Part2 4.本望
「ラルフ。どこに行っていた?」
広い部屋の長椅子に腰掛けたガルシアが、本を手に振り返った。その前にある長テーブルの上には、表紙の変色した古い本が、何十冊と積み上げられている。
「剣を選んでいた」
森から戻ったラルフは、俯き加減に答える。
ガルシアの向かいに座っていたルイーゼは立ち上がり、
「お茶をお持ちしますわ」
と、ラルフに会釈して出ていった。
「なかなか色々あるものだ」
ガルシアは手にしていた本を置くと、また別の本を取って、パラパラと目を通している。
「呪文書か?」
「ああ。禁呪のな」
「禁呪!?」
ラルフは眉を顰めた。
禁呪とは、あまりに危険なために廃れていった、古代の呪文の総称である。
古文書に記された呪文も残ってはいるが、術者が故意に伝えようとしなかったものがほとんどのため、暗号化された呪文を解読することは、ほぼ不可能に近い。
もっとも、一部においてはその解読法も伝えられていて、王家や旧い家柄には禁呪を知る血筋もある。
「王ともなれば、禁呪もこなすが通常。実際に修得するのは、ウィザードになってからのこととなろうが……」
ガルシアの眼が、妖しく光る。
「膨大な量の研究を要するのだ。着手するには、早いほうがよい」
ラルフは友の横顔を見ながら、かつてその口から聞いた言葉を思い出していた。
(私はいつか王宮に行く)
王宮に招かれるはずはない。その存在すら知られていない、王の庶子。
(王宮に、王として)
ガルシアは本気なのだ。いつか本気で、魔天王の位に就くつもりでいる。
(王の星を持っているのは――お前か。……ガルシア)
この友は、王になる。ただ、魔族の長というのではなく、この世の真の王に。
自分は、その補佐として生きるのだ。
ラルフはテーブルに近づき、本を一冊手に取った。
「王の友ともなれば、それも同様か」
その呟きを聞いて、ガルシアは微笑した。
「それが道理だな」
ラルフは本を手にしたまま、ガルシアの向かいに座った。
ガルシアは本に目を落とし、何か考えながらページを捲っている。
ラルフも本を開いて、綴られている古語に目をやった。
読める箇所はところどころにあるが、読めない部分のほうが多い。持っているだけで微かな魔力を感じるのは、禁呪の解読を困難にするために魔術が施されているのだろう。
だが本に綴じられているということは、この本を著した者は「相応しい者」が読み解くことを期して残したに違いない。
シェラが屋敷内に用意した図書室には、夥しい量の本があった。通常の学問、歴史書、伝説に近い奇書や焚書にされた貴重本まで、個人の所有する蔵書ではない。
今目の前にある本も、普通の手段で手に入れた物とは考えにくい。
現王となったレ=オンの乳母であり、ガルシアを託されたシェラには、あまたの協力者がいる。そうした伝手で、ガルシアのためにこんな本も揃えたのだ。
そう、王となるガルシアのために。
(……従者の運命。だからなんだというのだ?)
ガルシアに従うことを、不幸とは思わない。
(私も一緒だと言った。私が必要だと)
自分を必要としてくれた、そのために今ここにいる。
(お前の手助けができるのなら、何を迷うことがあろうか。――フェアリアの『女王』だと?)
フェアリア――伝説の妖精。一体どこを探せば、手に入るというのか。
(選択の余地はない、ということだ)
それで、構いはしない。
それこそが本望なのだから。




