりませぬ。
そもそも、結界ゆえに誰にも知られず、何かを置いていくことなどできぬはずです」
「できるとすれば――伝説の主ほどの術者、ということになるか」
ガルシアは笑った。
「私に知らせたのならば、わかっているな」
「は……できる限り、お供致します」
ピエトロは深々と頭を下げた。
――
ガルシアはラルフとピエトロ、数名の護衛の者とともに島へ向かった。地図にはかろうじて載っているものの、街ひとつ程度の大きさしかない無人島である。
近くの海上に転位し、危険がないか魔術で確認しながら移動したが、結局何事もなく飛翔で上陸できた。
「こうもあっさり入れるとは、疑わしいな」
ガルシアが拍子抜けして言うと、ピエトロは辺りを伺いながら先導した。
「何もない島ゆえ、誰にも省みられるような場所ではございません。ご油断なさいませんように」
やがて、地図が示していると思われる場所に来た。そこには、いかにもといった洞窟の入り口がある。
「なんの力も感じぬな。お前は?」
「同じだ」
ガルシアとラルフは顔を見合わせた。
が、先を歩いていたピエトロは、入り口でぴたりと足を止めた。
「どうした」
ガルシアが聞くと、ピエトロは振り向きもせず答えた。
「……入れませぬ」
「なんだと?」
「わたくしも、特に魔力は感じられませぬ。しかし、体が凍りついております。
言葉は発することができまするが……」
護衛たちも同じように入り口に進んだが、それぞれ動きを止めた。
「わ、わたくしどもも、動けません」
「――ほう?」
ガルシアは笑みを浮かべ、歩を進めた。すると、入り口をくぐって洞窟内に入れた。
「ガルシア様!」
ピエトロの呼び声を意に介さず、ガルシアはラルフを振り返った。
「ラルフ、来い」
ラルフもガルシアのあとに続こうとした。が、入り口付近で止まった。
「……私も動けぬ」
ラルフの言葉に、ガルシアは少し驚いた。
その時、ガルシアの脳内に声が響いた。
(お一人で、おいでください)
「ラルフ、今の声は聞こえたか」
「声? ……何も」
ガルシアは一同を振り返った。
「私だけで来いと言っている」
「おやめください、どのような危険があるかわかりませぬ!」
「今さら、やめるか。私は行くぞ、ピエトロ」
「――ガルシア様!」
「しばらく待っていろ」
愉しそうに言い残し、ガルシアは洞窟の中に消えた。




