Part2 3.従者の運命
それからまた、数年が経った。
二人は幼い手に剣を握ることを覚え、砂が水を吸うごとくに呪文も修得していった。
「早いものですな、シェラ様。
ラルフ様がおいでになられてからというもの、なおさら月日の経つのが早まったように感じられて……
何しろあれからたった五年足らずで、お二人ともすでに第二段階の魔術師にまでなられたのですから。競い合ってゆかれるためか、お教えするこちらが思う以上に成果を示されます」
ピエトロは魔力の永すぎる使用によるものか、白魔族にしては老いていくのが早かった。深い皺を目元に刻んで、微笑んで語る。
「一体どれほどの早さで最上級魔術師までなられるのか、その日が愉しみでなりませぬ」
シェラにとっては満足な、主人の成長振りだった。
――
「セイレーン!」
ガルシアは廊下に響き渡る声で、侍女の名を呼んだ。
「セイレーンは今、外出しておりますわ」
「ルイーゼ」
代わりに現れたのは、侍女の中では年長の娘だった。
ガルシアが生まれたころから仕えている、屋敷内では古参の、しかしまだ成人直前の美女である。艶やかな顔立ちの上、髪を緩く束ねた辺りに色香が漂う。年齢以上に、大人びた雰囲気の侍女だった。
「ガルシア様は、セイレーンがお気に入りですのね」
ラルフに同行してやってきたセイレーンは、どちらかと言えば「愛らしい」美少女である。素直で明るい気立てのよさが、邸内の誰からも好かれていた。
「……お前も好きだぞ」
ガルシアは子供らしからぬ口調で、意味ありげな笑みを浮かべて言った。実際その表情も、十歳足らずの少年とは思えない。
「光栄ですわ」
ルイーゼも微笑み返した。
「では手伝え。奥の書庫で調べたいことがある」
「はい」
――
ラルフはそのころ、離れにある武器庫にいた。中には、主人たちのために集められた刀剣や鎧、槍に弓、魔道具に至るまで、多種多様な武具が保管されている。
修行中に刃零れさせてしまった剣に代わる物をと、あれこれ手に取って見る。
剣を選び、ラルフは武器庫を出た。裏庭から森へと向かい、少し拓けた場所で足を止める。
その場で、剣を数回振り回す。多少重い気もしたが、このぐらいのほうが鍛錬にはいい。
ふと、人の気配がしてラルフは振り返った。
ずるずると衣擦れの音がして、杖をついた白魔族の老婆が歩いていた。
ぼろぼろの白いローブを身に纏い、灰色のマントのフードを被った、浮浪者らしき出で立ちである。
老婆は大木の側に止まると、幹に手をつきながら座り込んだ。
「……おや、失礼を。どなたか、おられましたか」
嗄れ声で言いながら、老婆は顔を上げた。ラルフはその顔に見覚えがなかった。
「済まぬが今しばらく……休ませてくださらんか」
両目を閉じていて、盲目らしい。ごそごそと動かしている右手に樫の杖を、左手には着物にそぐわぬ大きな水晶玉を抱えている。
屋敷には結界が張られているが、今いるのは結界外だ。
ラルフは警戒心を覚えたが、老婆からはさしたる力は感じない。むしろ魔力がまるでなく、存在していないかのようだ。
「――こちらのお近くには、秘したる方がおいでのご様子じゃな」
ラルフが瞬間、体を硬直させると、老婆は掠れた声で笑った。
「おや、ご当人であられたか……?」
ラルフは思わず、剣を握りしめた。すると老婆は、見えているように窘めた。
「物騒な物はおしまいなされ。こちらも陽の当たらぬ身ゆえ、世情のことには関われぬでな。
――たかが矇の老いた占者。御手を汚されることはなかろう」
警戒心はそのままに、ラルフは振り上げかけた剣を下ろした。
老婆は、また笑う。
「素直なお心じゃ……」
「占い師か。このようなところに、何をしに参った」
「さて、なにゆえか――風に呼ばれて来ましてな。どうやら、あなた様の星を見るためのよう……」
老婆は杖を体の横に置き、水晶を両手に持った。
「――こちらへ」
ラルフが躊躇していると、老婆は諭す口調で言った。
「防御をお解きなされ。
儂の使うはこの水晶のみ。星を見るだけですじゃ」
拳を固く握って、ラルフは老婆に近寄った。
「……結構。では、あなた様の星を、ここに――」
老婆の手の中で、水晶が鈍い光を放ち始めた。
「ほ……これはまた」
水晶の中心に、青い光が瞬き出した。老婆の声が上擦って、心持ち高くなる。
「なんと、凄まじい……」
青い光は幾重にも重なり、強く輝いていく。
「王の星をお持ちじゃ。――この世にあまねく渡る、真の王の。お望みならば、その手にすべてを得られよう」
ラルフはじっと、水晶の光を見下ろす。
「じゃが……」
光がほのかに、赤みを帯び出した。
「じゃがお側にもう一人、同じ星を持つ者がいる……。
あなた様の星はその者に飲まれ……ただ、その者のためにのみ、生を捧げることとなる」
光は見る間に赤く染まり、より一層輝きを増す。
「その運命に従うのなら、それもよし。じゃが、もしも……」
輝きながら、光はだんだんと色を失っていく。
「もしも……抗うことを望まれたなら……ご自身の従者の運命を、断ち切りたいと思されたならば」
輝きはすっかり色をなくし、静かに瞬き始めた。
「フェアリアの『女王』を、手に入れなさることじゃ。その方がこの世で唯一人……あなた様の運命に新しく、光をもたらすこととなろう」
「……フェアリアの女王?」
「左様。……ゆめゆめ、お忘れ召さるな」
老婆が言うと、水晶の光は消えた。




